ゲームの題材と料理法

ゲームをやらない人にとって、「それってどんなゲーム?」の答えがシステム的なものだったら、まず遊んでもらえない。
まぁだいたいは、題材こそが彼の興味の焦点となる。「サッカーのゲームで…」「ゾンビを殺すゲームで…」「犬を飼うゲームで…」エトセトラエトセトラ。これは実はゲームをやる人でも基本的に同じで、「それってどんな映画?」の答えとも同じである。
で、「それって面白い?」の段になると突然焦点がズレてくる。重要なのは質問の順番で、当たり前だが「まず興味を持って、次に内容が気になる」ということだ。「ミラノ風なんたら添え」の前に、客は素材が牛なのかラムなのかスズキなのか、をまずメニューから絞り込む。そしておもむろに、続く料理法に目を通す気になる。初心者にとってゲームシステムは料理法に過ぎず、そんな細かいことを云々するより、「最高級霜降り和牛!」のキャッチのほうが有効だ。
結局、TVゲームもTVドラマ並に、題材勝負になってきたということか。これを成熟と言ってしまっていいものかどうか?

若者の法則

香山リカが「最近の若ぇモンは…」に解答を与えるエッセイ(?)。若者と大人の間あたりにいる我が身に結構コタえる。
「泣き」を自己の確認と捉えるのはちょっと行き過ぎだと思うが、確かに「何らかのイベント」(ライブだったりボランティアだったり抗議デモだったり神秘体験だったり)がないと自己を確認できない傾向はあるようだ。「自己実現」よりもさらに前の段階。

サムライ・レンズマン

巨大恒星砲となるダイソン球を超空間チューブで銀河のどこにでもガンガン出没させる、っつー大掛かりなガジェットはレンズマンぽいが、なぜかスケール感がない。相対となるディティール描写が不足しているのだろうか? あとやっぱ悪役の高笑いを「ハハハハハハハハ!」と書いてしまうラノベっぽさに、いまだ違和感が抜けない。