ピアノグリロ

  何週間か前、とあるレストランでオリーブオイルの話をした。
その時にシェフが
「イタリアにいた時に働いてたレストランで使ってた、
 黄色い缶に小人の絵が描いてあるオリーブオイルが美味しかったんですよ。」
と、言った。
卓上用の小さな缶で、見た目も可愛らしく、味もおいしいとのことだった。
「なんて言う名前のオイルなんですか?」
と私が聞いたが、思い出せないようだった。
「ずっと探してるんですけど、日本で見ないんです。」
シェフは言った。


  会社に戻って何人かの先輩に聞いてみたが誰も知らないようだった。
もし他社が輸入していたとしても、
そういう情報提供して行くことが信頼関係につながる。
シェフとのコミュニケーションの手段として、
そのオイルがどこのものなのか知りたかった。
しかし、情報が少なく調べる手だても無いので諦めていた。


  今日、知り合いから粒マスタードをもらった。
有名なホテルのデリカテッセンで、
随分オシャレだな、なんて思いながら、
他にどんな商品があるのだろうと家に帰ってからネットで調べた。
そのホテルはオンラインショッピングもやっていて、
オンラインの商品を物色していたら、
偶然、黄色い缶に小人の絵が描いてあるオリーブオイルが出ていた。
容量も250ミリリットル。
イタリアでD.O.P.の認証も受けている名高いオイルだった。
多分、シェフが言っていたオイルはこれだろう。
「ピアノグリロ」という名前だった。


  びっくりした。
まさかこんな風に偶然見つかるなんて思ってもいなかった。
私は「縁」という言葉が大好きだから、
これもきっと何かの縁なのだろうなんて単純に思い込んでしまった。


  というのも、このレストランにはずっと、何か縁のようなものを感じていたのだ。
私がこのレストランを担当するようになったきっかけは、
7月中旬に弊社で開催されたクッキングセミナーだった。
ある問屋さんからこのセミナーの案内を都内のレストランにFAXしてもらい集客したのだが、
出席の返事をもらったレストラン名を集客リストに打ち込む、という仕事を
新人の私が処理していた。
出席したレストランの中には、まだ社内で誰も担当していない所も多く、
セミナー終了後には皆で手分けして担当してフォローして行くことになっていた。


  セミナー開催の2日くらい前だったと思う。
営業の合間、アポの前に10分くらい中途半端に時間があいてしまって、
アポを取っていたお店の正面の本屋で雑誌を立ち読みした。
「彼と行きたいレストラン」というページに、
ちょうどそのレストランが出ていた。
写真も大変素敵で、しかもイタリアに本店がある歴史の深いレストランということで、
ちょうど集客リストの中に入っていたし、
誰も担当していなかったみたいだし、
私が行きたいなぁと思ったのだ。


  会社に戻り、先輩にその話をした。
今度セミナーに来ることになっている○○というレストラン、
私が担当してもいいですか、と。
すると先輩は言った。
「あぁ、あのレストラン、私もちょうど行きたいと思ってたんですよ。
 気になりますよね。
 是非、吉田さん行ってみてください。」
と先輩も快く言ってくださり、私が担当することが決まった。


  もしあのタイミングで私が行きたいと言っていなかったら、
間違いなくその先輩が担当していただろう。
あるいは、そのレストランの人がセミナーに参加していなかったのなら、
私はそのレストランの名前を知ることもないまま、
やはりその先輩が先に担当するようになっていただろう。
縁だったのだ。