治安

10月のあたまに、会社帰りの夜7時過ぎに、私が徒歩で帰っていたところ、
いきなり後ろから突き飛ばされたような形で私は激しく転倒してしまって、
痛い思いをしながら起き上がると肩から掛けていたトートバッグがなくなっていて、
私は、一瞬、車か何かが通り過ぎざまに接触して、
その拍子にバッグがサイドミラーとかに引っかかったのかと思ったけど、
先を見ると100メートル先くらいに、バイクの後ろに乗った男が私のほうを
振り向いて見ながら走り去るのを見て、ようやく「バッグをひったくられた」と
理解した。
あたりは閑静な住宅街で、あと自宅まで10メートルというところで、
携帯電話やら財布やら会社のIDカードや家の鍵が入ったバッグを
丸ごと盗まれてしまった。
手足には転んだ拍子に怪我を負ってしまって、
でも幸い骨折等は無いようだったので、
とりあえず家に辿り着き、外部にある蛇口で傷口を洗い流して、
まだ会社にいた同僚に助けを求め、警察に被害届に行った。
警察署に行くと、若い男性と女性が警察に何か説明をしていて、聞くと
なんと彼女も今しがたひったくりに遭い、私と同じように被害届に来たところだった。
犯行の手口といい、犯人がバイクの2人乗りだったことといい、被害に遭った場所が
数ブロックしか違わないことから、ほぼ同じ犯人のようだった。
それを聞いていた警察から出た言葉、
「このエリアだけで、この2週間で14件もひったくりが起きている」
これを聞いて、「どうして引ったくり如きを捕まえられないんだろう?」と
疑問と不信感を思いっきり抱いた。何を今さら、という感じですが。


こんな怪我をした、とポリスに見せると、調書の前に病院に行くことを勧められ、
警察の車に乗せられて近くの病院で手当てを受けた。
その後、破傷風予防の注射を打たれて、痛み止めと抗生物質を処方してもらい、
薬を買ってまた警察署に移動し、調書のため、詳細を聞かれた。
引ったくられた時、真っ暗ではなかったけど、それでも日が落ちていて、
しかも犯人のほうを見たのは100メートル以上離れてからだったので、
犯人の格好やらバイクのナンバープレート、バイクの形やタイプとかは
全然見えなかった。
調書を作成し終わると、夜10時前になっていた。
翌日、警察の要請で、携帯電話の国際識別番号を届け出た。
この番号によって、その携帯電話の使用記録が追跡できるらしく、
警察側は、すぐにインドの携帯電話の通話サービス会社に調査の依頼を出すと
言っていました。


あれから2ヶ月が経つけど、警察からは何の連絡もない…。
インド人曰く、警察は何もしていないようです。
調書だけは時間を取ってしっかり作成したけど、後は何もしていないと思う。
国際識別番号だって、本当に問い合わせているかどうかわからないし。


部屋の大家さんに、「こういう事件がこの界隈で多発しているらしいですが、
知ってました?」と聞いたけど、初めて聞いたと言っていた。
警察は犯人を捕まえる業務をしていないだけではなく、
住民に警戒を呼びかけることも怠っていた。堕落とか怠慢とかいう言葉が浮かぶ。
もっとみんなにそういう情報があれば、各々が気をつけることで
犯行はもう少し減ると思われるんだけど、
たぶんそういう我々日本人がすぐに思いつくような発想が
彼らインド人には無いんだと思う。
警察があてにならないのは知っていた。
じゃあどうして届け出たのだろう?
インドのポリスに届け出る意味って何だろう?
もしかして無いんじゃないか?


物騒なので、そのことがあった月末で部屋を出て、別のところに
引っ越すことにした。
すると、大家さんの奥さんが
「どうして引っ越すの?何か理由があるのなら教えてちょうだい。
あのひったくりのこと?あんなのバンガロールじゃ普通のことよ?」
と言うので呆れた。
一度引ったくりに遭わないと、私の気持ちが理解できないみたい。


私が引ったくりに遭った翌日のニュースで、日本で女性が夜、
現金2,000万円が入ったバッグを引ったくられた、という記事を読んだ。
彼女の被害総額からすれば、私のなんてちょっとした物で
彼女にひどく同情した。
社会で同じように生活しているのに、
いい大人が他人が持っている物を力ずくで奪い取るという野蛮行為が
路上で行われる、そういうアナーキーで非道なことが
世の中あるのだ、としげしげと思った。道徳が無い。
今まで引ったくりの事件を聞いても、他人事のように考えていたけど、
実際に遭うと、かなり屈辱的だった。


それからというもの、時々、街中を歩いていて通りすがりに誰かが
私のバッグを捕らないほうがなんだか不思議に思えるようになった。
誰かの物を奪っても罰せられないのに、どうして誰も捕とうとしないんだろう?
残酷な言い方かもしれないけど、引ったくりも、テロも、強盗殺人も、
誰でも遭いうることであって、
遭うか遭わないかにそれほど隔たりはないのだとよくわかった。


事件後、1ヶ月経って、何か進捗があったかと警察に聞きに行った。
警察のおっさんが「わかったよ、電話の場所が。でも今そこはとても遠くでね。
わかったらまた連絡を入れるから。」と言っていた。
あからさまに胡散臭いのに恥ずかしげもなく、その場しのぎの回答をする。
私は暇つぶしでポリスに出向いているわけでは決してないんだけど、
彼らは私が訪ねた真意を全く理解していないらしい。