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咢が王様なパラレル小説です。 1



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「さて、亜紀人様。実はここからが本題なのですが、」
 自分が呼ばれているという感覚がまだ無く、反応が遅れた。
「な、何?」
「私と、仕事の契約をなさいませんか」
「…え?」
「私に調達できる限りの金を、個人的に、用意しました」
 そう言って、懐から出したのは、一枚の小切手だった。
「………」
 これまた、相当な額面だ。
「でも僕、もう危ないお仕事は…」
「そういう話ではないのですよ。まァ、世話…と言いますか、子守り…と言いますか」
「…冗談も言えるんだ、Mr.SANO」
「冗談ではありません、ほんの一ヶ月程度です」
「ベビーシッターなんて、した事ないし」
「子供ではありません。預かっていっただきたいのは、元・我々の君主です。政権交代までの間、日本で王の面倒を見ていただきたい」
 それはあまりにも唐突で、意外な話だった。
「どういう事?なんだか、わかんないよ」
「出家されたら、王はもう一生、柵の無い牢獄の中で生きる運命です。最後に、僅かな間だけでも、人間らしい暮らしをさせて差し上げたいのですよ」
「………」
「あの屋敷も、直ぐに引き払わなければなりませんし。我々も、数百年に渡る悪政の後始末のために、国に戻らなければなりません」
「大変だね…」
「仕事ですから。ただ、そのような慌ただしい環境下で、王に最後の自由な時間を過ごさせるのは、忍びないのです」
 亜紀人は、自分がある意味ー身を挺して守り続けてきた『王』に、一度も対面した事が無かった。同じ人間が同じ君間に存在する事は許されないからだ。彼の代役を務めるだけに造られた自分は、家も、国も、自分の名も与えられず、国家の道具として生きてきた。彼の身代わりに、危険な目にも随分遭った。眼帯の下の傷は、一生消える事は無い。
 だが…しかし、自分の運命を呪った事は何度もあったが、不思議と彼を恨む気持ちにはなれなかった。家族のいない亜紀人は、何処か遠い場所で、もしかすると自分より不自由な生活を強いられているかもしれない不幸な王様を、身内のように近しく感じてさえいたのだ。
「…いいよ」
「本当ですか!」
「でっでも、僕、護身術とかホント覚え悪かったし、ボディガード的な役割は、期待しないでもらいたいんだけどっ」
「それは大丈夫ですよ。王は、お強いですから」
「強いったって…」
「今更、王の命を狙うものもいないでしょう。そんな危険な状況なら、あなたを巻き込んだりしませんよ」
 す、と人差し指で眼鏡をずり上げると、彼は静かに続けた。
「あの方には、家族も友人も、ずっと誰もいませんでした。一ヶ月だけ、友達になって差し上げて下さい」
 自分と同じだ。だけど、自分にはこれから先、色んな人と出会う機会がある。まだ見ぬ王には、そんな未来はないのだ。
 頭で判断する寄り先に、亜紀人は、小さく、だがしっかりと頷いていた。


 暫し無言でぬるくなったコーヒーを啜っていた二人だったが、亜紀人の方がああっと声を上げた。
「どうされました?」
「でもでも、子供が二人だけで日中ウロウロしてるなんて、よくないよね?補導、とかされちゃうんじゃないの?」
 大真面目な亜紀人の台詞に、眼鏡の青年は、声を上げて笑い出した。
「亜紀人様。日本では今日から、子供限定の休暇が始まるのですよ」
「休暇…」


「一般的には、夏休み、と呼ばれています」