ゼンデギ / グレッグ・イーガン

余命少ない主人公マーティンが、自分の死後も息子が周囲の環境に惑わされることなく、健全に育ってほしいと願い、そのために自分の脳のパターンを電子的に模倣する代理人格を作り、そいつに息子の指南役を任せる、という話。これはSFとして考えると地味だが、現代の技術から毛の生えたようなレベルの近未来を舞台にやるので、それはそれは大変なプロジェクトとなっている。脳の活動なんて電気信号と神経伝達物質のカクテルでしょ、いけるいける、全部物理現象だし、余裕でコピーいけるわー、……とかそんな感じにはなんらんのですよ、これが。だって、そもそも脳の状態と思考は、一対一で対応しているわけではなく、そのプロセスそのものが時と場合によって変化し続けるのだ。こんな複雑なパターンを、どうやってコードに落とし込めばいいのか。
それに、人類の一般的なパターンが仮につかめたとしても、ここで必要なのは、主人公を主人公たらしめている何か、なのだ。その人をその人たらしめている、固有のパターンを見いださない限り、それは父親を失った子どもにとっては、何の意味もないbotに過ぎなくなる。
主人公が、最後にできあがった仮想の人格を使い物になるかどうかテストするシーンがあるのだが、ここの盛り上がり方は本当にすごい。人は死を前にして、立派な墓を立てたりとか、本を書いたりとか、様々な形で自分の痕跡を残そうとするわけだけど、本書では、自分と同じように会話し、息子を励ますことのできるパターンを残そうとしている。それはbotが、人間のように振舞えるかどうかの試験であり、さらに言えば自分自分の化身と言えるかの試験であり、より細かく言えば自分の中の“良き父親”としての資質を抽出した上澄みかどうかの試験なのだ。
以下ネタバレ。

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