SY1698の日記 RSSフィード

2015-04-01

[]「岐阜県満洲開拓史」に名前はなかった 00:55 「岐阜県満洲開拓史」に名前はなかったを含むブックマーク

今まで何度か調べてみたのだが「岐阜県満洲開拓史」に名前がなかったことは何を意味するのだろうか。同書は「満蒙開拓移民事業」に関わった移民家族名・出身地のすべてを掲載している。調査対象者の苗字は県内一部地域に集中する特徴的なものであるが、一切その表記が見られない。そもそも「満蒙開拓移民事業」は農村更生計画に基づき山間部を中心に移民が輩出されており、平野部出身者の割合は少ない。岐阜県の満蒙開拓青少年義勇軍は第8回まで組成されているが、第8回は北海道での所外訓練中に敗戦を迎え渡満はしておらず、碑文がないのも当然のことである。

そう考えると、青少年義勇軍の最後の世代は、山口盈文氏(1929年生)であり、それ以後ということはありえず、山岸重治氏(1931年生)のように、1940〜1941年前後に一家で移住したパターンしか残らない。なぜなら、高等小学校を卒業後、内原研修所での集団生活を送ってから渡満するからだ (渡満年齢は14〜15歳で、13歳を下回ることは決してない。1945年内原に入営しても渡満前に終戦を迎えたので、1944年内に内原入りしていなければならない)。そうなると的を絞ることが事実上不可能であり、またも(╯°□°)╯︵ ┻━┻ 状態に追い込まれてしまうのである。

[]「満蒙開拓青少年義勇軍」の暗部とは 01:09 「満蒙開拓青少年義勇軍」の暗部とはを含むブックマーク

「僕は八路軍の少年兵だった」で山口盈文氏が現地の内務班的な過酷な生活を指摘していたのだが、これはむしろ「満蒙開拓青少年義勇軍」だからという側面が大きかったようだ。特に、中隊長が200名以上の隊員を抱える体制だったので、各隊員を統制できなかったことは陳野守正氏の著書に明らかである。それだから敗戦時にどさくさ紛れで頃された話なども多いようで、山口盈文氏が八路軍に投降したのもさもありなんという話である。実際のところ「教科書に書かれない戦争」シリーズでは現地の政協委員になった元八路軍兵士までいるとか、このあたりを掘り下げると沼しかなくて泣けるのだが、ここ2〜3年が最後の山場であろう。

2015-03-31

[]「鉄道会社財務諸表2」やります 23:31 「鉄道会社と財務諸表2」やりますを含むブックマーク

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5月4日の「Little"T"Star!6」新刊として作りこんでいたのがこの「鉄道会社財務諸表2」です。表紙を見ればお分かりのとおり「鉄壁の財務体質」北越急行を筆頭に、「今なお残る廃線跡名鉄三河線(猿投〜西中金)、「資産評価国鉄への借金返済」寿都鉄道を取り上げます。来週明けには入稿を済ませ、なんとか今月中には納品される見通しです。ギリギリまで資料確認を行い、参考文献の追加も行いましたので、もうこれ以上ブレはありませんw

[][]本日の査収案件1(満蒙開拓史) 23:31 本日の査収案件1(満蒙開拓史)を含むブックマーク

昨日書いたとおり「満蒙開拓青少年義勇軍」の闇は深すぎたw 陳野守正氏の著作「教科書に書かれない戦争」シリーズのPart6がやべえ 教師が追い込みかけたこと以上に「開拓地での所業が内務班以上の闇」だったというきっつい話。「岐阜県満洲開拓史」もたいがいで、開拓団員のほとんどが山間部の郡部出身で「農村更生計画による分村移住」とか読んでいるだけで心を折られそうになる内容てんこ盛り(´Д`|||) 「満洲女子訓練所興亜凌霜女塾」とかもうあかんわこれ

救いがあるとすれば、日中貿易史の鍵を握る人物は開拓団員に含まれていなかった(第八回開拓団員松永中隊北海道で所外訓練を行っているうちに終戦となった)ことだが、それはそれでなぜ終戦時に満洲にいたかという説明がつかない。家庭の都合で満洲に在住していたのだろうか。そうなると「日中友好公園」と「満蒙開拓青少年義勇軍」慰霊碑との関連性を見出すのが難しいのだが、おそらく年が近い元開拓団員と接する機会が多かったことと、あと岐阜県杭州市の「碑文交換」に関わったことくらいだろうか、断言できないところが心苦しい。

[][]本日の査収案件2(北越急行史) 23:31 本日の査収案件2(北越急行史)を含むブックマーク

草稿段階での予測は読み通りだったことは、大熊孝夫氏の講演要旨より発掘。また「政治ドキュメント北越北線復活」(新潟日報1984.05.16〜20)では、鈴木善幸白川勝彦を通じて第三セクター化への道を1981年の時点で示唆していたようだが、田中角栄が当時国鉄線への引受に固執して、1983年になって急遽覆すに至ったかは謎である。よくわからない部分が多いので改稿はしなかったが、参考文献として挙げるに留める。

[][]本日の査収案件3(22日間の修学旅行) 23:31 本日の査収案件3(22日間の修学旅行)を含むブックマーク

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神明高女創立80年記念誌(1995)は前に見ていたのだが、これはその10年前(1984)に刊行された70年記念誌。これで目を引いたのが「修学旅行日程表」(p.180-181)。これは1937年のものだが、宮島神戸大阪奈良・吉野・伊勢鎌倉東京日光京都岡山・高松・別府熊本福岡を回るというマジキチレベルの日程である。こんなの絶対おかしいよw それ以上に( ゚д゚)ポカーン となるのが「毎月3円ずつ積み立てて120〜130円くらい」というのだが、松竹楽劇部満洲公演が2円50銭で「高すぎる」と言われた時勢にどうやったらそんな積立できるのよ。今に直せば150万円クラスの修学旅行とか、なにこのお嬢様学校満洲女学生気質」という言葉に相違はなかった それもはるかに想像の斜め上を逝くレベルで*1

[]満研第6号テーマはやはり当初案通り 23:39 満研第6号テーマはやはり当初案通りを含むブックマーク

「満蒙開拓青少年義勇軍」絡みの文献を読んでいるだけで折れそうになるし、徒労の割には成果は薄かったので、やはりここは「満洲女学生気質*2でもやりますか。今まできちんと調べきれていなかった満洲国の学制も踏まえた上で、その上で「想像の斜め上を逝く」女学生気質でも取り上げてみるかね そうなると「少女歌劇」の読書投稿欄とか調べに坪内逍遥先生のところに行く時間を捻出せねばなるまいか。いちおう「満洲国史各論」「二〇世紀満洲辞典」などから基礎知識も拾いなおしてはみたが、どうまとめられるかこれとばかりはやってみないとわからない。

二〇世紀満洲歴史事典

二〇世紀満洲歴史事典

*1:柳生昌勝「満洲女学生気質」『満洲よもやま-皇軍将士慰問文集』満州文話会所収。長春市档案館に所蔵とのこと。詳細は永月芳乃「いごこちのわるい【狭間】-今村栄治『同行者』にみる異民・異郷・異心」『曠々満洲 うたう!大満洲国』満洲研究会2013参照。

*2:短篇創作集所収の作品名は前述した同名の随筆から取りました

2015-03-30

[]行きも帰りも「グモ」まみれ。 22:37 行きも帰りも「グモ」まみれ。を含むブックマーク

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二年ぶりにこのタグを使ったな。

朝の通勤時に京浜東北線鶴見グモ(0707)、やむなく東急線経由の大迂回を強いられ当然ながら定時に間に合うはずもなく。実際問題、横浜駅の入場規制を考えればあえて逝っとけ京急を使わないパターンは正解だったのだが、帰りもこの時間に10両とか喧嘩売っとんかい「#JR東日本滅ぶべし」というタグを使って打っていた直後に「大森〜蒲田グモ(1919)」とか即死パターン。仕方がないのでまたも大迂回決行したはいいが、日中の遅れを引きずったまま帰宅ラッシュになっており結局のところ3時間近くもかけて帰宅した次第w

[]どうやったらここでグモれるのか。 22:54 どうやったらここでグモれるのか。を含むブックマーク

( ゚д゚)ポカーン

数年前に東京モノレール羽田線昭和島駅でグモ決行したのがいたが、更にその斜め上を逝く「モノレールに吶喊」パターンとかありえんレベルやろ。むしろ湘南町屋とかでホームからさらに道路にダイビングとかなら理解できなくもないが、これはさすがに。なお、湘南モノレール初のグモ案件の模様。

[]満蒙開拓青少年義勇軍の闇が深すぎて泣ける 23:27 満蒙開拓青少年義勇軍の闇が深すぎて泣けるを含むブックマーク

こちらに先日の進撃作戦についてまとめたついでに、慰霊塔に関連して「満蒙開拓青少年義勇軍」について調べてたらこんなの (白取道博「満蒙開拓青少年義勇軍」の変容(1938〜1941年):「郷土部隊編成」導入の意義、北海道大學教育學部紀要 1990/2) が出てきて精神を削られる。

http://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/29341/1/54_P33-96.pdf

陳野守正が「先生忘れないで!」において紹介している広島県の元教員の陳野宛書簡は示唆的である。その書簡にはこうある。すなわち「当時,貧困,学業不振,親のない子,片親の子,非行の子どもは,すべて義勇軍のターゲットにされたものです。その条件にあてはまる片親のYという子が,学校側の要講で義勇軍志願を決意しました。その晩,Yの母親が雨の中をはだしで,“どうぞかんべんしてやってください"と,ことわりに来ました。わたしはその時の雨の音と,まったく教育の力のない母親の愛情の深さを志れることができません。」と(146-147頁)。本論において示した内原訓練所入所者の家族状況を見ても,両親のいない者や母親しかいない家躍の出身者が少なからず存在した」(p.94)

長野広島山形福島静岡県教育史の黒歴史

日中貿易史どころではない闇の深さに(´Д`|||) ドヨーン 泣けそう

[]満研第6号テーマについて 23:42 満研第6号テーマについてを含むブックマーク

女学生気質」はまあ創作短篇で書いてしまったのはあるし(「大連五月祭」がそれとかぶっている)、さてここは狂気の「満蒙開拓青少年義勇軍」とか掘り下げてしまうとかこれどう考えても読者の心を折りに行く気満々やろw いや「日中貿易史」を掘り下げていった地下水脈は漆黒の闇だったというオチになりそうでアカン(´Д`|||)

2015-03-22

[]名岐進撃作戦 (てつの巻1 名鉄編) 22:29 名岐進撃作戦 (てつの巻1 名鉄編)を含むブックマーク

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今回はケーブル不良のためバッテリーさえもほとんど役に立たない中、本務機を近年予備機となっていたEX-ZS12に切り替えて対応。それもだいぶ取り過ぎてこっちも電池切れになってしまい、幸いその合間にかろうじてあいぽんの充電が少し出来たのでそれを動かしながらという綱渡りのような仕業。名鉄各務原線は高田橋〜新加納間で撮影。JR高山本線の列車もついでに撮ってみたりするが、本命は1380/1800。かつて竹鼻線でよく見た1800でも撮れればいいと思っていたのだが、1380が定期運用についていようとは思わずこちらも狙ってみたしたまたま乗れたw

http://mei-expert.skr.jp/report/26.html

本サイトにはお世話になりました m(__)m

[]名岐進撃作戦 (てつの巻2 東山線篇) 22:46 名岐進撃作戦 (てつの巻2 東山線篇)を含むブックマーク

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すでに鶴舞線に出向く必要性がないので東山線の5050でも今あるうちに撮っておこうかと思ったのだが、5050はようけやってくるのでそろそろ切り上げようかと思った矢先、1446にやってきたのは消滅寸前の5000(5120F)ではないか。そうなれば戻りまで粘るしかないと1459に返しを撮って上社下車。近辺になにもないので一社まで歩いてコメダで軽食。さすがにこんな一日ではヘロヘロになるわい

http://www.maruhachi-kotsu.com/subcar/index.html

名古屋地下鉄車輌の現況についてはこちらが参考になります。

[]名岐進撃作戦 (日中貿易史篇) 22:46 名岐進撃作戦 (日中貿易史篇)を含むブックマーク

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久々にこちらの続き。前から気になっていたことがあり、実地調査を行いたいとはかねがね考えていた。夜行バス名古屋に着いてから、少し別の場所に足を伸ばし、それからバスに乗り換えて長良橋に向かう。岐阜公園の北側にはこのような中国式庭園があり、杭州市長の碑文がある。これがいわゆる「日中不再戦碑文交換」の碑文で、岐阜市側のが西湖沿いにあるというが、本題はそれだけではない。

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「満蒙開拓青少年義勇隊栗田中隊」の慰霊塔(拓魂碑)が存在するとは思わなかった。公園内を見たところ、第4回(1941)栗田中隊、第6回(1943)横山中隊、第7回(1944)田中中隊の碑が存在するようで、それ以外についてはどこにあるかを突き止める作業も必要なのだが、少し明かりが差しつつあるように思える。特に第8回(1945)の「拓魂碑」が存在するか否かが鍵を握る。 →「岐阜県満洲開拓史」によると、第8回は北海道での所外訓練中に敗戦を迎えたので渡満はしていない

[]満蒙開拓青少年義勇軍に関する追記 01:10 満蒙開拓青少年義勇軍に関する追記を含むブックマーク

http://book.geocities.jp/gifurekisi/rekisi/no29.htm

http://www.geocities.jp/bane2161/manmoukaitakuseisyounengiyuugun.htm

http://www.bungeisya.co.jp/vivo/backnumber/2013/10/201335.html

なんと第5回(1942)は護国神社のほうにあったのか。ただしそれ以外の碑文があるかは謎である。第4回〜第7回通じて生存率は決して低くはなかったものの、シベリア抑留を通じて物故された方もいるであろうし、それ以外の道を歩んだ方も散見されるので(存命人物は年齢的に青少年義勇隊しかありえない)このあたりの謎は深い。

よく考えて見れば、山口盈文氏という例があったではないか。

[]名岐進撃作戦 (市内散策) 22:59 名岐進撃作戦 (市内散策)を含むブックマーク

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只の市内散策になるはずがないw 自らのルーツを辿って市内を回っていたのだが、歯欠け状態になった市街地を見ても何の感慨も沸かない。今となっては疎遠なのだろうと思うし、どういうつながりかまで今となっては聞きようがない

2015-03-21

[]久々に眺めるDVD (DRUMLINE) 20:42 久々に眺めるDVD (DRUMLINE)を含むブックマーク

D 予告は米国版がよい

数少ない手許に残しているDVDがこれ。「米国体育会系」というジャンルを勝手に名付けたくなるというか、何なのこの日米共通するこのメンタリティはw サントラ盤も悪くないが肝心な部分が端折られているので、DVD後半部分のみぶん回して見るべし見るべし。あるいはつべで「drumline last battle」から検索すべしw

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ちなみにこれがガチなマーチングバンド (ハーフタイムショー)で、伊陸軍ベルサリエリのランニングマーチ(これもたいがい)も真っ青という マジキチレベル ( ゚д゚)

[]これから進撃作戦へ 23:03 これから進撃作戦へを含むブックマーク

夜行バスの出発時間が遅いので今から出ても間に合う

さてどうなることやら