NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

トンデモに効くクスリ

ある朝、郵便受けに山田玲司のマンガが入っていた。正確には、新聞の号外のかたちで計8ページのうち、マンガは4ページ。「豪快な号外 30秒で世界を変えちゃう新聞」と書いてある*1。全体的には地球温暖化を何とかしようという趣旨でそれはいいのだが、どことなく違和感がある。たとえば山田玲司のマンガ。10歳のあかりちゃんのところに、10年後のあかりがやってきて警告および地球を守るための提案を行なうのだが、



地球温暖化マンガ「ほんと、未来はどうなるの?」山田玲司より引用

使い捨ての社会がアレルギーの人を増やし続けているの…
※ゴミを燃やしたり車の排ガスや発電のせいで出てしまった放射性物質や化学物質なんかが原因の一つだって言われてるわ…
アトピーやぜんそくの子は学校のクラスにもいるでしょ


放射性物質はさすがにともかくとして、人工化学物質がアレルギーの原因だと「言われている」ことは、まあその通り*2。医学的・科学的な根拠に乏しいのにも関わらず、そう「言われている」のであるが。西洋式のライフスタイルがアレルギー性疾患の増加に関係しているのは確かだが、排ガスその他の「化学物質」のせいとは限らない。日本において、30年前と比較して大気汚染物質は改善し、農薬・食物添加物の使用量も増加していないにも関わらず、アレルギー疾患は増えている*3。ベルリン崩壊以前の東西ドイツの比較では、東ドイツよりも西ドイツのほうがアレルギー性疾患の発症が多いのに対し、環境は東ドイツのほうが悪かったことが知られている。また、衛生仮説といって、微生物への感染の機会が減ったこととアレルギー性疾患の増加とが関与することを、複数の研究が示している。アレルギー性疾患の増加に対して、「人工化学物質」の関与は否定できないものの、主犯でないことはかなり確かである。

化学物質過敏症についても触れられている。


地球温暖化マンガ「ほんと、未来はどうなるの?」山田玲司より引用

07年にはもう100万人はその予備軍になってるわ。


化学物質過敏症の疾患概念の怪しさについては何度か論じた。予備軍推計の100万人というのは、内山巌雄による調査を、「未成年まで考慮すると、100万人近くがCSである可能性を示す調査結果だ」と評価した柳沢幸雄・東京大大学院教授のコメントからであろう。■化学物質過敏症:成人患者推計70万人?でも論じた通り、この推計はきわめてあやふやである*4

地球温暖化を防ごう、食べ物を残すのはもったいない、などは正しいスローガンではあるが、ところどころに怪しげな主張も混じっている。オーガニック食品は、生産効率が落ちる分だけ環境負荷になるんじゃないか。温暖化を憂うなら、原子力発電にやみくもに反対するのではなく、注意深く使う方法も考えるべきではないか。平和省を創りましょうって、そりゃいくらなんでもアレすぎだろう。こんな具合で、どこからどこまで信頼できるのか分からない。電気を消してのキャンドルナイトはどれくらい意味があるのか。割り箸を洗い箸にすると本当に環境にいいのか。非電化製品はまともそうだけど、どうなんだ。8ページの新聞を3000万部刷るのにどれくらいの森林が必要なのか。

いったいどういう団体が発行しているのかを調べてみたが、なんと呼びかけ人の1人は「きくちゆみ」さんであった。水道水を燃料に、しかも酸素を吐き出して走る車の存在を信じる夢のある人である。最近では、エイズを治癒する酵素風呂を「本当の国際貢献だ」と評価しているステキな人だ。

エネルギー保存則も知らないのにエネルギー問題を論じる人が呼びかけ人の一人である。まともな情報もあるのだろうが、玉石混交である。私が地球環境のために何かしたいと思うならば、必要なのは信頼できる専門家が環境負荷を計算して出したアドバイスであり、「買ってはいけない」にたやすく騙されるような素人がなんとなく環境に良さそうと思ったものの寄せ集めではない。マンガでは、主人公が問う。「私のできることが何かあるの?」。無駄なぜいたくや争うことをやめる他に、怪しげな情報を取捨選択できるリテラシーを身につけよう。正しい知識を得て、科学的に考えよう。地球温暖化を防ぐのに貢献しているのは、ろうそくを灯してエコな気分に浸っている愚か者ではなく、省エネ家電を開発する技術者だと思う。


*1:http://kibou.main.jp/gogo.htmlでダウンロード可能であった(現在はリンク切れ)。発行者のメインサイトは、YES IS LOVE!みんなでちょっと動けば変わる TEAM GOGO【豪快な号外】:http://www.teamgogo.net/

*2:しかし「レセプター(受け手の感受性を増す物質)」とは言われていないと思うぞ

*3:松永和紀著 メディア・バイアス P167

*4:松永和紀著 メディア・バイアス のP99でもふれられている。以下引用

 *患者数も誇張か?
 (中略)
 化学物質過敏症の患者数も、マスメディアによって独り歩きしています。たしかに、調査結果はあります。内山巌雄・京都大学大学院工学研究科教授らが、国立公衆衛生院(現・国立保健医療科学院)に在籍中の2000年、全国の男女4000人を対象に面接調査を行なっています(回答数2851人)。結果は、化学物質に対して高感受性をもつと考えられる人は21人(0.74%)でした。これをもとに、「日本の人口の0.74%は化学物質過敏症」などと市民団体は主張しています。
 しかし、この調査で使われた調査票に基づく診断基準には問題があり、内山教授自身が大気環境学会第44回年会講演要旨集で「課題を残している」と明記しているのです。
 また、0.74%という数字は回答した2851人における割合です。内山教授は講演要旨集に「高感受性を持つ人ほど調査に参加しにくい可能性があることを考慮すれば、潜在的にはさらに多くの高感受性を持つ人がいる可能性は大きい」と書いていますが、回答しなかった1149人は、症状とはまったく無縁で関心がなく回答しなかった可能性もありそうです。したがって、科学者の間ではこの数字は重視されておらず、この数字をもとに社会的な方策を検討するのは無理です。
 ところが、毎日新聞2003年1月12日付朝刊はこの調査結果を取り上げ、内山教授の「CS(注=この記事は化学物質過敏症のことをこのように略している)患者の疑いのある人が、成人だけで全国に約70万人は存在すると推計され、対策が急がれる」というコメントを紹介しているのです。
 さらに別の専門家のコメントとして、「未成年まで考慮すると、100万人近くがCSである可能性を示す調査結果だ。自覚症状がなかったり、誤った診断をされているCS患者が多数潜在していると思われる」と紹介しています。これでは、新聞社が数字を水増しし恐怖感を煽っている、と言われても仕方がないでしょう。