はつせアーカイブス 〜三つ編み外様大名の蔵〜 このページをアンテナに追加 RSSフィード

1990-12-28

[]龍狩人(2)

第2話

 オルザンク山の麓を覆う森林は、ヨロテア地方と半島を隔てる地峡まで十里あまりも続いている。鬱蒼と繁る落葉樹の森は、僅かな隙間から日の光を漏らす他は、その枝の下を薄暗い暗闇に覆っている。太古の昔から変わらぬ営みを続けてきたように思われるこの森は、ヒヅルの知るどの森よりもよそよそしく、人を寄せ付けない印象を与える。事実この森には、どんなに恐れを知らない猟師であっても軽々しく入ることを躊躇うと、途中で立ち寄った村の住人に聞いた。小鬼や妖精が出るという噂も聞いたが、その噂が無くても気の弱いものなら後込みするのに十分な雰囲気がある。ヒヅルも、山にいるという龍狩りの騎士の話を聞かなければ、わざわざこんな場所に踏み込むことはなかっただろう。

 その不気味な森の中を、夕影は些かの注意を払う様子もなく悠然と歩いていく。ヒヅルを先導しながら歩くその足取りは、根があちこちに張りだし苔生した歩きにくい足場にもかかわらず、牧場を歩く羊のようにゆったりしている。背に担いだ大きな荷物と、その上に縛り上げられた物々しい鉄塊も、夕影の足取りにはまるで影響を与えていないようだ。

 ヒヅルは足場に注意して歩を進めながらも、夕影の荷にくくりつけられたその巨大な武器を眺めていた。それは、剣とも斧とも言い難い、異様な金属の武器だ。その長さは七尺あまりもあるだろうか。いびつな三日月のようなその巨大な刃物からは、四ヶ所ほど鎌のような刃がせり出し、元々不十分な幾何学的な美しさを台無しにしているし、朱とも銅(あかがね)ともつかない鈍い色合いは、その武器の異様さを強調こそすれ和らげはしていない。また、鉱物と鍛冶に親しむ小人族であり、自らも刀鍛冶として働いたことのあるヒヅルにさえ、その武器が何の金属で形作られたのか判然としない。おおむね全長の中央に取って付けたように握りが設けられているその恐ろしげな武器は、虎族が死刑に用いる断頭の三日月鎌に似ていなくもない。出発前にその武器について尋ねると、夕影は皮肉げな笑みを浮かべて、龍狩りの武器だ、とだけ言った。

 ただひたすら夕影のあとを追うヒヅルは、昨日の出来事を反芻しはじめた。


 目当ての人物の住処を探し当てた、あるいは、その人物に保護されて食事と風呂を馳走になった翌日。

 昨日の夕餉よりも軽い、黒パンに山豚のハム、魚のスープ、牛乳といった見慣れた西国風の朝食を平らげると、ヒヅルは居住まいを正して夕影に向き直った。

「用向きのお話をさせていただいても、よろしいでしょうか。」

真剣な面持ちで見つめるヒヅルを見て、夕影は柔らかく笑った。

「口調は普段通りでいい。少しばかり緊張しているようだな。簡単に済む用件でも無さそうだし、無理に畏まることもあるまい。」

「え?…あ、そうね。じゃあ、そうさせて貰います。」

慣れない言葉遣いを見透かされてか、それとも、その笑みにあてられたか、頬を少し紅潮させて、ヒヅルは先を進めた。

「えーと、わたしはモリヤから来ました。今モリヤは、坑道に龍が出るようになって、大きな被害を受けてます。最初は鉱山の奥だけだったんだけど、だんだん上の階層まで出るようになって、今では、一族全体がお山を捨てて移住するかなんて話も出てます。」

夕影は、物思わしげに目を細める。

「続けて。」

「最初のうち、龍は小さなものがほとんどで、一族の戦士が追い払ったり討ち取ってました。でも、その数が増えてだんだん手に負えなくなってきたところで、もっと大きな龍が現れるようになりました。」

「羽根付きのも混じってなかったか?」

「はい。その羽の生えた龍が、わたしたちの暮らす上層まで現れたんです。皆戦いましたが、母をはじめ多くの戦士が死にました。何とか下の層に追い返すことは出来たんですが、生き残ったもの達も危険なので、地上に避難することになりました。」

褐色に輝く龍。人々の悲鳴。血にまみれて刀を振るう戦士達。逃げてと叫ぶ母の声。戦う母の背中に突き刺さる龍の爪。血だらけの母の手から佩刀を渡される。自分の手の中で力を失っていくその手……

脳裏に浮かぶ光景に、悔しさが込み上げてきて、我知らずヒヅルの拳が白く握られる。

「母上は、戦姫(いくさひめ)の長ユズキ殿だな。」

頷くヒヅルの頬から水滴がこぼれる。夕影は、着物の懐から手拭いを出して、ヒヅルに渡した。

「……ありがとう。」

夕影は、ヒヅルが落ち着くまで静かに待った。しばらくして、何度か顔を拭いたヒヅルは話を続けた。

「龍は日の光が苦手らしく、地上には出てこないんですが、お山に入れないのでは、小人族は暮らしていけません。なんとか龍を鉱山から追い払う方法がないか、各部の長達が相談しました。わたしも母の跡を継いで、戦姫の長として同席してました。そこへ、占い師の老婆が現れて言いました。

『偉大なる戦姫の娘よ。汝は旅立たねばならない。エオロの峰を越えて南へ往き、アイザリオの大河に沿って西へ往け。月が二度巡る間進み、その地で囁かれる声に耳を傾けよ。我らのもとめし龍殺しは、母なる大地が天と海と出会う場所に見いだされるであろう。そして、かつて約束されし代価が支払われる。』

……小人族の占い師は、翼族の聖女や狐族の夢見師ほど何もかも見通せる訳じゃないですけど、言うことが割とわかりやすいんです。」

ヒヅルの顔に苦笑が浮かぶ。狐族の夢見師は、ありとあらゆる事柄を見通すと言われるが、その言葉はひどく難解で謎めいている。

「占い師の予言は、長達をずいぶん動揺させたみたいです。なんでかは分からないんですけど。ともかく、しばらくわたしを外して相談していたんですが、結局、わたしを送り出すことになりました。」

「占い師に言われたとおりに旅して、マルボルの町まで来たときに、数年前、町を襲った龍を倒した人がいるという話を聞きました。何処に居るかは誰も知りませんでしたが、占い師の話では西の海岸のほうみたいだったので、あちこちで話を聞いて回りました。ある村で、山に住む龍狩りの騎士の噂を聞いたので、この山まで来ました。」

一息ついて湯飲みの水を一口飲むヒヅル。夕影の目を見て再び口を開く。

「もし、あなたが龍を倒す力を持っているなら、是非その力を貸して欲しいんです。武器でも魔術でも何でもいいです。わたしたち小人族が支払えるなら、どんなものでも差し上げます。ただし……」

眼差しに力が入る。

「まず、わたしと勝負してください。」

「ほう。なぜだ?」

夕影の口が、笑みを作る。疑問の声には、楽しげな響きが混じっている。

「これまで何人か、自称龍殺しに会ってきたんですが、皆口ばかりで大した腕じゃなかったんです。わたしより弱い人が、龍を倒したり追っ払ったり出来ると思えないから。」

ヒヅルの挑むような目つきに、夕影の笑みが大きくなった。

「いいだろう。最近剣を握っていないので、お前さんを失望させなければいいがね。」


 庭先で、太刀を手に待つヒヅルの前に、夕影が現れる。手にはヒヅルの手にあるのと同じような太刀が握られている。

「少しばかりこちらの得物の質が上だが、まぁ、許してくれ。」

そう言って、夕影は太刀の鞘を払った。三尺に僅かに足らない、冴え冴えとする青さを纏った、優美な刀身が姿を見せる。

 ヒヅルは目を見張った。夕影の抜いたそれは、一目で銘刀と分かる。それも、超一級の品だ。片刃の湾曲した剣、いわゆる太刀や打刀(単に刀とも言う)は、凄絶な切れ味と折れ難さで知られるが、同時に扱いづらく、また入手も容易ではない。これを鍛えられるのは、小人族の刀鍛冶だけであるし、一流の刀鍛冶の作刀は、滅多なことでは他の種族の手には渡らない。しかし、ヒヅルが驚いたのは、それが自分の佩刀と瓜二つだったからだ。思わず、自分の手にある刀を見なおした。

「入れ替えたりしていない。これは翔鶴丸。知っての通り、お前さんの瑞鶴丸と対になる太刀だ。」

あっ、とヒヅルは思わず声を漏らす。この二振りの太刀は、名人と呼ばれたクナミツの作刀で、長くモリヤの小人族の宝とされてきた。クナミツは、モリヤ開闢の際に小人族の神であるアルダに導かれて神鉄を得、一族の守り刀としてこの二振りを鍛えた。雄刀たる翔鶴丸は一族の長が、雌刀たる瑞鶴丸は巫女にして将軍である戦姫の長が、それぞれ佩刀としてきた。瑞鶴丸はヒヅルの祖母、母の手を経て伝えられた。しかし、翔鶴丸は、数十年前に一族の恩人に贈られたと聞いている。

「太刀の話は、いずれ場を改めてすればいい。今は私の腕を見るんじゃなかったかね?」

 考え込むヒヅルに、夕影の声が促した。

「そうですね。」

頷いて、自らも太刀の鞘を払う。