変質の刻印

 50本目、「イースタン・プロミス」。

 ヴィゴ・モーテンセンデヴィッド・クローネンバーグコンビによる任侠もの第2弾。今回は舞台をイギリスに移し、ロンドンの闇社会に生きる男たちの葛藤と社会の暗部を覗き見てしまうヒロインの苦悩を描きます。
 脚本家スティーブ・ナイトが中心となって企画された作品に、演出家としてクローネンバーグが参加したということで、前作「ヒストリー・オブ・バイオレンス」と直接的なつながりはないものの、主演にヴィゴさま(笑)を再び向かえることでまるで一連の作品であるかのように見えます。
 人身売買・管理売春を通して、格差の波に飲み込まれる人々の現実や社会の暗部を告発するといった部分をテーマにした脚本を丁寧に処理しながらも、監督の主眼はそこには無く、そうせざるを得ない状況にある男たちの変質と悲しみを描きます。
 前情報は少なめに意識していたとはいえ、あまりにも「ホモホモ」なのにビックリ。舞台がイギリスということもあるのでやりやすいとはいえ、「男と男の愛と絆」を鮮明に描き出していました。またマフィア社会が基本的にホモソーシャルな価値観の世界であることも、この悲恋の物語を際立たせていると思いました。
 主役のニコライ(ヴィゴ・モーテンセン)はたくましく男らしい、その上セクシーとヴィゴファンでなくとも惚れてしまうかっこよさ、痺れます。またどこまでが「本当」のニコライなのかを最後まで曖昧なままにしたことで、物語に良い緊張感を与えることに成功していたと思います。
 文字通り「兄弟」であること以上の感情を秘めたキリル(ヴァンサン・カッセル)は、偉大な父親(アーミン・ミューラー・スタール)の影に怯え、まさに去勢されたのと同じ状態(劇中の彼は女性に対しては不能)。
 愛するニコライを焚き付け、娼婦を後ろから犯す姿を見つめる眼差し、ことが終わり少し怒ったニコライに追い出される寂しげな後ろ姿、父親の言いつけでレストランの地下室に追いやられやけ酒を煽り、そこに現れたニコライに抱きしめられる恍惚の表情など、主役以上の見せ場の多さと難しい役を見事に演じきったヴァンサンに拍手。(相対的に女性のウェイトが低めですが、それは致し方ないことでしょう。)
 告発されるべき事実(不幸な結末を迎えるウクライナの少女)をあえて中心に持ってこないことで、ニコライとキリルという孤独な2つの魂にドラマを集中させ、より飲み込みやすい形をとりながらも、物語の背後にそれが横たわっている。脚本が本来どのような形であったのかはわかりませんが、普通の演出家の手で映画になってたら、テーマ性を表に出した普通のアンダーカバーものになっていたように思いました。
 大体これは映画なんだから過度なテーマの提示なんかは鬱陶しいだけで、語るべき何かを背景として、キャラクターたちが織りなすドラマを楽しむ方が本当は大事なんだよ、そんなことをクローネンバーグは言いたいのではないかと思いました。(でも、売り買いされる命の悲しみは十分に伝わってきたとは思います。)