匿名医師ブロガーvs実名記者

団藤保晴氏のブログ「Blog vs. Media 時評」の「医療崩壊と医師ブログ林立、勢いと隘路」と題されるエントリーがちょっと「炎上」している


現役朝日新聞記者で雑誌「世界」にも連載を持ち、ネットは実名で発言するのが本来の姿だと常々主張している人なので、これまでもちょくちょく「炎上」していたのだが*1、今回は医療関係者からかなり強烈なコメントが集中してしまった。
団藤氏としては、医療崩壊を憂い医師ブログを応援するエントリーのつもりであったのだろうが、予想外の事態に「火に油」のコメントを連発してしまう。


現場の医師側の一番の反発は、団藤氏が自身とマスコミを「社会の木鐸」と位置づけている点であるように見えたな。
「マスコミは、病んでいる社会を治療する機関」だという「上から目線」が感じられるあたりに、医師たちから集中砲火を浴びることになってしまった。


現場医師からすると

新聞の医療報道に問題があると自覚しているならば、あなたは新聞の内部改革を頑張ればいい。
医師blogの運営方針は我々自身で考えるので、実名の勧めなど無用。 政治への働きかけも独自にやるから、せいぜい邪魔しないでくれ。

という感じかな?



政治記事では「関係者」とか「〜筋の話」という表現で匿名のコメントが多用されている。
「警察関係者筋」も、けっこう見るような印象。
それと同じように、医療記事に匿名医師のコメントを拾って載せればいいのではないか?
などと思わぬ訳でもないが… まぁ、記者と医師との信頼関係がなければ無理だろうな。

メディア内部の問題

最初に批判が殺到したのは以下の部分。

しかし、ブログの世界だけに止まって議論していて、行政まで変えられるはずがありません。メディアの力も借りてでも動かして行かねばならないことに早く気付いて欲しいと思っています。そして、その段階では匿名から実名に切り替わらねばなりません。私が扱っているオピニオンのページなど、新聞メディアで行政の無様さに対し真っ正面から発言をしていただくためには実名で登場してもらうしかないのです。


早々に悪罵が投げつけられる

これは出来の悪いジョークなのか?
医師の力を甘く見すぎですな。医師はマスゴミの力など必要としていません。医師は多くの患者さんに直接訴えます。いつでも裏切るマスゴミのような寄生虫は早く消えてしまえ、といつも思っている。医療荒廃を招いた責任の一端はマスゴミにあるのに、当事者意識がなさすぎる。
開業やぶ医 2008/05/13 10:54 AM

それに対しての切り返しのつもりなのだろうが、最初の「火に油」コメント

このエントリーを冷静に読めば、そんな無用論で切って捨ててよいとは考えられないでしょう。リハビリ打ち切りの制度改悪に、多田富雄さんが糾弾の声をあげられた際、最初に大きな紙面を提供したのがうちの新聞でした。内輪の事情までは明かせませんが、使えるものを使わないで、強がっているだけというのは、余りに哀れです。医療事故調問題は決して良い方向には進んでいないと思います。

リハビリ打ち切り問題については自画自賛。 医療事故調査問題には報道に問題が有るかも、と漏らすと早速つっこみが入る。

>>医療事故調問題は決して良い方向には進んでいないと思います。


>素朴な疑問なのですが、こういう認識がありながら、なぜこの問題を相当量
>の紙面を割いて新聞できちんと論じることができないのでしょうか?
>不信感の根っこにはそういう外側からみた「不可思議感」があるように思います


 往々、誤解されているのですが、マスメディアは「検察一体」のような、対外的に統合された組織ではありません。独裁者が全ての論調を指示できるY紙のようなマスコミもありますが、普通の会社はそれぞれに持ち場を分割して、各セクションにデスクがおり、その判断で取材、出稿します。デスク自身も毎日当番ではなく、輪番です。したがって全体の質を上げるためには、各セクションのデスクと取材者のレベルを少しずつでも改善していくしかありません。医療崩壊についてなら、この2年で随分変わりましたが、事故調問題が判っている記者は少ないでしょう。さらに言えば、論説は密室で議論して勝手に書いていらっしゃるので、一線記者からすると不思議な社説がしばしば現れます。
dando 2008/05/13 4:24 PM

あっさりと切り替えされる。

理解いたしました。しかし、そういう内部状況であるならば、取材を受けた結果として紙面に不当な書かれ方をしても、新聞社側の社内の仕組み的に誰も実質的には対外的な責任をとれませんよ、ということを言っているように感じます。


これでは取材を受けるにしろ、安心・信頼して取材を受けるのはなかなか難しいように思いました。
素朴な疑問 2008/05/13 7:01 PM

医者ならでは、の切り返しだなぁ。 
勤務医が、所属する病院の医療に対して「一勤務医からすると不思議な医療行為がしばしば現れます」などと実名でコメントしたりすると大騒ぎになるだろうに。
団藤氏のこのコメント以降、医師さんたちの態度ががらっと変わってしまった。 「良心的記者」でも所詮はこの程度、という生暖かい雰囲気になってしまう。

メディアの役割

「ブログの世界だけに止まって議論」という認識は遅れている、という指摘もちらほらと出てくる。
それに対して団藤氏が二つめの「火に油」コメントを返す。

ところで「hot cardiologist」さんの
>すでに診療関連死の医療安全委員会なら、ブログのコメントも含めたインターネットを通じて情報が伝えられ、その情報を元に国会議員等への働きかけがあります。
>議論もインターネットを通じて行われつつあります。
>実は新聞やテレビといったマスコミの役割が、医療システムに関してはなくなりつつあり、必要な情報伝達や議論もインターネットを介して、実際に法律を作ったり、制度を整える役割をもつ人々と現場の専門職との間でなされるようになりました
――との議論は本当なのでしょうか。医師の皆さんには耳当たりが良い情報かも知れませんが、民主主義の仕組みを理解されているなら「匿名の専門家情報が国会議員に流れ込んで法律が出来ていく」ということが異常だと気付かれねばなりません。実際には事故調問題には患者遺族との関係をどうするかという重大問題があって、そのようには進行しないでしょう。民主主義の手続きは手間も痛みも覚悟しなければ進まないと思っています。
dando 2008/05/14 4:01 PM

これに対しては丁寧なコメントも付くが、最初に煽った「開業やぶ医」氏が「医学界と国会議員が意見交換」のurlを貼ると、団藤氏はこんな反応をしてしまう。

https://www.cabrain.net/news/article/newsId/15955.html
「医学界と国会議員が意見交換」ですって、
素晴らしいですね。これで全面解決ですね!!!


いやーー、大笑いです。門田さんは助教授の時から知っていますが、これで手放しで喜ぶほど甘い方だとは知りませんでした。真顔で「もう大丈夫ですね」と、お聞きになって下さい。どう答えられるか、聞くまでもないでしょう。


情報自体をネットから収集することは時代の常識です。現に私のネット活動は会社の業務と完全に切り分けるために、11年前からネットを情報源にして成立しています。このコメント欄で問題にしていることはそうではないのです。財界や各種圧力団体がしていることを、皆さんもおやりになりたいのか、でも、そんな圧力のネタをお持ちなのかと、不思議に思っているのです。
dando 2008/05/14 10:38 PM

これは典型的な自滅パターンだなぁ。
専門家集団を相手に、一記者が返すコメントとも思えない。 「荒らし」相手にはこれで十分だと思っていたのだろうけれど、これで完全に見切られてしまった。


団藤氏は『民主主義の仕組みを理解されているなら「匿名の専門家情報が国会議員に流れ込んで法律が出来ていく」ということが異常だと気付かれねばなりません。』と書くわけだが、では「正常」な仕組みとはどんなモノなのだろうか?

マスコミが世論を喚起して、そして国民的議論の末に…、というのが「正常な民主主義」ということなのかな*2
「ネットの匿名の情報<<マスコミ情報」という価値判断のようだけれど、こういう認識自体が匿名医師ブロガーから反発を受けているのに気がついていない。


とゆーか、そもそも「匿名の専門家情報」という認識がちょっと微妙ではある。 2ちゃんねる情報が、そのまま国会で議論されていると思いこんでいるみたいだ。



2006年10月の奈良・妊婦死亡報道のとき私は

「医師叩き報道で医療崩壊が始まった」
 ↓
医療崩壊が産科から始まった」
 ↓
「産科医からの反撃で報道崩壊が始まった」

という事になるのだろうか? 
http://londonbridge.blog.shinobi.jp/Entry/214/

なんて書いていたわけだが、現段階では「医師はマスコミを敵視・無視するのが当たり前」という感じだろうかな。



エントリーのタイトルを「報道崩壊と増えないマスコミの署名記事とマスコミが取り上げる匿名コメントの不思議。記者ブログの試みと隘路」にしようかと思ったが自重。

*1:3〜4年前はそれなりに、ちょくちょく話題になっていた。団藤ミサイルでググるとよろしww

*2:しかし、そういう建前を誰も(おそらく団藤氏も)信じていないのだろう。