【警察密着24時間SP〜ひき逃げ捜査の現場に迫る〜】
先日、珍しくテレビなるものを視聴していたところ、よくある「警察密着取材モノ」で、ひき逃げ事件の捜査が取り上げられているのを見た。
時刻は夜明け前の朝4時半頃。鉄道駅にほど近い路上で、横断中の男性が2台の車に続けて轢かれた、という事件である。
1台目の車は、被害者をはね、轢いた後、そのまま逃走。路上に倒れていた被害者を轢いてしまった2台目の車の運転手が、即座に自ら通報したが、被害者は死亡した。致命傷は、1台目の車に轢かれた時のものであった。
こうした事件の場合、現場に残された遺留品(剥がれた塗料のかけらなど)から、被疑車両を割り出す、というのは、聞いたことがあったが、最近の捜査は、もっとハイテクらしい。
その事件の場合、被害者の着衣に残されたタイヤ痕が決め手となった。タイヤの型番が、はっきりと残されていたのである。それは肉眼ではわからない、赤外線カメラによって浮かび上がった3つの文字であった。
すごいなあ、と、素直に感心した。
感心したのは、ハイテク技術だけではない。技術は技術で、その後の捜査は、やっぱり「足」なのである。残されたタイヤの型番が通常タクシーに使われるものだったことから、捜査員さんたちは、周辺のタクシー会社をしらみつぶしに訪問し、駐車場のタクシーのタイヤをひとつひとつ、確かめて歩いていたのであった。
驚くほど地味で地道な作業である。
すごいなあ。
日本の警察ってやっぱり偉い、と、このところ不祥事の続く警察さんにも、エールを送ってあげたい気持ちになった。
――と、
奇しくもその翌日未明、全く同じようなひき逃げ事件が、猫山宅で発生したのである。
被害者は掛け布団から足を出して寝ていたところを、2台の車両に続けざまに足首を轢かれた。
うち1台が、被害者の足首の上で加速し踏み切ったらしい。赤外線カメラで撮影したところ、被害者の足首には、被疑車両の残したタイヤ痕が、痛々しく浮かび上がっていた。
(※赤外線カメラでなくても写ります。)
目撃者はいなかったが、幸いにも、本件の場合、被害者が生存しており意識もあるため、事件当時の状況は被害者自身の口から聞くことができた。ただし、事件発生直前まで被害者は寝ていたため、証言に曖昧な点が多いのは致し方ないことである。
その証言によれば、事件の概要は以下のとおりである。
現場は閑静な住宅地。見通しの良い片側4車線の平面である。普段は深夜になるとほとんど通行のない場所であるが、時として、無免許の高校生とみられる中型車両が周辺一帯を暴走し、かねてから地域の懸念材料となっていた。
その夜、深夜になってから暴走行為を繰り広げていた当該車両は、路肩で仮眠を取っていた大型車両を見つけ、軽い接触を繰り返すなど、挑発行為を始めた。やむなくエンジンをかけて移動を開始した大型車両を、少年の中型車両は煽りつつしつこく追跡し続け、ついに、2台はカーチェイス状態へと突入した。
逃げる大型車両と、後ろから煽る中型車両。民家の明かりも消えた深夜の暗闇である。さらに、両者ともその時点でかなりヒートアップしていたため、被害者がそこに寝ていることはほとんど念頭になく、何のためらいもなく2台続けて足首を轢いたものと思われる。
とっさのことで、被害者は自らを轢いた車両を見ていない。しかし、2台が被害者の上を通過したのはほぼ同時であり、足首に激痛を覚えたのもほぼ同時であったことから、2台のうちのいずれかが被害者に傷を負わせたことは間違いない。ただし、それがどちらの車両であったかは、被害者にも判別できなかった。
被害者は、悪態をつきながらそのまま再び眠りに落ち、翌朝、残されたタイヤ痕を見て被害届を提出した。
現場の状況から、捜査班は、被害者を轢いた車両は日頃より猫山邸を走行する2台であると断定し、捜査を開始した。
しかし、のっけから捜査班は大きな壁に突き当たった。
現場は、私有地だったのである。
となると、暴走行為の証拠を挙げることができたところで、いずれの車両も、道路交通法違反に問うことはできない。
被害者はこのまま、泣き寝入りするしかないのか。
被害者の無念は、捜査班の無念に等しい。「私有地だから」それだけの理由で、卑劣なひき逃げ犯を、野放しにするのか――。
もう一つの道は、被害者に裂傷を与えた、傷害容疑である。被害者は普段から同じ場所に寝ていた。いかに深夜の暗闇の中とはいえ、猫山邸を知り尽くした両車両とも、この時間に現場を通行すれば被害者を轢いてしまうということは、容易に予測できたはずである。最低でも、加害車両の過失は問えるはずだ。
だが、しかし――。
傷を与えたのは、十中八九、いずれか1台のみである。罪に問うことができるのは1台のみ。残る1台は、法の目をかいくぐって、何一つ責任を負うことなく、お天道様の下で堂々と生きて行くのだ。
心情的には、そもそもの原因を作った少年の中型車両を罰したい。だが、法は法だ。法の番人である捜査班のすべきことは、被害者の足首に残るタイヤ痕から、加害車両を割り出すことなのである。
捜査班は、心を鬼にして、被疑車両の後輪の検分を開始した。
まずは、最も疑わしいとされる中型車両。
微妙である。
いずれの爪も伸びてはいるが、必ずしも鋭利ではないのだ。
証拠としては、決め手に欠けると言わざるを得ない。
続けて捜査班は、またしても仮眠中の大型車両の身柄を確保した。
後輪の爪を、注意深く検分する。
驚いたことに、大型車両の後輪は、大多数の爪がすでに凶器状態となっていたことが判明した。
この状況では…
こちらを加害車両と考えざるを得ない。
被害者の足首に残されたタイヤ痕の深さ・長さから考えても、加害車両は相当の重量があったことが推察され、そうした点からも、容疑を覆すことは不可能なのであった。
いかに彼が、日頃より安全運転を心掛けていたとしても。
タイヤの手入れを怠っていたことも、危険運転であることに間違いはないのである。
不本意な結果に、後味の悪い思いを噛みしめながら、捜査班は現場を後にした。
ハイ、おっしゃるとおりで…すみません。
で。
事件のその後、であるが。
結局、事件は闇に葬られた。中型車両の少年はもちろん、被疑車両である大型車両の中年男も、一切何の責任も問われぬまま、被害者は告訴を取り下げた。
何ゆえに…。
捜査班の苦労は、なぜ報われなかったのか。
これは憶測でしかない。だが、件の大型車両の中年男は、警察署長と懇意である、という噂がある。
日本の警察は優秀だ。だがやはり、その輝ける功績の裏には、触れてはならぬ深い闇が横たわっているのかもしれない。
以上。深夜のひき逃げ事件についての報告は、これで終わりである。
え!?
それじゃ、オチがないって?
うーん、オチねえ。
そうねえ。強いて言うなら…。
被害者は、警察署長自身であった、ってことかな。
(被疑車両2台 給油中)