落語を聞きに行く。

三鷹市芸術文化センター・星のホールで未就学児を対象におこなわれた公演「ぼくも、わたしも、寄席で大笑い!! その10 柳家喬太郎さんの落語で、大笑いするのだ!」を娘と聞きに行く。

娘を早い時期から舞台芸術にさらしておくのは私の使命なのだが、いかんせん忍耐力と集中力がついていない幼稚園児に一時間二時間の舞台を見せるのはためらわれていた。

といってもすでに世田谷パブリックシアターで上演された「にんぎょひめ」は一年ほど前に連れて行ったのだが、今後どうするか、そしていちばんの課題である歌舞伎にいつ連れて行くのかはまだ答えが出ていない。

たまたま会員になっている三鷹市芸術文化ホールから来たダイレクトメールに案内が出ていたので、急遽思い立って落語デビューをさせるべく前日にチケットを購入。妻が新型インフルエンザの罹患にナーバスになっているので、彼女にも許可をとって、妻が美容院に行っている間に連れて行くことにした。

三鷹市芸術文化センターは知る人ぞ知る落語の殿堂なのだが、今回はその常連の一人である柳家喬太郎が司会をつとめ、柳亭市馬の前座である柳亭市也の「道具屋」、講談・一龍斎貞寿の「屁こき嫁さん」、漫才・ダムダムダンの「かんきょう漫才」、そして柳家喬太郎の「まんじゅうこわい」という四本立て。約一時間。

柳家喬太郎は前説で出てきて星のホールを寄席に変えるといっていたが、寄席の雰囲気はそれほど出てなかった。

柳亭市也はとりあえず覚えたネタを人前で下ろしました、というだけ。「道具屋」は与太郎が難しい言葉がわからなくて笑いをとる話(「刀の焼きが甘い」「味が甘いですか」)なので、幼稚園児どころか、このあとに予定されていた小学生相手でも意味を理解するのは難しかったのではないか。

一龍斎貞寿の「屁こき嫁さん」は娘にとって知っている昔話なのでとっつきはよかったが、それほど大きな反応は示さず。張り扇の合いの手のリズムが幼児期の記憶に無意識に刷り込まれ、いつの日か心地よいと娘が感じるようになってほしいと心から思う。

椅子からずり落ちて大笑いし、よじ登ってこようとするものの、すでに脱力しているので手だけで椅子につかまるのが精一杯、仕方がないので立ったまま笑っている、というほど、大受けしていたのがダムダムダンの漫才。

たしかに技術的にすぐれているし、日頃小学校を回っているというだけあって、子供の心をいちばんつかんでいた。

B&B島田洋七の弟子というだけあって、テンポも間も心地よい。そして何より芸が荒れていない。全体をきめ細かに作るが、力を抜くところは抜く、という玄人好きのする芸でもあった。

そういえば全盛期のB&Bの芸もこういうものだった。漫才ブームのときは子供でそのうまさがわからず、題材が今ひとつ面白くない、と思っていたが、今考えてみればツービートよりも紳助竜介よりもテンポや間という点では基礎に忠実な芸だった。

家に帰ってダムダムダンのサイトを見つけ、自分と同学年であったことを知ってますます親近感がわく。テレビに出ていない芸人にいくらでも高い実力の持ち主がいる、ということの幸せを感じる。

柳家喬太郎の「まんじゅうこわい」は普段のこの人の芸を知っていると物足りない。しっかり仕事をこなしました、という感じで、明らかに熱は入っていない。熱が入っていない、ということを観客に悟らせないようにする技術もある人なのだが、見る人が見ればもちろんわかる。この人の味である、妙な脱線具合は楽しめた。用意するまんじゅううに月餅や井村屋の肉まんあんまんが入っているとかね。

娘にオチは難しかったようで、終わったあとで説明しても今ひとつ呑み込めなかったようだ。「まんじゅうを食べたいので怖いふりをした」というところはなんとかわかったみたいだが。

終わってから昼食を地下の食堂でとる。娘にはサンドイッチをとるが、キュウリの味と匂いがおかしい。スライスしたまま何日も冷蔵庫に置いたのか、臭い。食べたくないというので仕方がないのでこちらが食べる。ドライカレーもとっていたのでまた過食になってしまった。

娘の落語デビューは「道具屋」「まんじゅうこわい」ということで、記録に残しておこう。