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2016-08-27

親孝行の果て

(崔)烈於是聲譽衰減。久之不自安、從容問其子鈞曰「吾居三公、於議者何如?」鈞曰「大人少有英稱、歴位卿守、論者不謂不當為三公。而今登其位、天下失望。」烈曰「何為然也?」鈞曰「論者嫌其銅臭。」烈怒、舉杖撃之。鈞時為虎賁中郎將、服武弁、戴鶡尾、狼狽而走。烈罵曰「死卒、父檛而走、孝乎?」鈞曰「舜之事父、小杖則受、大杖則走、非不孝也。」烈慙而止。

【注】

家語曰「曾子耘瓜、誤傷其根。曾薪棔建大杖以撃其首。曾子仆地不知人、有頃乃蘇。孔子聞之怒、謂門弟子曰『參來勿内也。昔瞽叟有子曰舜、瞽叟欲使之、未嘗不往、則欲殺之、未嘗可得。小箠則待、大杖則逃、不陷父於不義也。』」

(『後漢書』列伝第四十二、崔寔伝)




後漢の人崔烈はあの売官で三公になったという悪評があり、そのことを息子崔鈞に指摘されると怒ってその息子を撲殺しようとした。



息子崔鈞は武官の恰好をしていたにもかかわらず無様に逃げ惑ったが、父から「父から逃げるとは孝行で者ではない」と言われた時に、「父に鞭打たれたらそれを甘んじて受けるが、父に撲殺されそうなら逃げるというのは、親不孝だからではありません」と答えた。




これは、あの孔子こと孔丘先生によると「父に撲殺されてしまったら、父が汚名を被ることになる」からなのだそうだ。




甘んじて殺されるのも不孝だし、もちろん正当防衛だからと返り討ちにするのも不孝。この場合は逃げることだけが唯一の親孝行ということらしい。



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2016-08-26

校長

先帝陵、毎陵園令各一人、六百石。

本注曰、掌守陵園、案行掃除。

丞及校長各一人。

本注曰、校長、主兵戎盜賊事。

(『続漢書』志第二十五、百官志二、太常)



漢代、皇帝陵の警備の役人を「校長」と言ったのか。




どうでもいいことだが、「校長という職業は2000年前からあった!」みたいな話に使えないだろうか。

2016-08-25

密貿易?

又魏江夏太守逯式、兼領兵馬、頗作邊害、而與北舊將文聘子休宿不協。(陸)遜聞其然、即假作答式書云「得報懇惻、知與休久結嫌隙、勢不両存、欲來歸附、輒以密呈來書表聞、撰衆相迎。宜潛速嚴、更示定期。」以書置界上、式兵得書以見式、式惶懼、遂自送妻子還洛。由是吏士不復親附、遂以免罷。

(『三国志』巻五十八、陸遜伝)


陸遜が魏の江夏太守を偽手紙で更迭に追い込んだ、という話があるが、昨日の記事と合わせて考えるとまた味わい深い気がする。




魏と呉の間ではこういった形で密かに手紙がやりとりされることが少なくなかっただろうということ*1




その裏に、昨日の記事のような交易(密貿易の可能性もある)があったとしたら、面白い。





密かに手紙をやりとりできるなら、密かに絹と呉の文物をやりとりすることもあったのではないか。




曹爽がそれの便宜を密かに王経に託したというのは、密貿易の勧めだったりはしないか?

*1:もっとも、諸葛亮孟達のように蜀漢と魏の間だってそういうやりとりはあった。

2016-08-24

対呉利権

世語曰、(王)經字彦緯、初為江夏太守。大將軍曹爽附絹二十匹令交市于呉、經不發書、棄官歸。

(『三国志』巻九、夏侯玄伝注引『世語』)



面白いな。



ここで曹爽は江夏太守になった王経に対して絹を託し、「呉と交易してくれ」と文書で頼んでいるわけだ。




これは公式な命令ではなく私的なものだろう。つまり「密かにこの絹を呉に売ってくれ」という意味だ。



王経はその文書を開くこともせずに官を捨てたというから、そのような指図には従わない、と表明したのだろう。





これってつまり、魏にとって呉との国境線で呉と交易をすると儲かる、という実態があったということなんじゃないか。




太守に密かに頼むというのは、交易できる制限などがあったから(それを権力をバックにして無理に交易に入ろうとした、ということか)なのだろうが、国境の太守が敵国との交易で儲けられるなどという事態は、敵国呉を倒そうという国是からすれば大きな矛盾ではなかろうか。



呉を滅ぼさないことによって利権が生じている、ということではないか。

2016-08-23

台風

職場からの呼び出しに怯えつつ寝ようかと思う。