2011-11-24
奉納演武
稽古日誌 |
少し前の事になりますが、今月の初旬に三嶋大社にて武徳院のみんなで奉納演武をさせて頂く機会がありました。
三嶋大社の雰囲気や演武の舞台となる芸能殿も良く、すこし緊張しましたが問題もなく臨む事ができました。
ただ、当日現地に行くまで芸能殿がどのような場所か実際には見ていませんでしたので、多少の不安を残っており、別のことで紛らわす為に当日のお昼に何を食べるか調べてみたり、稽古の時の感覚を思い出すなどして緊張を解しておりました。
当日は今回の三島の地は初めて訪れる場所で心が浮き足立ちましたが、実際に現地につくと木に囲まれた芸能殿は心が落ち着くような環境でした。
舞台の上では稽古している時と見える景色が違いましたが、そこに気に留める事も無く淡々と演武はできたかと思います。
実際に舞台に上がって斬っているときより、その前の時間の方が色々妄想が働きましたが、舞台にたってしまってはおたおたしていても仕方ありませんので、その心ごとバッサリ斬ってしまったのが良かったのかもしれません。
演武が終わった後はいつも通りみんなで舞台の掃除をして皆で写真を撮って演武は終わりました。
2011-08-31
初試斬
稽古日誌 |
昨日の入門して初めて仮標を斬った
何刀か斬りましたが、思ったより手応えが無くすっと剣閃が通る様に仮標が斬れていった。
日頃から、稽古時に力や余計な作為的なものを捨てるように注意されていたが、
斬って初めてその意味というか、感覚を感じる事が出来たような気がする。
刀は斬れて当然と師範に言われていはいたが、ここまで手応えが無いのは驚きだ。
何となく意識が散漫とならずに仮標と向き合っている時は斬れるものなんだなと感じた。
ただ、今回の初試斬はビデオに撮られていたので、暫くたってビデオを見返すとあまりのダメさ加減に
悶絶しそうだなと既に感じている。
もう少し、堂々としていたかった。
2011-02-22
仏陀の教えを読んで
稽古日誌 |
私が通っている道場では、たまに師範からお題が出される事があります。
今回は、一個人の3月号から感じとった事を書けという事でしたので私は「仏陀の教え入門」より感じたことを書きます。
まず読んで感じたことですが、”苦”の扱いと”思い”に対して絶妙な間をとっているように感じました。
上手くいかない事時もそうですが、上手くいっている時もそこに引きずられるとバランスを欠いてしまうのだなと思います。
こうやって文章を書いている間でも、書きながらああでもないこうでもないと思い悩んでいる自分があり、思い返すと刀を振っている時とあまり大差が無いのだなと感じます。
理想の自分象というのがある為、その思いに右往左往している自分を感じますが所詮理想像なので切り捨ててしまえばいいのだなと感じています。
身近で最近感じている事は、今までは契約事だから当たり前というふうに自身の中で処理していたものが、今は「そこは人としてどうなの?」という疑問が湧くようになりました。
東京に住まいを変えてから特に感じるようになり、土地柄か人口が他県より多いから効率化のために簡素化させるのは理解は出来るます。
金銭が関わると契約や書面でなんとか事を収めようとし、社会を便利にするお金が逆に人を苦しめている現状を考えると何だか現代が歪に感じます。
そういった疑問を持っている時に読んだので全体を読んだ時の感想は「そうなんだよね」という気持ちがあり、結局自身の理想像を押し付けているだけなんだなと感じます。
ただ、便利で手間がかからないということは”良い”事だと思っていたのですが、何事も度を超えていると違和感を感じます。
お金の関わらない人間関係というのが気軽なのでしょうが、それはそれで問題は有りますし、あまり細かい事を気にしないでその場その場で必要な事をやり切る事が良いように感じます。
イラついた時は、自分に対して「茶でも呑んで落ち着きなさい」と心の中で返して、一服するとすっかり忘れているという感じになっています。
心が揺れ動いたときは、その事柄とは距離を置くように出来れば苦しまないで住むと思うのですが、何だか現在は適度な距離感が見難く感じます。
人と人が自然と結びつける自然な状態にするにはどう動けばいいか、どのように働くか考えてます。
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2011-01-09
節目
稽古日誌 |
昨日道場で稽古始めがありました。
おかげで気持ちの上でやっと新年を迎える事が出来たなと感じています。
道場に通う前は年末年始はお盆の時などの大型連休と同じようにただ仕事をするだけで
特別に意識することがありませんでした。
特に今年は年末年始に引越しをしてしまったため、余計に区切りがつけなかったようで
自分の心に余裕が無く、新年を迎えても年を越した感覚無くモヤモヤしっぱなしでした。
そんな状態で、稽古始めに参加させて頂いたのですが思いのほかスッキリしました。
要は気の持ちようで、稽古が終わった後に思い返せば気にする程の事でも無いかなと今は
感じています。
何を自分の中で区切りとするかその時々によりますが、今は道場に通うことでその場その時を
区切る事が出来ているようです。
何となく心を安定させるために道場行っているというのは、稽古に参加し続けている理由としては軟弱な感じがしますが、普段の社会生活とは別に道場があるという事を師範も仰られていた気がするので、これはこれで良いのかなと感じます。
とりあえず、少し頭の中の力を抜いてこれからどうしよっかなと考え中です。