「若津鉄工所」の残滓


http://d.hatena.ne.jp/SY1698/20160402 のつづき
「若松車輌の最期」をググるとこちらがトップになるものでw 手許にある「今村製作所」の謄本を見たら「福岡県大川市向島2072-7」が出てきたのでそれも調子こいてぶっこんで見て出てきたのがこれ。もともと深川造船所〜若津鉄工所という流れだったので、これが出てきても不自然ではないのだが、今度は閉鎖登記簿でも請求してみるかね。若松車輌の自己破産が終結したのはわずか10年前だからまだまだ大丈夫なはずだが、問題は法人と不動産の保管場所が異なるところで、そこがまた余計な手間がかかることになる
(つづく) http://d.hatena.ne.jp/SY1698/20170419

住谷甲子郎 (1926-2001)


(官報2001.03.30 号外第63号 p.610)

死亡時期はこれでほぼ確定。こちらで検索するという発想はなかったのであるが、こうしてみると無事生き延びたというかなんというか。今村一郎との対比がエグいかもしれない。ちなみに、某社が入居していた場所にはなにがあるかはおおっとなんでもないw (電話番号も継承してますし)

薬師寺一馬 (1912-?)


(メーサイズ住宅地図 藤岡市 2011年版)

えげつない「聖地巡り」の一環なのだが (画像はストビュー) 本当に表札まで生き延びているとは思わなかったよ! なぜか地番と住宅表示が一番ズレているのでなかなか気づかなかったが、ここ地図で見ればわかるように群馬銀行鬼石支店のすぐ隣でして、まさか表札までそのままとは思わなかった。104歳になって生存しているとは思えず、なぜこの表札のままとなっているのかきわめて謎めいている。よく見ると左側には何か表札を削ったような跡があり、それもますます謎を掻き立てるのであるが。