ロバートとエリック

もう20年ちかくも昔の話です。イラククウェートに武力侵攻した1990年の夏、エジプトに遊びに行った時のこと。到着早々、私はカイロの下町で迷子になってしまいました。実質的にイギリスの植民地になったことのあるエジプトでは英語が通じるよ、というのは少なくとも庶民生活の中ではほとんど嘘で、目に映る文字・耳に入る言葉の100%がアラビア語なのは当然のこと、英語で道を尋ねても誰にも理解してもらえません。中東情勢がヤバイい時期だっただけに、ほんとうに途方に暮れました。

たかだか2〜3時間の迷子でこれですから、もしそのまま一生、それどころか、その後、何世代にもわたって、言葉も宗教も風俗習慣もまったく異質な世界で、身体的な特徴も違う人間と暮らさなければならなかった人びとのことは、想像するのさえ難しいことです。北アメリカに連れてこられた「黒い積荷」たちは、まさにそんな運命を背負わされてしまいました。
カリブや南米に輸入された黒人奴隷たちは、その多くが、大規模な農園で働くことになりましたから、奴隷同士でコミュニティを作ることができ、ある程度アフリカ文化がそのままの形で継承されていきました。しかし、アメリカ合衆国の農園は、複数の奴隷を買う余裕のない中小の自営農民が経営するものが多かったので、北米の黒人たちは、抜け出すことの許されない世界の文化に順応して行かなければなりませんでした。そのような、人類史上あまり例のない状況に置かれた人びとによって、ブルーズという音楽は作られました。

1960年代初頭に『ブルーズの魂=Blues People』という本を書いた黒人リロイ・ジョーンズは、ブルーズを、音楽的な面と文学的な面から捉えています。前者は技術的な問題ですから訓練次第でなんとかなりそうですが、後者はなかなか難しそうです。

コンプリート・レコーディングス

コンプリート・レコーディングス


ミシシッピ生まれのブルーズマン、ロバート・ジョンソンが、今から70年前、『俺と悪魔のブルーズ』という、異様な歌を残しました。ある朝、悪魔が自分を迎えにやってきます。二人は道を歩きます。男は悪魔にいいます。「おれが死んだら、ハイウェイの脇に埋めてくれ、そうすれば、自分の邪悪な魂は長距離バスに乗れるだろうから」(実際、ロバートの遺体はハイウェイのそばに埋められたそうです)。(たぶんA→C→Dmの3つの)コードが弾ければ、そして、3行×4番の短い歌詞が暗記できれば、誰でもが(ロバートと同じではないにしても)とりあえずは演奏できる歌です。ましてや、エリック・クラプトンほどの才能をもった人なら、すばらしい作品に仕上げることができます。
ミー&Mr.ジョンソン

ミー&Mr.ジョンソン

でも、エリックには、何の予備知識もなしに、『俺と悪魔のブルーズ』を書くことは、決してできないはずです。同じ意味で、ロバートには『バック・ホーム』は決して書けません。そこに歌われていることが、どちらも、お互いに思いもよらない事実だからです。

迷子の一件の後、ハッサンと私は、なんどかオールドカイロの路地裏を散策しました。そこでいちばん気に入ったのは、真鍮の道具をつくる工房でした。真鍮の板をさまざまな金槌で叩いて、複雑な形の食器や日用道具に変えてゆく職人の店です。数十の真鍮製品が棚に並べられた室内は、まさにアリババが開いた扉の奥で、白熱灯に照らされた財宝が怪しく光り輝いていました。もちろんそれは、「黄金の」であって、「金の」輝きではありません。真鍮は真鍮なのですから。

でも、真鍮の価値は金よりも劣るというのは、人間が勝手に金銭的価値にもとずいて下した判決であって、金属そのものに優劣などありません。同じように、エリックの音楽を、単純にロバートのそれと比較して云々するのは間違っていると思います。ただ、金が真鍮ではないように、エリックはロバートではないのですから、もし仮に(そうは考えていないと思いますが)エリックがロバートになろうとしたのだとしたら、それは虚しい錬金術だと思います。

それにしても、ブルーズには惹かれます。ロバートのにも、ロバートのにも。まったく共通点がなさそうなアカの他人の中の事実にも、人間ははげしく共感できるものなのだと、ブルーズが教えてくれているようです。二つの異質な文化が同化した結果では決してなく、順応することで生まれてきた音楽・文学、ブルーズ。ブルーズが生まれることができたという事実は、今あちこちでぶつかり合っている異質なもの同士が、この世界で同時に生きてゆけることを証明しているのかもしれません。一方はもう一方を「黄金の」としてしか理解できないかもしれませんが、それでいいと思います。

追伸 400年ほど前に、「日本人奴隷」がいたことを知りました。日本に鉄砲を伝えたポルトガル商人が、一方で多くの日本人を奴隷として世界中に輸出していたのだそうです(「大西洋奴隷貿易時代の日本人奴隷」)。そんなことがあったなんて、恥ずかしい話、つい最近までぜんぜん知りませんでした。