2012-01-14
■[音楽]手紙でも書こう。
2月に発売が予定されているポール・マッカートニーの新作アルバム。いよいよタイトル、収録曲やアートワークなどなど詳細も発表されて盛り上がってまいりました。
Kisses On The Bottom
01. I’m Gonna Sit Right Down And Write Myself A Letter
02. Home (When Shadows Fall)
03. It’s Only A Paper Moon
04. More I Cannot Wish You
05. The Glory Of Love
06. We Three (My Echo, My Shadow And Me)
07. Ac-Cent-Tchu-Ate The Positive
08. My Valentine
09. Always
10. My Very Good Friend The Milkman
11. Bye Bye Blackbird
12. Get Yourself Another Fool
13. The Inch Worm
14. Only Our Hearts
かねて予告されていたように、今回はポール・マッカートニー版“グレイト・アメリカン・ソングブック”。1920〜50年代初めに書かれた名曲カヴァー集だ。ポールが子供の頃に父が弾くピアノで初めて聞いた曲も含まれているという。加えて、ポール自身の新曲も2曲ある。
シナトラとか、エラとかサラとか、あとはファッツ・ウォーラーとかサッチモとか、これまでジャズやR&Bの人たちも歌ってきた曲ばかりだけど。ただ、最近流行の、いわゆるロッド・スチュアート的な“アメリカン・スタンダード集”とはちょっと匂いが違うというか。選曲はかなり変化球モノというか、カヴァーとしてはたぶんけっこう珍しい曲も入っている。
これまでもポールは、自らのルーツであるロックンロール黎明期の名曲を数々カヴァーしてきた。が、今回はそれよりさらに遡った、ロックンロール以前のルーツ・ミュージック集ということになる。
あ。もしかしたら、これは、そうか、あれなのかもしれない!?
あれですよ。
ジョンの『ロックン・ロール』の続編というか、成熟版というか。
70歳になるポールからの、ジョンへの手紙のような。
そんなアルバムかもしれない。
ポールによれば、ビートルズ結成以前にジョンと一緒に聴いていたような曲もあるらしい。75年のジョン・レノンは『ロックン・ロール』を作りながら自らの原点を見つめ直していた。でも、もし彼が70歳まで生きていたら……さらに深い原点、このアルバムに収録されているようなロックンロール以前の音楽にまで遡ってみたかもしれない。もしかしたら、ポールと一緒にそういう曲を演ることだってあったかもしれない。
なぁんて、勝手にどんどん妄想を広げておりますが。
そんな想いもどこかにこめられたアルバムだとしたら、それは素敵なことだな。と思う。
そして、アルバム・タイトルの『Kisses On The Bottom』。
これは1曲目に収録されているファッツ・ウォーラー「I’m Gonna Sit Right Down And Write Myself A Letter」の歌詞の一節から引用されている。
この曲、日本ではヒックスヴィルによる素晴しい訳詞カヴァー「手紙でも書こう」でも知られている。ポールはどんな風に歌うんだろうか。ポールにも、とてもよく似合う曲のような気がする。しかし、これを1曲めに持ってくるとはさすがポールだな。たぶん、いかにもポールらしい感じになっているんだろうな。
“Kisses On The Bottom”とは、親しい人への手紙の最後に書き添えられている“×××”=たくさんのキッスの意味なのだそう。
この曲はタイトルどおり、ひとりで自分に手紙を書いている歌なのだ。ちょっぴりセンチでユーモラスなラブ・ソング。好きな人が手紙をくれないから、それがまるで大好きな人が自分に宛てた手紙であるかのように空想しながらラブ・レターを書いている、という歌。で、その手紙の最後には“Kisses On The Bottom”というわけ。
そして収録曲と共に解禁となったアルバム・ジャケットにも、ちゃぁんと“×××”が!
これは私たちファンへのキッス……と思いたいところですが、どうせ新妻ナンシーさんにキッスキッスキッスなんでしょう、どうせそうなんでしょう(*^_^*)。よっ、新婚さん!
ところで、私と同じく公式ニュースレターの配信登録をされている方は多いかと思うんですが。メール来るたびにドキッとしませんか? メール送信者の名前。
《from PAUL McCARTNEY》
というのが来るでしょ。単なるお知らせメールとわかっていても、なんかワクワクしてしまいます。これぞまさに「I’m Gonna Sit Right Down And Write Myself A Letter」状態。わかっちゃいるけど、ニュースレターが来るたびに「あ、ポールさんからお手紙が来た!」と、あえて声に出してシアワセになっている私です。
↓こーゆー感じで。
今回のメールはアルバムの詳細と、公式サイトでの予約も始まりましたよ!のお知らせ。
ポール卿が、アップルのコンピュータに向かって「みなさんこんにちは、ボクのニューアルバムが出ますよ。買ってね!今すぐ予約汁!」と老眼鏡かけて人差し指2本でパコパコ打ってたりして。きゃー、ギザカワユス! とか想像したら最後……。
ポチ。
ええ。押さずにはいられませんでした。
ハイレゾのデジタル・ダウンロード版、予約完了。
たぶんCDのデラックス・エディションもダウンロードも同じではないかと思うんですけれど、またまたいろいろ豪華なオマケがついてますよー。
2曲のボーナス・トラック「Baby's Request」と「My One And Only Love」、なにやらエクスクルーシブ・ライブ・ショウのダウンロード、ライナーノーツにポストカード……。現時点、これが公式サイト特典なのかよくわからないんですが。つか、どこかに説明が書かれていたかもしれないんですが、とにかくオレはもうポチっちゃいましたんで未確認です(笑)。
本来ならば、ひとりカカクドットコムと呼ばれるわたくし。送料やらポイント加算やら配達の速さなど、どこでどう買うのがいちばんお得かを徹底的に検討してから慎重にお買い物をするのですがね。
ポールから手紙来ちゃったら、よそで買うわけにいかないし。
と、自らの想像力を駆使してだまされてみるなう。
ちなみに、CD版の予約はどうかわからないけど、なんと、特典としてアルバムに収録されるオリジナル新曲「My Valentine」のハイレゾ音源をくれましたヽ( ´ ▽ ` )ノ。
さすが英国貴族は気前がいい。ありがとう、のぶれすおぶりーじゅ!
この曲は新妻ナンシーさんに捧げられた曲。
おそらく「美STORY」誌も目をつけているに違いない、セレブ美魔女のナンシーさん。そんな大人の女性に捧げられたとあって、めちゃめちゃアダルティでマチュアな美曲。たぶんエリック・クラプトンが弾いているガット・ギターが、さりげなく超絶テク爆発で素敵すぎます。
いやぁ、本当にアルバム楽しみ。
て、それだけの「直前予想」記事でした。スミマセン。
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※追記。
ご指摘いただいて一文を削除しました。最初、DVD『THE LOVE WE MAKE』の中でポールが歌っている「バイ・バイ・ブラックバード」……と書いてしまったのですが「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」の間違いでした。ありがとうございます。わかっていたはずなのに、なんかものすごく勝手に思い込んでました。恥ずかしい(*/∇\*)。
2012-01-10
■[音楽]NYP、そしてMacca
年末年始、心に残った2枚の新作DVD。
1枚はアラン・ギルバート指揮、ニューヨーク・フィルによるコンサート『A CONCERT FOR NEW YORK』。もう1枚は、ポール・マッカートニーの音楽ドキュメンタリー『THE LOVE WE MAKE〜9.11からコンサート・フォー・ニューヨーク・シティへの軌跡』。
昨年9月、アメリカは2001年の同時多発テロから10年を迎えた。『A CONCERT FOR NEW YORK』は、その記念イベントとして9月10日にマンハッタンのリンカーンセンターでおこなわれたコンサートを収録したもの。
演奏されたのは、マーラーの交響曲2番『復活』。
“In Remembrance and Renewal The Tenth Anniversary of 9/11”と副題に掲げられた当夜のコンサートに、これほどふさわしい演目はなかったはずだ。テロの犠牲者を悼み、鎮魂の祈りを捧げ、困難に立ち向かった英雄たちを讃え、共に生きぬいた10年という歳月を振り返り、誇りと祈りと誓いをこめて歌いあげる“復活”……。
2009年からNYフィルの音楽監督を務めるギルバートは、同楽団初の“ネイティブ・ニューヨーカー”の音楽監督。ちなみにお母様は日本人で、NYフィルの現役バイオリン奏者。お父様も同じくNYフィルのバイオリン奏者だった。いわば、長嶋一茂が松井秀喜クラスの大打者だったとして、彼が“生え抜きの4番打者”としてジャイアンツを牽引しているようなものだ(ありえねぇw)。そんなわけで就任以来、地元での評判も上々のようだ。地元民ではないが、私も最近のNYフィルが大好きだ。エリート多国籍軍であるNYフィルにも、最近はいい意味でのローカル色というか、温かみが加わった気がするし。就任直後のツアー以降、来日公演がないのが淋しいところなのですが。
で、そんなギルバートの在任中に“9・11”から10年という節目がやってきたことにも、何か運命的な巡り合わせを感じてしまう。
生粋のニューヨークっ子が指揮する、NYのオーケストラによる『復活』。単純に音楽的な面だけでもギルバート/NYフィル3シーズン目の底力を堪能できるし、ましてや特別な夜に捧げられた演奏だ。端正でパワフル、言葉にしがたい気迫。観るたびに、時おり熱波のように伝わってくる感傷に胸が苦しくもなる。それでも、繰り返し観たくなる。思えば102年前、NYフィルが常任指揮者に迎えたのはマーラーだった。
アラン・ギルバートといえば、昨年7月に都響と共演したサントリー・ホールでの公演も忘れられない。あの時のブラームスとベルク、本当に励まされた。1音、1音に真摯なメッセージがこめられているような。まだまだ混乱ちゅうの日本に来てくれて、ミラクルとしか言えないものすごい演奏を都響と共に実現してくれた。ありがたかった。しかも、前から5列目くらいだったんで、巨漢ギルバートさんが大汗かいて熱く指揮する様子を間近で見られたのだった。かっこよかったなぁ。
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そして、もう1枚はポール・マッカートニー卿。
ポール・マッカートニーは2001年9月11日、滞在中のニューヨークで同時多発テロを目撃した。その後、彼は驚くべき迅速さでベネフィット・コンサートを企画。なんと、わずか1か月後の10月20日にマディソン・スクエア・ガーデンで“The Concert for New York City”を開催した。当時のインタビューや開催までの様々なやりとり、リハーサル風景、ライブ当日のダイジェスト映像やバック・ステージでの様子などをドキュメンタリー作品としてまとめたのが『THE LOVE WE MAKE〜9.11からコンサート・フォー・ニューヨーク・シティへの軌跡』。
これも昨年、9・11の10周年にあたって制作された作品だ。
今になって知る、開催までのポールの奮闘ぶり。彼がアメリカという国に抱き続けている想い。当日のバック・ステージで出演者たちが語らう、さりげなくも本音の会話。事件からわずか1ケ月後という時期ならではの、まだまだパニック状態で混沌とした街のリアルな空気感。あらゆるものが、9・11という《時》を語りかけてくる。10年後の世界に生きる私たちに向かって。
もちろん社会的な側面にもがっちりと踏み込んではいる。が、基本的には9・11を背景にした“音楽ドキュメンタリー”だ。ポールの楽屋を訊ねてきたジェームズ・テイラーを、ポールが「オレの昔のカノジョのお兄さんが、彼のプロデューサーで…」とバンド・メンバーに説明したり。「ボン・ジョヴィのステージが観たいから、もう行くわ」と楽屋を出ようとするステラ嬢ちゃんに「オレよりアイツラがいいのか」と拗ねるカワユスなパパとか。なかなか楽しい場面ももりだくさん。
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▼こちらが、以前リリースされたコンサートDVD。
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というわけで。まったく偶然だったのだが、続けさまに9・11にまつわる2枚のDVDを観ることになった。でも、今、この時に観られてよかったな。
ひとつの街が……あるいは国が、困難と共に生き続けていくことについて思いを巡らさずにはいられなかった。
作品の中でもアラン・ギルバートが、ポール・マッカートニーが「音楽の持つ力」について、それぞれ語っている。さりげないけれど、音楽というものを知り尽くした彼らの言葉は深く心に沁みた。よかったらぜひ、映像で観てください。
もちろん、アメリカでのテロ事件と日本の震災や原発問題は、まったく異なる出来事ではあるけれど。同じ場所に暮らす人々が、心を寄せ合うことで生まれる大きな力は確実にある。そう信じたい、とあらためて思った。
音楽は決して無力ではない。だけど、無敵でも万能でもない。ものすごく不思議なもの。NYフィルの演奏にも感じたし、10年前のベネフィット・コンサートの様子を観ても感じた。音楽は、人々の怒りや悲しみのパワーを何かまったく違う他のモノに変換して供することが許される、ただひとつの魔法の装置。そんな役割がある。たぶん、ただ楽しい気持ちにしてくれるとかイヤなことを忘れさせてくれるだけじゃなくて。もうちょっと、いろんなことをしてくれる。
時に音楽は、自分の意志ではどうにもならないものを揺さぶって覚醒させてくれる。あるいは、自分の中で怖じ気づいている何かを引きずり出してくれる。そして何よりも、人と人を繋いでくれる。たとえほんの一瞬でも、人と人とが心を寄せ合うきっかけを作ってくれる。
それだけでもう、じゅうぶんだな。ぜんっぜん、じゅうぶんだ。
明日で3・11から10か月。まだ何も終わっていない。まだまだ、振り返って感慨にふける余裕はない。新しい年を迎えたからと言って、リセットできないことが多すぎる。けれど、それでもお正月はやってきた。ありがたい。何があろうとも、時間だけは変わりなく進んでいるのを実感する。時が止まらない限りは、私にだって何かしらのことは出来るだろう。縁あって生まれてきた場所で、自分にできることを精一杯やる。そのことを、今年も来年も再来年もずっと忘れないようにしよう。
あけましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしく。
2011-12-26
■[BBG]輝く!オレBBG大賞!
街を歩けば、あちこちから人々が「今年のベスト・アルバムは何ですか?」と訊ね合う声が聞こえてくる。季節の風物詩だ。ああ、今年も年末なのだなと思う。
「今年はブルースの年だったのぉ」「だよねー」「ああ、まさかクラプトンとウィンウッドが一緒に来てくれるとはのぉ」「はぁ? てか、むしろブラック・キーズですけど?」などという、澄みわたる冬空にも似たおじいちゃんと孫の会話を小耳に挟み、思わずコートの襟を立てて足早に家路を急ぐ私である。何を書いているのかよくわかりません。
それにしても、年末になると人々が「オレの年間ベスト・アルバム」を選ばずにはいられなくなったのはいつ頃からだったか。てか、むしろ、私が年間ベスト・アルバムという概念への関心を失ってしまったのはいつ頃だったか。なんかもう、ホントにどうでもよくなってしまった。関心というか、昨日の晩飯も忘れる年頃になると1年前に聴いていたものなんてムリ。元旦から大晦日までの間に聞いた膨大なレコードの中から、10枚なんてムリ。あと、ひとに聞かれて「〇〇です」と答えると、なんか、それで性格判断みたいなこと言われるのも面倒くさい。
ここ10年くらいの感覚は、だいたい年間で何十枚かの心に残るレコードがあって、で、それが3年ぶんほどたまったところで自然とベスト10枚が絞られてくるような……そんな感じでやってます。前向きに解釈するならば、ここ数年、自分にとって必要なレコードの取捨選択が格段に上達したのではないか。と。
で、ベスト・レコードはさておき。
私が選考せずにはいられない年間ベストといえば、ベスト・オブ・BBG(ぶんぼうぐ)だ。BBGっつーのは使ってみないとわからないし。文具の達人と呼ばれる方々のマネもしてみたのですが。結論として、BBGってのはあくまで自分の用途とか職業によって便利さが決まるわけで。スーパー・デキリーマンのビジネス手帳は、同じように分刻みのアポイントをこなすひとがマネして初めて役に立つわけで。でもねぇ、ミーハーだから、〇〇さんの愛用品とか、老舗の逸品と言われると手を出さずにはいられないの(´・ω・`)。
さて。そんなわけで、今日は本当にどうでもいい話題で申し訳ありません。本当にどうでもいいオレのベストBBG2011を発表します。
文豪が愛した原稿用紙で有名な満寿屋から出ているノートがある。その名も《MONOKAKI》。いちばん小さいB6サイズでも1000円近くて、まぁ、最近はやりの高級大学ノート(?)というか。これまでも“A5判で太めの罫線入り”というノートを見つけると、片っ端から試してきたのだが。飽きっぽい性格もあって、なかなか定番というのが見つけられなかった。が、気がついたら、飽きっぽい私が今年は《MONOKAKI》しか使っていなかった。というわけで、満場一致で本年の輝く!ベストBBGに決定した。おめでとうじぶん!
これです↓ 私はA5ヨコ罫を愛用ちゅう。
やっぱし、なんだかんだで公私ともにいちばん大事なBBGはノートなんである。仕事の打ち合わせとか、インタビューの準備とか、雑誌の記事で気になった情報とか、レコードや映画のちょっとした感想とか。そういうものを、以前は手近にある紙切れにぐちゃっと書き留めていた。当然、しばらく経つと捨てちゃったり失くしたりする。しかし、そういうものは後々けっこう役に立ったりするのだ。原稿を書く前の箇条書きメモも、あとで見返せば原稿よりもいいことを書いてたりして。
せっかくのいいアイディアが合議制によってどんどん先細って行くことがあるように。頭の中から出たものの、いちばん最初のカタチがメモ書きには残っている。なので、ある時期から、何冊かノートを常備して、あらゆることを記録として書き留めておくようになった。で、カタチから入る者としては、それなりにノートにはこだわりたい。が、あまり高価だとガシガシ書きとばすのが勿体なくなる。かといって、性格的には100円ノートではテンションが上がらないタイプなので、まぁ、よさげなノートを見つけたら買って試してみるのがシュミということにしている。
《MONOKAKI》は、使えば使うほどよくできているなぁと思う。細部にわたってよく考えられている。ノートを使う時にいちばん気になるのは、万年筆で気持ちよく書ける紙かどうかなのだが。そこはもう、文豪の原稿用紙のDNAがモノを言うわけで。まるで問題なし。罫線の幅も、太めのペン先でガシガシ書いてストレスがない絶妙なサイズ。筆記具やインク瓶があしらわれた切り絵の表紙もおしゃれ。そして、長く使っているうちにだんだん良さがわかってきたのが、表紙(と見返し)の紙質。厚紙と呼んでいいくらい、最初は「えっ!?」と驚くほどの厚くて固い紙。でも、内側にペンホルダーとかポケットがあるノートカバーに入れてみて理由がわかった。ものすごい安定感、デコボコを気にせずに書ける。これ、とっても大事。あと、ノート単体で持ち歩く時もクタッとならない。中身の保護にもなる。これも、とっても大事。けっこう乱暴に扱うので最後は表紙がボロボロになっちゃうけど、この表紙はキレイにボロる。これも高得点。お値段はちょっと高めだけど、毎日使うし、たっぷり書けるし、のちのちまで保管するものだし。コスパも大満足。最近はロフトとかでも売っているし、定番商品としてずっと買えるといいなぁ。
以上、今のところまったく不満な点がない満点ノート。あえてひとつだけ挙げるならば、名前がね……。これは、ごくごく個人的な事情なんですが。文章を書いてお金をいただいているけど、かっこよく「物書き」と名乗れるような身分でもないものでねぇ。表紙にずばり《MONOKAKI》と書かれているのが、ちょっと気恥ずかしい。あんまりデキていない男が「デキる男手帳」を持つようなものだ。いや、ニセ医者が「ISHA」と書かれたTシャツを着て歩いている気分を想像してみてほしい。
そんなニセ医者、いねぇよ。
と。
ここまでの勢いで、ついつい《MONOKAKI》と一生添い遂げるようなことを書いてしまいましたが。
そうは言ってもねぇ。
やっぱし、そういうわけにはゆきません。
来年も、とりあえずメインは《MONOKAKI》でいく予定ですが。秋にロンドンに行った時にも、しこたまいろんなノートを買いこんでしまいましたの。イギリスといえば、オサレ雑貨の本場。BBGにも独特の魅力があり、その誘惑には抗えませんでした。「人間は、毎日ビフテキを食ったら飽きてまうやろ」「男は浮気をする生き物でR」と居直る殿方の心が、少しだけわかる気がします。ふっふっふ。
冒頭の写真にあるノートも、ロンドンで購入したもの。今年ずっと使っているLAMYの万年筆・ボールペンの限定色アクアマリンと同じ色の表紙がもう、かわいいのなんの。ペンとおそろいで持つと、かわいすぎて身もだえてしまいます。そいでもってゴムバンドがピンク。これまた、たまりません。中身も厚手の紙で書きやすい。私が愛読している『NOTE & DIARY STYLE BOOK』最新号で同じメーカーのダイアリーが表紙になっていた。ちょっとうれしい。読モと私物がカブっているのを雑誌で見つけて「おんなじー、おんなじー」と狂喜乱舞する女子中学生読者の気分だYO!
ノート&ダイアリースタイルブック Vol.6 (エイムック 2282)
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2011-12-22
■[音楽]アパラチアのクリスマス
去年のクリスマスは、B-52'sのフレッド・シュナイダー率いるテクノ・ユニットThe Superionsのバカバカしくも美しい『Destination...Christmas!』で浮かれていたっけ。もちろん一昨年は、我らがボブ・ディラン先生の『Christmas in the Heart』ばかり聴いていた。
毎年12月になると、手あたり次第にいろんなクリスマス・アルバムを聴いている。そして、1枚か2枚はかならず「今年はこればっかり聴いているなぁ」というアルバムがある。その年いちばんのお気に入りクリスマス・アルバムっていうのは、自分自身にとっての1年間をしめくくるエンディング・テーマみたいな存在なのかな。特にそんなことを考えていないのに、毎年、無意識のうちにそういうアルバムを選んでいるような気がしている。
今年は、このうえなく美しいクリスマス・アルバムとの出会いがあった。
マーク・オコーナーの『An Apparachian Christmas』。
ここ数日は毎日、このCDばかり聴いている。今の私にとって、物足りないところが何ひとつないアルバムだ。こんなにもパーフェクトな音楽、あるのかしら。と思うほど。
内容は、みなさまご想像のとおり。
オコーナーとヨー・ヨー・マ、エドガー・マイヤーによる『アパラチアン・ワルツ』(1996年)、このトリオにジェイムズ・テイラーとアリソン・クラウスが加わった『アパラチアン・ジャーニー』(2000年)などのアパラチアン・シリーズ、その番外編とでも呼ぶべきクリスマス・スペシャルだ。
このタイトルを初めてニュース記事で見た時から、心はアパラチア山脈へ……。それくらい楽しみにしていたアルバムではあったのだが。もう、想像を遙かに超えた素晴らしさだった。
今回はマーク・オコーナーのプライベート・レーベルからのリリースだが、さすがミスター・アメリカン・弦楽器奏者! アパラチアン・ファミリーの面々はもちろん、多彩なゲストが参加している。若手実力派ジャズ・シンガーのジェーン・モンハイトがオコーナー率いる“The Hot Swing Trio”とジャジーに歌うクリスマス・ソングもあるし。オペラ界の女王、私の大好きなルネ・フレミング様も登場する。彼女がオコーナーのバイオリン(ここではフィドル、ではないかなと)とデュエットする「アメイジング・グレイス」はアルバム中でも白眉といえる1曲で、何度聞いてもトリハダものだ。ロンドン・フィルハーモニー+オコーナー、そしてルネ様による賛美歌「まぶねの中に」にも落涙。クリス・シーリーやスティーヴ・ワリナーといったカントリー〜ブルーズ仲間も参加している。アリソン・クラウスの歌う「Slumber My Darling」は『アパラチアン・ジャーニー』収録曲だったり、JTも旧作からの再録だったりと新録だけではないのだけれど。それでも、アルバム全体がホーム・パーティのようなあたたかな雰囲気に包まれている。ふだんはコワモテの辣腕ミュージシャンたちが、笑顔でそっと目くばせを交わす光景が目に浮かぶ。
紙吹雪とシャンパンの泡がキラキラ光る、都会の華やかなクリスマス・パーティのイメージではない。荘厳なミサに紛れ込んだような、今日だけはお行儀よくしないと…みたいな堅苦しさもない。けれど、今年のクリスマスはこんな感じがぴったりだなと思う。あくまでも個人的な気持ちとして、だが。
アルバムは、オコーナー=マ=マイヤーの『アパラチアン・ワルツ』で幕を閉じる。慈愛に満ちた深い響きは、まるでこの曲がクリスマス・ソングであるかのような余韻を残す。
人々がいて。日々の暮らしがあって。1日の終わりに音楽がある……。
そんな日常に降りそそがれる祝福のしずくが音になって、キラキラと輝いているよう。
どんなにつらい1年だったとしても。時が止まらない限り、クリスマスの日はかならずやってくるのだな。
☆クリスマスを過ぎても、冬の間じゅう……いや、1年中すばらしいアルバムです。驚きのお値段だし!ぜひ!
- アーティスト: Mark O'Connor
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2011-12-21
■[本]メガネと音楽とハードボイルド
「ママが言うには、あなたは歩き始めるより前に歌っていたって」という歌姫と同じで、字が読めるようになった瞬間から私はずーっと読書家だった。
読むのが好きじゃない時なんか、いちどもなかった。なのに、それなのに、ここ数年は本を読む時間がめっきり少なくなっていた。というか、一冊を読み終える時間がどんどん長くなっていた。気がつけば、1ページの文字数が果てしなく膨大だと感じている自分がいた。以来、2、3ページ読むと疲れちゃって、ちょっと読んでは放置し…みたいな状態が続いていた。ちびちびと1ケ月もかけてハードカヴァーのミステリ一冊を読み終えた時には、読了の爽快感よりむなしさに包まれたものだった。ちびちび読んでいるから、3ページ読んでは10ページ前に起こったことを忘れてしまうのです。ああ、これが老いるということか。歳月は、こうして「読む」という気力を奪ってゆくのか。
と、思いっきり無気力になっていた頃、ある人に「もしかして、老眼じゃねーの?」と言われた。で、眼科に行ってみたら、老眼のちょっと手前まで来てますよーとのこと。あと、もともと乱視気味だったのがさらに進んでいると。
そりゃ、小さい字を見るたびクラクラするはずだ。
それで、遠視&乱視のメガネを作ってみたらビックリ。よく見えること見えること。字がおっきく見えること見えること。旧ポケミスのちっこい文字もスラスラ読める。
いやぁ、よかったよかった。
頭が悪くなったんだと思ったら、目が悪くなっていただけだったYO!
(まぁ、頭もね……)
しかし、ずっと視力だけは1.0以上だったからメガネになかなか慣れなくて、最初は長時間の読み書き時だけ使用していた。が、最近になってさらに視力が落ちたらしくて、運転中とかライブとか、ふだんもメガネなしではいられなくなったので、ようやく日常的なメガネ習慣が身についてきた。メガネかけて何かしながら遠くを見てキモチ悪くなったり、そういうこともなくなった。
そんなわけで、最近また読書が楽しくなってきて。ものすごい勢いで、じゃんじゃん読んでいますよ。今は、年末ミステリの各ベスト10で未読の翻訳モノがたくさんあったので、そのへんを手あたり次第にやっつけてますが。うーん、なんか、自分の好みとしては今年は今ひとつガツンと来るのがないような……。まだわかんないけど。
で、最近、思わぬ収穫だったのがケン・ブルーエンの『ロンドン・ブールヴァード』。一昨年11月に出た時に買ったのに未読のまま本棚にしまってあった。コリン・ファレル&キーラ・ナイトレイ主演で映画化されたのがちょうど先週末から日本でも公開されたので、そういえば……と思い出したのだった。
ケン・ブルーエンは、以前はハヤカワ・ミステリから“ケン・ブルーウン”表記で『酔いどれに悪人なし』など何冊か翻訳が出ている。いかにもツウ好みのノワール・リヴァイヴァル系という評判で気になっていたけど、私は本書が初読。
物語の設定は、ビリー・ワイルダー監督の映画『サンセット大通り』(1950年)へのオマージュ。舞台は現代のロンドンで、ムショ帰りの男が引退した伝説の舞台女優の大邸宅に雑役係として雇われて……という、まぁ、そんな王道ノワール。ストーリーそのものも悪くないが、何よりも面白いのは設定やディテールの面白さ。特に、ミステリに関する引用と、登場するBGMの絶妙な“選曲”が楽しくて、筋書きのちょっと強引なところもまったく気にならずに読みふけってしまった。
ブルーエンは音楽おたくに違いない、しかもイギリス人ならではの。そんな印象。
ラルフ・マクテルの「ストリーツ・オブ・ロンドン」が出てきたかと思えば、トリーシャ・イヤーウッド&ガース・ブルックスの「イン・アナザーズ・アイズ」が出てくる。主人公のお気に入りは、レナード・コーエンの「フェイマス・ブルー・レインコート」。アイリス・ディメントの歌詞の一節をチンピラ相手に披露して怪訝がられ、己の運命をクリス・デ・バーの「嵐を待ちながら」に重ねてみる。他にもグラム・パーソンズ、カウボーイ・ジャンキーズ、トレーシ−・チャップマン、メアリー・ブラック、ポリー・ハーヴェイ、スプリングスティーン、フューリーズ、ダイアー・ストレイツにビリー・ホリデイ……。物語の中に登場するラジオから、CDプレイヤーから、そして時には脳内再生される回想のBGMとして、次から次へとあらゆるジャンルの音楽が流れ出てくる。詳述は避けるが、刑務所で強姦されてから同性愛に転じた服役仲間が夜な夜な歌うABBAの「悲しきフェルナンド」のエピソードも泣けたなぁ。
ミステリに登場する音楽・映画・文学にはしばしば作家の嗜好が反映される。私なぞは、ニール・ヤングやボブ・ディランの歌詞が引用されてたりすると、それだけで何か気持ちが通じ合う仲間に出会った気分で作家のファンになってしまったりするし。好きなジャンルは「村上春樹の小説に出てくる音楽」という人がいるほど、村上春樹は音楽センスのよさがひとつの持ち味だ。でも、やたらと幅広く音楽や文学を引用したがる作家はたいてい、うんちく自慢にとどまってしまったり。単なる小道具として、それっぽいモノを調べて使ってるだけかと思える引用もある。でも、本書での引用はどれもユーモアがあって、物語に対する必然がある。作者がネタ元の音楽や文学を深く理解してる、愛してるって証拠なのだと思う。
ミステリ、小説からの引用はさらに盛りだくさん。主人公はやたらめったら小説のセリフを真顔で引用するし、優れたミステリについてムダにおおいに語ってみせるし、自分を小説の登場人物に見立てて難局を乗り越えもする。デニス・レヘイン『スコッチに涙を託して』、チャールズ・ウィルフォード『あぶない部長刑事』、フレッド・ウィラード『ダウン・オン・ポンス』、トマス・ボイル『死者だけがブルックリンを知る』、ハリー・クルーズ『コミック・サザン・クルーズ』、ジョン・デル・ヴェッキオ『第十三峡谷』、ブルース・チャトウィン『ソングライン』……。主人公が恋人に連れられて行く“朗読パブ”では、ホンモノ(?)のジェイムズ・エルロイがステージに上がってエンターテイナーぶりを発揮する。そもそもエルロイやローレンス・ブロック、エルモア・レナードあたりへのオマージュはじゅうぶんすぎるほど感じる物語なのだが、そのリスペクトぶりを引用というカタチでもたっぷり表明している。
この、ちょっとやりすぎなほどの引用を楽しめるか、おなかいっぱいと感じるかは個人差があるとは思う。が。私は大満足。ローレンス・ブロックの“マット・スカダー”シリーズの名脇役、ミック・バルーに自分をたとえる主人公……なんて、もう、完全にヲタ領域でしょ(笑)。ブロックの『墓場への切符』からは長々と文章が引用されてもいるが、そこは物語にもっとも重要な役割を果たしている箇所だ。このくだりでニヤニヤするに違いないファンのために、ちゃんと『墓場への切符』は田口俊樹氏による翻訳バージョンを引用している訳者の鈴木恵氏もグッジョブ。ヲタ心をわかっていらっしゃる!
昔から言われていることだが、翻訳ものに出てくる音楽関連の固有名詞や曲名、歌詞、用語については、音楽ファンとしては「むむ?」と思うことが多い。年配の翻訳家も多いし、確かにマニアックなミュージシャン名などはご存じなくて当然だし。インターネットがない時代は、ロック・ミュージシャンの名前ひとつ調べるのはたいへんな苦労があったと思うけど。それなりの必然性があって引用されているのに、話の流れを台無しにする誤訳があったりするとガッカリしてしまうし。原題でも邦題でもない珍タイトルに訳されていたりすると、読みながら頭の中で曲を思い浮かべる楽しみを奪われた気分になってしまう。本書がとても面白かった理由のひとつは、音楽や小説に関する翻訳の丁寧さにある。すでに邦題のついている作品についてはそれに準拠し、英語による原題がストーリーに関係している場合は、そのことがわかりやすいような併記をしている。個人的な印象だけど、それによってストーリーのリズム感がすんなりと入ってきたというか。引用ネタの多さにもストレスを感じず、作品の魅力をストレートに味わえたように感じる。こういう、同じ時代の空気を感じさせるカルチャーが盛り込まれた作品が日本でもどんどん翻訳されることは、文学だけでなく音楽シーンにも刺激を与えてくれるのでは。
- 作者: ケンブルーエン,Ken Bruen,鈴木恵
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2009/10/28
- メディア: 文庫
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そういえば。余談というか、ちょっとマメ知識。
早川書房から出版されていたボリス・ヴィアン全集の1冊、彼のジャズ批評などを集めた『ぼくはくたばりたくない』。われら昭和おしゃれ東京サブカル少女には必携のスノッブ教科書だったわけですが(笑)。巻末にあるジャズについての脚注の一部を書いているのが、当時、ディスクユニオンのバッグで通勤していたという(泣)新入社員のH原K太さんだったことはあまり知られていないですよね。つか、ぜんぜん知られていないですよね。私も、ずいぶん後になって知りました。いやぁ、人に歴史あり。だって、ボリス・ヴィアン全集って私のお嫁入り道具だったんですもの。びっくりしたわー。ナイス新入社員!







