うめぼし&ままごと礼賛


わが愛するスピッツの初期の名曲『うめぼし』を、ときどき無性に声を張り上げて歌いたくなることがあります。


「うめぼしたべたぁ〜〜〜ぁ〜〜〜ぃ」


それでなくても私は、梅干が大好物なのであります。
一年中食卓から欠かすことがありません。
特に最近は、某梅干専門店から出ている「塩分8%のまろやか梅」というのに嵌まっていて、おやつ代わりに口に放り込んだりしています。(別に妊娠したわけではありません。念のため^^;)
昔ながらの酸っぱくて塩辛い梅干も、おにぎりに入れたりする分には好きですが、でもやっぱり今は、まるでフルーツのようにポイポイ食べられる減塩ものがお気に入りです。


でもスピッツの『うめぼし』で歌われている梅干は、私の想像では「減塩」ではなく、表面の皮が少し乾いた「強烈に酸っぱいヤツ」のような気がします。
そのとてつもなく酸っぱい一粒を、えいやっ!と丸ごと頬張り、顔を「うえぇ〜」としかめながら、口中に充満する酸味に耐えつつ歌うべき世界…のような気がします。


値札のついたこころ 枠からハミ出せない
星占いで全てかたづけたい


思えば私の心にも、いつも「値札」が付いてます。


なんだかんだ言って浪花商人の娘なもので、銭勘定は習い性になってるのかもしれません。
どんなものごとも、けっこう無意識に金銭に換算するクセがあって、かなり抽象的なものに対しても、「これは値打ちある」「値打ちない」が判断基準になる傾向大いにアリなのです。


(こんな計算高い私だから、どう血迷って気がオカシクなったとしても、歌舞伎町のホストクラブで超高額のワインを注文するようなことはありませんw …一昨日たまたま見たTV番組でやってましたけど、ホストに大金をつぎ込む女性って、あれはもれなくビョーキですね〜 あそこまで狂わせてしまう「心の空洞」の恐ろしさ、そしてそれにつけ込む強欲なホスト達の人相の悪さにはギョッとします〜)


・・・えー、そんなわけなので、もしかしたら私は、スピリチュアリズムに対しても、「これは値打ちある考え方やゎ。こうやって考えて生きたら儲けもんやゎ」と、けっこうガメツク対しているような気もします。
「死んだら全部終わり」と考えて生きているよりも、「死んでも終わらない」と考えて生きているほうが、何かと「おトク」感があるというか、「損はない」気がするんですよね。


ちょっと前にYahooの掲示板で、「スピリチュアリズムは所詮は“ままごと”」という意見も出ていましたが、私のソロバン勘定から言えば、「別に“ままごと”でもええやん」…といったところです。




あと、ほら、よく言うじゃないですか?
「ままごと」をやらずに大きくなった子供には、想像力や人を思いやる気持ちが欠けるとかなんとか・・
その証拠に、うちの息子が自閉症スペクトラムのアスペっ子かもしれない・・と心配して訪れた教育機関のカウンセラーさんは、どなたもこう質問されました。


「息子さんは、“ままごと”などの“ごっこ遊び”はされますか?」・・・と。
その度に、「いいえ、しません。しているのを見たことがありません。」・・と、答えたものです。


ここであえて強調しておきたいことは、そうやって「ままごと」などの「ごっこ遊び」に興味のない息子が、「想像力に欠ける」かと言えば、そうではありません。
確かに対人のツボを心得た「気配り・思いやり」はなかなかできないかもしれないけれど、彼には彼独自の世界がちゃんとあるわけです。


でも、一般的にこの社会で他人と関わりを持ちながらつつがなく生きる「フツー人間」を目指すんだったら、やっぱり「ごっこ遊び」の経験って、必要みたいです。
それに、小さい頃は「ままごと」で出発しても、その延長線上のはるか先には演劇や小説などの妄想を昇華させた芸術の世界が広がりもするだろうし、「ままごと」では「家族」だった模倣の単位を更に広げれば、学校でやってる学級会や生徒会になり、いつかは国政につながるのかもしれないし、案外バカにできないもんですよ。


まぁ、「ままごと」不要なうちの息子などは、それとはまた違う道を歩んで、彼なりの居場所をこの世に見つけていけばいいと思うんですが、私個人にとっては、「ままごと」は、今でも必要不可欠、心を楽しませ、生活にハリと実益を与えてくれる原点…だと言えます。
「値打ちあり」なんだよね、「ままごと」って、私には^^


(ちなみに、子供の頃、私の「ままごと」での役割は、なぜか「おとうさん」が多かったです。なんでだろ〜?)





・・・・スピッツの『うめぼし』から、大きく話が逸れてしまいました^^;;


話を戻して・・
『うめぼし』の歌詞中に、「星占いで全てかたづけたい」・・・とありますが、実は私、今年と来年、「天中殺」なんだそうです!


そんなワケなんで、絶対に「星占いで全てかたづけたい」なぁ〜んて思わないわけですが・・・ご親切にも職場の同僚がアドヴァイスしてくれた「天中殺の時の過ごし方」によれば、「学問や芸事に励み、精神世界のことを考えるといいらしいよ」…とのこと。


なーんだ、それなら、私、モノゴコロついた時からずぅーーーっとやってます(ニヤリ)
・・・ってことは、毎年が天中殺でもオッケーってことじゃないですかぁ〜


やっぱりなぁー子供の頃からピアノ習って、今もしつこく続けてて良かったなぁ〜 
仕事も一応某学問の研究だし、精神世界系にはそれなりにドップリだし、ホンマ、「値打ち」あることしてきた私って、なーんてエライんでしょぉー!!!




・・・と、本日のダイアリーも、根拠なく?自己を讃えて終わるのでありました^^