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歯切れが悪いのは仕様です。


2018-02-23

[]【告知】形態理論研究会第4回:Epenthesis(2/28, 早稲田)

 直前の告知になってしまい申し訳ないです。

 研究会の主旨については下記のページなどご覧下さい。

 第4回のテーマはEpenthesis(挿入音)です。

 以下概要です。

  • 日時:2018年2月28日(水)13:00から17:00程度
  • 場所:早稲田大学早稲田キャンパス8号館6階613教室(早稲田キャンパス南門を入ってすぐ左手の建物)
  • Ustreamのチャンネルで配信予定
  • (過去のものを含めた)発表資料:Documents | 形態理論研究会
  • Twitterのハッシュタグ:#wislimt21

 気軽にご参加下さい。

2018-02-13

[][]呪文名を中心としたDQ語の時代区分の提案とRPG語研究の特性に関するノート

 FC版DQ3発売30周年を祝して,私が細々と続けている呪文名・魔法名の言語学(形態論)的研究のネタ論文(研究ノート)を公開します。以前書いたメモを発見したのでそれにちょっと手を加えてまとめることにしました。

 過去の研究については,下記の記事をご覧下さい。

0. はじめに

 本稿は,「ドラゴンクエスト」シリーズにおける呪文名に対する形態論的研究を拡張し,言語学的特徴を基盤とした「ドラゴンクエスト語」(以降,「DQ語」とする)の時代区分を行うことを目的とする。

 また,合わせて本研究で提唱している方法論に内在する,「文法」の取り扱いに関する問題を指摘し,簡単に整理する。

 本稿で論じる方法論や問題は,DQ語だけでなく,RPG語,あるいはゲーム語研究全体に波及する可能性があることをはじめに記しておく。

1. 「DQ語」の範囲

 「DQ語」の範囲は,まだはっきりと確定できたわけではないが,ひとまず「ドラゴンクエストシリーズにおいて用いられる特有の表現・語彙の集合体」と考えておく。

 形態論的研究上重要なのは下記のものである。

  1. 呪文名
  2. アイテム名
  3. モンスター名
  4. 特技名

後述するように「特技」はDQ語には当初存在しなかったものであるが,現在はかなりの大きさの語彙になっており,また呪文との関連からも無視することができない存在である。

 他にも人名や街・村の名前が候補として考えられるが,これはシリーズ毎に大きく変わることが多くここではひとまず考察の対象に含めないこととした。

 呪文名,アイテム名と比較するとモンスター名も作品ごとの変動が大きいように見えるが,「スライム」等DQ語を考える上での基礎語彙の有力な候補になるものがあるため重要な要素であると判断した。

2. 時代区分の提案

 主に1節で述べた4つの語彙,特に呪文名およびその変動を元に,派生作品やリメイクを除くシリーズ1〜11の11の変種に対して,下記のような時代区分を提案する。

 なお,現在個々の研究が進んでいるのは呪文名のみであるため,他の語彙の研究の成果によって大きな見直しが必要な可能性も十分にある。また,名称は日本語史の時代区分を参考にした(「近代語」が暫定である理由については後述する)。数字がシリーズ名を指す。

時代区分該当するシリーズ
上代語1
中古語2
中世語3, 4, 5
近世語6, 7, 8, 9
(近代語)(9)
現代語10, 11

表1. DQ語の時代区分

2.1 上代〜中古

 上代DQ語と中古DQ語,すなわち1と2を分かつ最も大きな言語的特徴は「(複)数」の概念の登場である。

 田川 (2013)でも「ヒャダイン」の通時的変化を取り上げて論じたように,《対象》の値([+単体][+グループ]等)としての「(複)数」の概念は呪文名の言語的特徴を考える上で非常に重要な言語(文法)的特徴である。また,異なる系統の言語(FF語やウィザードリィ語等)を含めた類型論的,対照言語学的研究を行う上でも鍵になるのではないかと考えている。

2.2. 中世

 呪文名を中心として見れば,中世DQ語は3から始まると考えて問題ないであろう。ここで多くの呪文名が登場し,一気に体系化が進んだ。ここでできた体系は4, 5でもある程度安定して引き継がれているが,その後の現代まで続くシリーズ全体の基盤となっているとさえ言える。

2.3. 近世および近代

 中世DQ語と近世DQ語の境,すなわちシリーズ5と6の間にある最も大きな変化は「特技(名)」の登場である。上述の4要素のうち,この語彙のみが新たに発生したものであるが,リメイクや派生作品への影響も大きく,DQ語の歴史を考える上で1つの転換点と言える変化である。

 大きく捉えれば6〜9までを1つの区分とすることで問題ないと考えられるが,細かく分けて「近代DQ語」を設定するのであれば,シリーズ9が該当するであろう。

 これもやはり呪文名の話であるが,9において「イオグランデ」等のより強力でしかも「メラゾーマ」などより長い6モーラの呪文名が登場していること,「バーハ」「ピオラ」「ボミエ」「メダパニーマ」等(主に「数」に関わる)体系の空き間を埋める呪文名が発生したこと,新たに闇系(「ドルマ」等)の呪文名が発生したことなどが挙げられる。さらに,上代より存在してきた「ギラ」系が消失したことも見逃せないが,これはそれほど間を置かず現代語において復活する。

 呪文名全体を見れば,9において最も豊かでかつ安定した体系が形作られているようである。

2.4. 現代

 近世(あるいは近代)DQ語と現代DQ語の間には,また大きな変化がいくつか発生している。

 《対象》の値として[+グループ]が消えたという文法に関わる変化も起きている上に,呪文名に関して言うと土系(「ジバリア」等),自動回復系(「リホイミ」等)のような新たな系統の発生が大きい。また全体として見ると蘇生系に「ザオ」が追加される等,体系化もさらに進んでいる。

 また,詳しく論じることはできないが,特技についても複雑化,系統化が大きく進んだ時代と言えるのではないだろうか。

3. DQ語における「文法」とは何か

 従来の言語学における形態論研究では,語形を考える上で,「文法」の存在は欠かせない。たとえば“cats”という語形は,実際に「文」において「複数」として機能することが確認できる(たとえばbe動詞が“are”になる等)から「複数形」とすることができるのである。

 では,呪文名を形態と考えた時に,「文法」に当たるものはなんであろうか。それは,本研究の手法では「呪文の効果」そのものになってしまう。すなわち,言語以外の要素について考えざるを得ないのである。

 このような要素も広義の「文法」と呼ぶことはそれほど奇異なことではないかもしれないが,本研究で進めている手法が大きく形態論・語彙論に偏っていることと関係して,言語学的研究としては深刻な問題となるかもしれない。

 これはDQ語だけでなく,RPG語やゲーム語の研究全体を考える上でも重要な課題である。

4. おわりに

 以上,本稿では呪文名を中心に,非常にざっくりとしたDQ語の時代区分を提案した。以下,いくつか課題について述べたい。

4.1. その他の語の取り扱い

 リメイク・派生作品は考察の対象としなかったが,DQ語全体を考える上では重要かつ貴重な研究対象となる可能性もある。DQ3のSFCリメイクに特技が存在することを考えると,リメイクは方言,派生作品は同系統の言語というような単純な対応では済まない可能性も十分にある。

4.2. 呪文名以外の取り扱い

 特技名も含めて,アイテム名,モンスター名についてはまだ具体的に論じることができていない。

 アイテム名,モンスター名間にも独特の形態論的関係が見出せること,アイテム名には「アサシンダガー」や「ホーリーランス」のような外来語と考えたくなるようなものも存在することなどから,新たな研究の糸口も垣間見える。今後の研究の発展に期待したい。

2018-02-05

[]授業/ゼミでしている話や授業の資料公開記事のまとめ

 タイトルの通り,授業やゼミの内容の公開に当たる記事のまとめです。基本的には専門以外の話を収録しています。

 ちょっとずつ増えてきて,自分で探すのに時間がかかるようになってきたのでまとめました。

 タグを増やすという手もあるのですが,これ以上あまり新設したくないんですよね。こういう情報は個人サイトにまとめるのが良いかもなと思いつつ,手つかずのままです。

※新しい記事ほど上になるように配置しています。

おまけ

 授業やゼミでは特にやるわけではない,あるいは断片的にしか話さないけど関連するかもしれない内容の記事です。こちらは教員になる前に書いたものも含まれています。

2018-02-04

[]指導教員を(卒論・修論の)サブのバックアップにしよう

はじめに

 指導教員の電脳に侵入して外部記憶装置のバックアップに使う…とかそういう話ではありません。

 かなり昔からいろいろ言われている話題だと思いますが,卒論・修論のバックアップ絡みでは今もいろいろな悲劇があるようですね。

 そこでこの記事では,私(人文系,専門は言語学)が卒論/修論の指導にあたって指導学生にすすめている補助的なバックアップの方法を紹介しておきます。「補助的」と呼んでいるのは,メインのバックアップは自身で取っていることを前提にしているからです。

 基本的な考え方は,「指導教員をサブのバックアップにしよう」というものです。といっても,それほど教員側に負担はないやり方になっていると思いますので,教員/学生双方から提案することができる方法ではないかと思います。

Dropboxの共有フォルダを使う

 Dropboxに「2017 卒論(学生の氏名)」のような専用のフォルダを作って,それを学生と共有します。

ここ数年やっていますが,このやり方がバックアップとしては安心感があります。同じやり方ができるなら,Dropboxでなくても良いと思いますが,私は試したことがありません。

  • Dropboxの共有フォルダをサブバックアップに使う
    • メリット
      • 教員の使用しているコンピュータにファイルが残る(重要)
      • 通知等を利用して作業しているかどうか,作業の進捗等について知る/知らせることができる(細かい連絡を省ける)
      • 原稿だけでなく関連論文やデータ・資料の共有も簡単
    • 難点/ハードル
      • 教員/学生のどちらが使用経験がない場合,導入や使い方に慣れるまで時間がかかるかもしれない
      • 教員に対して指導学生の数が多い場合に容量等の面で大変かもしれない
      • 教員が誤ってフォルダやファイルを削除してしまう可能性がある

 バックアップとして重要なのは,「教員のコンピュータにファイルが残る」ことですね。関連論文やデータ・資料を共有して教員側で簡単にチェックできるのも便利ですが,これは分野やテーマによっては容量面で大変かもしれません(たとえばデータとして大量の動画があるとか)。

 ファイルの情報を見ることで作業の進捗状況や,作業に取りかかっているかどうかを判断できるのも地味に便利です。特に提出直前等で添削->修正のプロセスが頻繁に発生する場合はメール等でやりとりするより早いですね。

 ちなみに私は共有フォルダ上にあるファイルに直接コメントを書くことはせず,別のところに一度ファイルを移してコメントをぜんぶ書いてから共有フォルダに上げるようにしています。面倒に思えるかもしれませんが,こうしないと,書いている途中の,あるいは修正・補足前のコメントを読んで学生が修正等を行ってしまう可能性があるためです。

 あと私はこの用途ではあまり使ったことがありませんが,Dropboxではファイルの古いバージョンもweb版から取ってこれるので,それも場合によっては便利かもしれません。

指導教員に原稿等のファイルをメールで送る

 Dropboxを使わない場合はこちらの方法を取っています。また,Dropboxと併用することもあります。

  • 指導教員へのメールをサブバックアップに使う(メールでファイルを送る)
    • メリット
      • 教員の使用しているコンピュータやメールのサーバーにファイルが残る(残らない場合もあるかも)
      • Dropboxよりは導入のハードルが低い(かもしれない)
    • 難点/ハードル
      • 毎回送る作業が必要なので忘れた場合はバックアップが残らない

 人によっては,こちらが気軽にできる方法かもしれません。Facebookのメッセージ等でもファイルの送信はできますが,検索等の利便性を考えるとやはりメールが良いですかね。

 一番の難点は,やはり送る作業が必要だということです。まめな人なら問題ないのでしょうが,意外と忘れてしまうことがあります。また,その都度教員からリマインドするのもなかなか手間です。

 私のゼミではバックアップを一番重視しているので,ゼミの資料は事前に送って読んでもらえるのがベストだが,直前でも構わないし,ゼミ修了後でもよい,ただし必ず送るという方針にしています。

 たとえ卒論・修論の原稿のファイルが全部なくなっても,ゼミや発表会の資料が残っていれば,一から書き直すよりだいぶ楽だからです。もちろん,原稿もこまめに指導教員に送っておけば自分のところからぜんぶファイルがなくなってしまってもある程度は安心です。

おわりに

 以上の2つの方法であれば,教員/学生がそれほどコンピュータに慣れていない場合でも,なんとか導入できるのではないでしょうか。

 ただ,私が指導を担当する卒論・修論では基本的にはWord等の文書ファイルが主で,あとは関連論文のpdf,データといっても容量的にはたいしたことのないExcelファイルとかですので楽に実現可能という側面はあるかもしれません。

 上にも書きましたが,学生の数や,教員/学生がそのやり方/サービスにどれぐらい慣れているか,教員/学生の性格によっても適切な方法は違ってくると思いますので,よく相談しておくことが重要です。

 私のゼミでは最初の頃にやり方を相談するのですが,(学生が)Dropboxに挑戦してみたけど使いにくいのでメールに切り替えるというようなこともあります。

 一番重視しているのは教員として負担を増やさずにバックアップの手助けをするという点ですが,上記の方法を取ることで全体として指導がスムーズにできるという側面もありますので,方法を模索している方は一度試してみてはいかがでしょうか。

2018-02-02

[]「日琉語族」を考える場合「琉球語」は複数ある—「琉球諸語」の話

はじめに

 先日「アルタイ語族」についての記事で下記のように書いたのですが(現在は修正済み),

日本語と系統関係がはっきりしているのは琉球語のみ(琉球語を独立した言語と考えない場合は「孤立した言語」扱い)

高校地理における「(ウラル・)アルタイ語族」の取り扱いについてのメモ - 思索の海

その後「琉球語」で少し検索をしてみたところ,どうも「琉球語」を単独の言語のように捉えている人がそこそこいるような印象があり,まずいかなと思って上記の記事の該当箇所を「琉球諸語」に書き直しました。

 というわけで,せっかくなのでこの記事では簡単に「琉球諸語」,つまり複数の言語からなる琉球の言語グループについてごくごく簡単に紹介してみようと思います。

トマ・ペラール氏の分類

 Wikipediaの「琉球語」の記事はかなり充実していますし,文献もいろいろ引かれていて良いですね。

ただ,見る前からなんとなく予感はしていたのですがノートは荒れています…

 私がさいきんの日琉語族や日琉祖語に関する研究・話題で信頼している研究者の一人としてトマ・ペラール (Thomas Pellard)氏がいます。

 その著作から琉球諸語の分類を紹介します。

琉球諸語の系統分類に関する近年の研究によってUNESCOの言う「国頭語」が歴史・系統的に一つの分岐群ではないことが明らかになっている(文献情報省略)。すなわち上の分類(dlit注:UNESCOの分類)で国頭語に含まれていた南奄美諸方言が奄美語に,北沖縄諸方言が沖縄語に属するのである。

 一方,八重山諸島の中に相互理解を欠く方言が存在することも報告されており,おそらく「八重山諸語」を認めるべきである。筆者はとりあえず奄美語・沖縄語・宮古語・八重山語・与那国語という5つの琉球語を認める立場をとっている。八丈語も認めるべきであるが,その系統的な位置はまだ明らかにされていない。

(ペラール・トマ (2013)「日本列島の言語の多様性—琉球諸語を中心に」『琉球列島の言語と文化 その記録と継承』, p.83,強調はdlit)

掲載されている書籍はこちらです。

琉球列島の言語と文化-その記録と継承

琉球列島の言語と文化-その記録と継承

 このように分類にはいくつか説がありますが,「琉球語」を日本語とは独立した言語として考える場合,複数の言語からなる「琉球諸語」として考えるのが標準的な見解と言って良いと思います。で,日本語,八丈語と合わせて「日琉語族」になるわけですね。

 もう少し補足で引用を。

方言と言語の区別は簡単な問題ではなく,政治や歴史の背景が必ず深く関わってくる。特に日本の場合,日本は一文化・一民族・一言語の国だという考え方がいまだに根強く,多様性そのものが否定されることもある。

(中略)

 琉球諸語は基礎語彙を80〜85%共有している一方,日本語とは70%ほどしか共有していない(文献情報省略)。琉球諸語と日本語とのこの距離はロシア語・ポーランド語・ブルガリア語・セルビアクロアチア語等を含むスラヴ語族内の多様性に近い。また,ドイツ語とオランダ語との距離やスペイン語とポルトガル語との距離よりも大きい

(ペラール・トマ (2013)「日本列島の言語の多様性—琉球諸語を中心に」『琉球列島の言語と文化 その記録と継承』, p.83,強調はdlit)

この前後にも重要なことが書いてありますので,興味のある方はぜひ。人類学・考古学の研究との関連についても簡潔に触れられています。

 また,日本語と琉球諸語の分岐等より詳しい話について興味のある方は,より新しい下記の本に掲載されている同氏の論文が参考になるでしょう。

従来の様々な説にも積極的に言及していて,レビュー論文としても有用なものだと思います。琉球語というと気になる人の多いであろういわゆるP音(「母(はは)は昔パパだった」というアレ)についてもけっこう詳しく書いています。

 ただ,こちらの本はかなり専門的なので言語学や日本語学に詳しくない方が読むのはしんどいかもしれません。

 また,氏はAcademia.edu等でも積極的に書いたものを公開してますので,フォローしているといろいろ読めます。

おわりに

 琉球諸語は今研究がどんどん進んでいるので,これからいろいろ面白い進展があると思います。動詞の活用とかものすごくおもしろいんですよ(突然なんだと思われるでしょうが一応私は活用研究が専門なので)。楽しみですね。

追記(2018/02/03)

 こんな記事を書いた次の日にこんな記事が。

作成された系統樹も掲載されいてるのでぜひ見てみてください。

2018-01-30

[][]現代日本語の表現の意味・用法を調べる時にとりあえず当たってみる本のおすすめ

はじめに

 この記事では,現代日本語(共通語)の特定の形式の意味・用法を調べる必要が出てきた(例:「明日休講だっけ」の「っけ」の意味・用法が知りたい)時に,手っ取り早く調べることが可能で,それでもある程度はしっかりした記述がなされている本を紹介します。私が担当している専門の授業でもよく話している内容です。

 すごくざっくり言うと,(『日本国語大辞典』を含む)国語辞典以上,専門の論文以下の情報を調べるための本の紹介です。

 ただし,場合によっては下で紹介する本の記述が専門の論文で先行研究として言及されることもあります。

おすすめ

グループジャマシイ(編)『教師と学習者のための日本語文型辞典』
日本語文型辞典

日本語文型辞典

 通称?『文型辞典』。もう出版から20年になるのですね。どちらかというと日本語教育畑の人におなじみの本という印象がありますが,カバーされている形式は幅広く,用例がたくさん挙がっていて文法研究の出発点としても非常に使いやすいです(詳細な分析がない場合にこれの記述を出発点にするとか)。

 本体は辞典形式で形式を50音から引けますが,末尾にも50音索引,逆引き索引,意味・機能別項目索引(「完了」「命令」などから形式を探せる)が付いています。

 あと,いろいろな言語のバージョンが出ているのも特徴ですね(英語版より中国語,韓国語,ベトナム語,タイ語版等が先に出ているというのが日本語教育的背景を感じさせます)。

日本語記述文法研究会(編)『現代日本語文法』シリーズ

こちらが記述は専門的であることが多いかもしれません。

現代日本語文法1 第1部総論 第2部形態論

現代日本語文法1 第1部総論 第2部形態論

 7巻セットのシリーズなのですが,第1巻に総索引が付いていて,ここに各巻で取り上げている形式が網羅されています。各巻は「アスペクト」「モダリティ」などのトピック別になっているので日本語文法についてとりあえず基礎的な知識を得たい場合にも便利ですが,形式から調べる場合は第1巻をどうぞ。

 『現代日本語文法』シリーズは学生がそろえるにはちょっと値段がきついと思いますが,少なくとも図書館のどこにあるか把握しておくと良いかと思います。

基本的には出発点

 この2つはあくまでも出発点であって,調べた形式について詳細な分析を行う場合は,もちろん専門書や論文を探さないといけないということには注意して下さい。

おわりに:紹介の背景

 とりあえずどの本か知りたいという人はここは読まないでも問題ありません。

 なんでこんな記事を書こうと思ったかというと,特定の形式の意味・用法の情報源として,卒業論文の審査や演習の授業でも辞典の情報をあげてくるケースがしばしばあることが前から気になっていたからです。

 もちろん,研究のメイントピックになっている形式についてはきちんと専門書・論文を探せているケースがほとんどなのですが,メインではないけれども少し/幅広く言及する必要がある場合(例:終助詞「ね」がメインの分析対象で,その前に付く色々な形式の意味・用法に言及するような場合)等にそういう事態が発生するようです。

 また,談話・文章研究で特定の形式にフォーカスしない場合(例:女性ファッション誌10誌1年分のコピーの分析)とかだと,その分さまざまな表現・形式の分類・分析をする必要があり,一つ一つの形式に関する調査が手薄になることもあるようです。

 もちろん卒業論文だと個々の形式についても詳細に分析した専門書・論文がないか探すことが必要になります。一方で場合によっては詳しい分析が存在しない形式もありますし,上記の本にも記述がなく結局国語辞典を引くこともあるのですが*1,やはりこれらを知らない/調べないのはもったいないと思ったので記事にしてみました。

 言語学や日本語学だけはなく,哲学,文学,社会学等でも具体的な現代日本語の表現・形式の意味・用法に言及する必要が出てくるケース(あと言語学系の研究者でも日本語の研究には詳しくない場合とか)はあるように見受けられますので,そのような時にも使ってもらえると日本語の研究者としては嬉しいです。

関連:授業の内容を紹介した記事

*1:場合によっては『日本国語大辞典』の方が記述がやや詳しいとか,語誌を知りたい場合は『日本国語大辞典』の方がいいというようなことはあります。

2018-01-24

[]ネガティブにwebを生きる,あるいはコメントとか非表示の話

はじめに

 なんとなく書きたくなったので。

 根がネガティブなのでブログにコメントが付くと(コメント欄でもブコメでも)まずネガティブな内容である可能性を考えるし,ついったーでリツイートされるとまずエアリプで何か言われるんだろうな…ってことを考えてしまう。

 そのくせ自身が書きたいことは何かに対する批判だったり問題提起だったりすることが多いので,まあ自業自得ではある,という自覚はある。

 そんな私もブログ開設,ついったーのアカウント取得から10年以上経ってまだwebをふらふらしているが,個人的に大きかった判断が2つある。

ブログのコメント欄

 ブログ開設から数年は,「付いたコメントに必ず何らかの返信をしてから次の記事を書く」というのを方針にしていたが,いつからかやめてしまった。そのことについて書いたような記憶があるのだがうまく記事が探せない。

 これは返信がうまくできないのが要因で更新が滞るのが状態化したためで,この判断がなければ少なくともこのブログは続いていない可能性が高い。

 今でもたまにコメントへの返信,ブコメへの応答はするが,私の良好な精神状態とやる気と時間とタイミングがそろった時にやることもある,というぐらいにしている(ブコメへの応答については内容の重要さもある程度加味する)。返信する条件を設定してしまうと,またそれとの付き合い方に苦慮しそうなので。

 このやり方はおそらく私のブログの書き手としての信頼を損なっていると思うが,ブログが続けられなくなるよりはましかと考えている。

 ちなみに,コメントへの返信をあまりやったことがないという書き手の方は,一度チャレンジしてみると面白いとは思う(継続することはおすすめしない)。

 実はコメント欄をそもそもなくしてしまうということも何度か考えたことがあるのだが,記事そのものにコメントを付けられるというのはブログのおもしろい特徴かなと思って今のところ残してある。

ユーザーの非表示

 これは主にはてブの話,わりと最近やり始めた。

 ユーザーの非表示は使わないというのが長く続いてきた個人的な方針だったのだが,ここさいきんはそれなりに非表示を使うようになった

 差別,ヘイトスピーチ,沖縄へのひどい罵倒など,私の精神が絶えられないコメントがきっかけになることが多い。初見で非表示にすることはほとんどなく,複数回気になった場合に判断することがほとんど。

 ただ,特に方針を設定しているわけではないので,基準に沿ってかたっぱしからいろんなアカウントを非表示にして回っているというわけではない。気まぐれと言えば気まぐれなのだが,上のコメントの話と同じで,大事なのは私の精神の健康なので。

 方針転換のポイントになったのは,経験則として「コメントはあまり読みたくないが,この人しかもたらすことのできない重要な情報がたくさんある」というユーザーはほとんどいないということを実感したことだろうか(そういう人がいないわけではない)。

 ただ,非表示を増やしすぎるとブコメどうしの応酬がよく分からなくなるといったことはありそうだし,そこまで積極的に増やそうとは考えていない。

終わりに

 さらっと書いたが,この2つの判断を実行に移すまでにはけっこう悩んだ。

 これだけ書いてみると,じゃあブログもはてブもついったーもやめればいいじゃんという話になりそうだが,やっていて良かったこともやはりたくさんあるのである。

 ほんとうはそういう「webをふらついていて良かった話」を書いた方が良いのだろうが,こんな記事から書いてしまうところがやはりネガティブなのかもしれない。

追記(2018/01/24)

 書き忘れていた。

 これも単に私の経験則ですが,こういう話題の時に「もしかしたら自分のことかも…」と心配するような人はそういう対象になっていない可能性が高いと思いますので,あまり心配しないのが吉です。相性や好みの問題でもあるのでいろんなケースがあるのでしょうけれど。

2018-01-18

[]高校地理における「(ウラル・)アルタイ語族」の取り扱いについてのメモ

追記(2018/02/02)

 「琉球(諸)語」について簡単な補足を書きました。

はじめに

 先日のセンター試験の地理に出たムーミンに関する問題は大きく話題になって,大阪大学大学院言語文化研究科スウェーデン語研究室から声明が出されるような事態にまでなりましたが,

ついったー上などでこの話題についてやりとりする時に「アルタイ語族」という名前がそこそこ出てきたのが言語学の研究者としては気になりましたので,この名称が現在も高校地理の関係書籍で使用されているのか少し調べてみました。とりあえずここでは調べたことのメモだけ書いておきます。

 ちなみに,上記の阪大のページと合わせて下記の記事もおすすめしておきます。

現在の(おそらく)標準的な見解

 研究者によっていろいろ見解はあるでしょうけれど,現在言語学概論等の授業で簡単に紹介するのであれば,

  1. 「ウラル・アルタイ」というくくり方はしない
  2. 「ウラル語族」は系統関係が認められている
  3. 「アルタイ語族」は系統関係がはっきりするところまでは行っておらず,「アルタイ諸語」と呼ばれる
  4. 日本語と系統関係がはっきりしているのは琉球諸語のみ(琉球諸語を独立した言語グループと考えない場合は「孤立した言語」扱い)

という辺りでしょうか。

 ちなみに,いつも紹介している黒田龍之助『はじめての言語学』でも,第5章に「3—《ウラル・アルタイ語族》なんてない」という節が出てきます(ちょっと表現がきついです…)。

 たとえばアルタイ諸語というものがある。諸語というのは,語族の関係がいまいち証明できていない言語のグループである。(中略)明らかに似ていて親戚だろうというのもあるが,一方ではっきりしないものもある。だから慎重に考えて諸語と呼んでいるのだ。

(中略)

 現在の言語学では,《ウラル・アルタイ語族》は認めていない。(中略)古い本ならともかく,いまどき《ウラル・アルタイ語族》なんて書いてあるものがあったら,次の二つのうちのどちらかである。不勉強で新しい学説を知らない。またはすでにイっちゃっている。

(黒田龍之助 (2004)『はじめての言語学』講談社. pp.194-195)

はじめての言語学 (講談社現代新書)

はじめての言語学 (講談社現代新書)

高校地理関係書籍の記述

 では,高校地理の用語集等に出てくる記述を見てみましょう。

 網羅的な調査ではありませんし,教科書は未チェックです。書店等で手に入りやすいものをいくつかさっと見ただけですので,他にもあるかもしれません。

 まずは山川の用語集。「アルタイ語族(アルタイ諸語)」で立項があります。

地理用語集―A・B共用

地理用語集―A・B共用

アルタイ語族(アルタイ諸語)

東アジアからトルコまで広がる言語集団。モンゴル語派(モンゴル語・ブリヤート語など),テュルク語派(トルコ語派),ツングース語派(満州語・エベンキ語など)からなる。ウラル語族との関連性が認められなくなり,アルタイ諸語と表記されることが多くなった

(地理用語研究会編 (2014)『地理用語集』山川出版社. p.188,強調はdlit)

おお,ちゃんと言及がありますね。

 次に解説書2冊。

新版 もういちど読む 山川地理

新版 もういちど読む 山川地理

言語はその系統をもとに,インド・ヨーロッパ語族,ウラル・アルタイ語族,北アフリカ・西アジア語族,アフリカ語族,シナ・チベット語族,マレー・ポリネシア語族,オーストラリア語族などに分類されているが,正確な系統分類は完成していない

(田邊裕 (2017)『もういちど読む山川地理』山川出版社. pp.189-190,強調はdlit)

あれ,同じ山川でも違いますね。ただ解説書なので「語族」「諸語」の使い分けを単純化したという可能性はありそうです。ちなみに,索引に「ウラル・アルタイ語族」がリストされていました。

 下記の本は索引には「ウラル語族」だけで,

 日本語は,モンゴル語・トルコ語などとともにアジア系のアルタイ語族に含まれているとされてきましたが,さまざまな異説もあります

(中略)

 なお,以前は「ウラル=アルタイ語族」という言い方がありましたが,現在では両語族の類縁関係は否定されています

(山岡信幸 (2012)『忘れてしまった高校の地理を復習する本』中経出版. p.53,強調はdlit)

ウラル・アルタイ語族についてははっきり否定していますが,アルタイ語族の存在は前提にしているように読めます。また,日本語の系統についてはちょっと古い言い方な気もします。

おわりに

 印象としては,もっと調べてみると本によってスタンスや記述がけっこうばらついてそうだなあというところです(ただ言語学や日本語学関係の本でもたまに微妙な記述を見かけるという話もあります)。

 ちなみに,高校地理や高校の教育を非難するというような目的で書いたわけではありません。

 学問の成果をどれぐらい,どのような形・タイミングで教育に反映させるかというのはなかなか簡単には一般化できない難しい課題だと思います(こういう内容だと反映させやすそうな気がしますがどうなんでしょう。たとえば,生物の方の分類に関する新しい知見はどんな感じで取り入れられていくのでしょうか)。

 むしろ,「これだから学校教育ってやつは…」って考えたり言ったりする前に,まず事実・実態を調べた方が良いのではないかと考えて書きました。

 どなたか教科書も調べてくれると嬉しいです。

追記(2018/01/21)

 DG-Lawさんが教科書について詳しく調べてくれました。

やはりばらつきがあるようですが,思いのほか「諸語」も使われているようです。しかし日本史の用語集は…

2018-01-12

[]「パワーワード」の文法的特徴と使用条件

はじめに

 こういうネタについて書くのはいつぶりかな。もしかしたら「激おこぷんぷん丸」(ATOKの推測変換候補ですぐ出てきた…)以来かもしれません。

 さいきんいわゆるネットスラング的な表現である「パワーワード」の意味(が誤って?紹介されたこと)が話題になっています。

 この表現については私自身の使用語彙ではないのですが,使われ方が面白いので前から気になっていました。

Takumi TAGAWAさんのツイート: "webで独特のニュアンスを持つ(一見ふつうに見える)外来語ってあるよなー 最近気になったやつだと「ロック」「パワーワード」「ハートウォーミング」あたり"

 その気になっている点について少しメモしておこうと思います。

  • 注意点
    • 以下の考察では手を抜いてあまり丁寧に例を挙げていません。申し訳ないのですが,検索か,リンク先などから辿ってみてください。
    • 私が知っている範囲での使用例・用法について書いていますが,それらが正しい,標準的,合理的,一般的であるというようなことは一切主張していません。
    • webでの他の方の考察もあまりあさってないのですでに知られていることがらかもしれません。

「パワワ」

 まず,「パワワ」という短縮形が使われないだろうという指摘が多いようですが,飯間浩明氏が実例が存在していたことを画像付きで示しています。

飯間浩明さんのツイート: "「パワーワード」を「パワワ」と省略することがあるか。これは、あります。「パワーワード」の用例を集めるなかで、「パワワ」の語形をしばしば目にしたのは事実です。「今年の新語」の説明に〈パワワ〔俗〕〉(=俗に「パワワ」とも略す)と

 日本語の複合語短縮を考えると,「パワー」「ワード」のそれぞれ語頭1, 2モーラずつを取った「パワワ」という形式は珍しくありません。パターンとしては「ミス(ター)+ド(ーナツ)」と同じですね。「ワ」の同音連続をどう考えるかということはあるかもしれません。

 また,複合語短縮ではなく単純な短縮で,「パワー」の長音がなくなるのは短縮によく見られる特殊拍の脱落であるという見方もできると思うのですが,こちらも珍しくありません。たとえば近い例としては「スタ(ー)バ(ックス)」。

 確かに私自身「パワワ」という短縮形を見たことはありませんでしたし,それほど多く使われている形ではないという印象はあります。あと音の響きがネタにしやすいところもツッコミを呼んだのかもしれません。

どういう時に使えるか

インパクトがあるだけではダメかも

 「パワーワード」の意味(というか,どういう時に使えるか)についても,元の日経の人へのツッコミポイントになっています。つまり,「婚約者と別れた」はまったくパワーワードっぽくないという。

 飯間氏があげている語義で日経の方が挙げていないポイントとしては,「表現が異様」というところが重要なのではないでしょうか。つまり,単に「強烈」「印象が強い」だけではダメだと。

飯間浩明さんのツイート: "三省堂「今年の新語2017」では、3位に選んだ「パワーワード」の説明として〈表現が異様で、強烈な印象のある ことば。パワワ〔俗〕〉としています。選評本文には例示がありますが、語釈には例示がないため、どんなのがパワーワードか分かりに

 そこで,暫定的に次のような条件を提案しておきます。

  • 「パワーワード」の使用条件1:その表現形式そのものから容易に得られる意味・解釈のみでインパクトが強くなければならない(特別な文脈や情報が必要だったり,特定の個人の状況に強く依存するような場合は難しい)

 「婚約者と別れた」がパワーワードっぽくないのは,かなり個人的な話であること,表現形式そのもののインパクトがそこまで強くないことにあるのではないかと思います。

知らなさ具合

 日本語の研究者として気になっているのは,「パワーワード」の前に「という」や「とかいう」が多く用いられていることです(他の形でも出てきますが)。

 これは,下記の考察の「初めて聞いた」ものに使えるという指摘と関係していそう,というのが今考えていることです。

せてぃら@放置さんのツイート: "パワワで検索しても該当しないし勝手に略称つくるなよ。「婚約者と別れた」は単なる報告だし個人的に印象があっただけで「パワーワード」ではない。 「初めて聞いた表現だけど、主張はわかるし共感できそう(あるある含む)」なもの

 『日本語文型辞典』で「という」「とかいう」の特徴を見てみます。

日本語文型辞典

日本語文型辞典

NというN<名前>

「という」を用いた場合は,話し手か聞き手,またはその双方がその花*1をあまりよく知らないという含みがある。

(『日本語文型辞典』, p.296, 強調はdlit)

とか(いう)

名詞や引用節の後に付いて,聞いた内容を他の人に伝える場合に用いる。内容の正確さに十分な確信がないという含みがある。

(『日本語文型辞典』, p.320, 強調はdlit)

いずれも,「よく知らない」「正確さに十分な確信がない」とあります。「という」については確かほかでも不定性や未知/既知と関わるという指摘があったと思うのですが,文献がさっと出てきませんでした…

 実際の「パワーワード」の使用例を見ても,「初めて聞いたことばなんだけど」「さいきん知ったフレーズなんだけど」といった文脈で使用されることが多いように見受けられます(未調査)。そこで,使用条件2を次のように設定しておきたいと思います。

  • 「パワーワード」の使用条件2:「パワーワード」に該当する表現について,話し手はさいきん知った/あまりなじみがない/まったく知らない(あるいは聞き手にとってそうだと話し手が考えている)

 こういう新しい表現を含め言語表現について考えるときは,その表現そのものとともに,何と一緒に出てくるか(言語研究では「共起する」などと言います),どういう状況で使われるか,などについても考えるとうまくいくことがあります。今回も(ある程度)うまくいっているといいのですが。

おわりに

 最初に述べたように,私自身はこの表現を使いませんのでこのような分析で良いのかはあまり自信がありませんし,使用条件は他にもあるかもしれません。

 また,そもそも話し手によっていろいろ意味や使用法が異なっている可能性もあります。これも言語(研究)の楽しいところです。

 この表現が気になっている人の考察を進めるきっかけになるようなことがあれば嬉しいのですけれど。

*1:dlit注:ここで用いられている例が「○○という花」という表現なのでこういう記述になっています。

2018-01-11

[]講演会・ワークショップ「なぜ、ヒバクシャを語り継ぐのか〜ノーベル平和賞ICANを支えたキャサリン・サリバンさんとの対話〜」(1/19-20 関西, 26-27 関東)

はじめに

 標記の講演会・ワークショップが関西・関東それぞれで開催されます。

 なんで突然こんな宣伝をするかというと,私も所属している筑波大学総合言語科学ラボラトリーの「記憶の継承と言語」プロジェクトが関わっているということがあります。当機関のサイトの告知記事から詳細な情報が掲載されたpdfファイルがダウンロードできます。

そのpdfファイル(チラシ裏面)から趣旨を引用しておきます。

 2017年7月,核兵器の保有や使用などを初めて法的に禁じた「核兵器禁止条約」が国連本部で採択されました。多くの外交官たちが広島,長崎の被爆者による証言に「心を揺さぶられた」といいます。

 その採択に向け「主導的役割を果たした」として,今年度のノーベル平和賞を受賞した国際NGO「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)。その「被爆者担当」として世界に被爆体験を広めてきたアメリカ人平和活動家,キャサリン・サリバンさんを招き,関東と関西で講演会とワークショップを開催します。

 サリバンさんは被爆者とともに,アメリカの高校生3万人余りに核兵器の非人道性を訴えてきました。北朝鮮の核の脅威が高まる今こそ,サリバンさんの思いに触れ,改めて被爆体験を語り継ぐ意味を見つめてみませんか。

イベントの概要

 各イベントの概要は以下の通りです。上記告知サイトにありますが,ワークショップの申し込み締め切りは関西が1/12(金),関東が1/16(火)に延長されています。講演会は申し込み不要です。

【関西会場】

  • 講演会
    • 日時:2018年1月19日(金)13:45〜15:45
    • 場所:京都外国語大学 森田記念講堂
  • ワークショップ
    • 日時:2018年1月20日(土)10:00〜17:00
    • 場所:京都外国語大学 4号館432教室

【関東会場】

  • 講演会
    • 日時:2018年1月26日(金)19:00〜21:00
    • 場所:文京シビックホール小ホール
  • ワークショップ
    • 日時:2018年1月27日(土)10:00〜17:00
    • 場所:横浜国立大学 教育7号館202号室

おわりに

 こういう活動を応援している人も,懐疑的な人も,具体的な話や情報を元に考える・議論するのが重要だと思いますので,興味のある方はぜひどうぞ。