『ブッシュ(原題: W.)』(2009)

オリバー・ストーンらしい刺々しさ、触れたらスッパリと肉が切れるカミソリのような鋭さがない。

・希代のアメリカ大統領として、子ブッシュの馬鹿さ加減、おぞましさ、おろかさはもう十二分に世の中に広まっているから、いまさらそれを小馬鹿にしても諧謔で晒しても、そこにはもう心を突き動かす力はないのだろう。ブッシュにはうんざり、こんな愚かなばか者の顔なんてみたくもない、もうこいつのオバカ加減は充分分かっているから、もういいよ・・・そんな感じか。

・好き勝手に法律を拡大解釈し、拷問や検閲を合法化し、それでも非難を受けると国外のグアンタナモの留置所でなら憲法に抵触しないと拷問を重ねたブッシュとその政権幹部。そんなブッシュが「拷問は憲法違反なんだよ」と叫んでいるところなどちょろちょろと皮肉は入っているのだが、もうこんなところまで強欲資本主義がのさばると、皮肉を重ねても何も変わらない、蚊のひと刺しにもならない。必要なのはブラックジョークでも皮肉でもなく、直接的で明白な非難、攻撃なのだ。もう諧謔はその力の無さを見透かされてしまっているのだ。

・いつものオリバー・ストーンらしく、もっと危ない部分に切り込み、突っ込んで人々の怒りに火をつけるような内容であったら、もう少し見応えもあり、作品を凝視することもあっただろうが、結局ブッシュをちゃかしても、もうどうにもならないのだ、そんなことをやってももう意味ないのだ、オリバー・ストーンならもっと別の切り口で何かを指し示すべきだし、そうあって欲しかった・・・それがこの映画に対する、そしてオリバー・ストーンに対する失望でもある。


・それでも、こんな大統領を二期も続けて当選させたんだから、アメリカの国民というのも本当に愚かだ。いやまてよ、もっと酷い首相と政治家と官僚どもに長い間この国の舵取りをさせている日本人の方が遥かに愚かで救いようの無いばか者の集まりか?

・なんにせよ、ブッシュやあのころの時代を描いた作品であるならば、マイケル・ムーアのドキュメンタリーの方が何十倍も示唆的であり、面白く、痛烈だ。

・それでも最後にひと言。子ブッシュの大統領任期は2001年1月20日 から2009年1月20日。映画が製作されたのはまだ子ブッシュが在任中だというのが凄いかも? まあ、もうとっくに人物評価は地に落ちていたからだが、イランを攻めているまっただ中だったらこういう映画は作れなかっただろう。こういう自国の大統領を小馬鹿にして、コキ落とすような映画を作ることの出来る自由さ、それを全世界に向けて公開する自由さ、それは今でもアメリカに微かにのこる素晴らしさだ。日本で日本の首相をこういう風に小馬鹿にして扱き落とす映画は、製作費もあつまらないだろうし、掛ける小屋もないだろうし、どこも製作に手を出そうとはしないだろう。しようとしても潰されるかだ。

2011-07-13 『戦争のはじめかた』皮肉やブラックジョークでは何も変わらない。http://d.hatena.ne.jp/LACROIX/20110713

2010-08-22 『キャピタリズム』 堕落した自由の大義は革命を呼び起こすだろうか? http://d.hatena.ne.jp/LACROIX/20100822

2009-12-03NHKクローズアップ現代 反骨の映画監督 マイケル・ムーアhttp://d.hatena.ne.jp/LACROIX/20091203

2008-11-10 『大統領暗殺』映画としては非常に詰まらぬがこういう作品は必要 http://d.hatena.ne.jp/LACROIX/20081110

2008-04-21 『大いなる陰謀』 アメリカの病の深さ。そして日本も同じか。 http://d.hatena.ne.jp/LACROIX/20080421