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歯切れが悪いのは仕様です。


2017-02-13

[]言語学なんでも(あり)研究会で発表します(3/10、京都大学)

 先日告知した下記のシンポジウムの前日に、標記の研究会を行います。

こちらは名称からもわかるように、ゆるめの研究会を予定していますので(参加者によってはシビアな場になる可能性もあります)、気軽にご参加下さい。

 詳細は下記の通りです。

  • 日時:2017年3月10日(金)14:00〜
  • 会場:京都大学総合研究2号館1階第9演習室
  • プログラム:
    • 14:00-趣旨説明
    • 14:05-14:30 「なーちゃんとみっちゃん:滋賀県湖北方言のアクセント」脇坂美和子(京都大学大学院生)
    • 14:35-15:15 「代名詞複合語から考える」淺尾仁彦(国立研究開発法人情報通信研究機構)
    • 15:15-15:30 休憩
    • 15:30-16:10 「命令形と命令(文)がずれるとき」田川拓海(筑波大学)
    • 16:15-16:55 「副詞「半分」 in 事象投射理論」小西正人(北海道文教大学)
    • 16:55-17:05 休憩
    • 17:05-17:45 「北薩摩方言のアスペクト」黒木邦彦(神戸松蔭女子學院大學)

脇坂さんの丁寧な企画・運営によってこちらも豪華でおもしろそうなラインナップになりました。ありがとうございます。

 私は命令(文)の環境における形態と統語のずれの話として、否定命令の形態論と以前からちょこちょこやっている愚痴命令文を取り上げるつもりなのですが、けっこう時間が厳しそうなのでどちらかを軽めにするかもしれません。

 さいきん、なかなか研究発表の時間が取れず、ましてや遠征など…という状況ですので、限られた機会によくばって複数の発表を詰め込んでしまい結果たいへんになるというパターンが定着してきました。今から自身の苦しむ姿が目に浮かびます。

2017-01-17

[]「ら抜き」の記事に関してnano_hさんにおこたえ

 おこたえというほどのものではないのですが、言及していただいたので私の記事について補足というか少し裏話的なものを。

 上記記事にもリンクがありますが、私が書いたものはこちら

毎日の記事に肯定的に言及した理由

 ちょっとひどい言い方ですが、毎日の記事を「良い記事」だとしたのは、まったく期待していなかったからというのが大きいです。

 (私の観測範囲では)そもそも新聞等のメディアは規範に厳しい傾向があり、毎日新聞については校閲のアカウント(https://twitter.com/mainichi_kotoba)はまさにことばの規範形成・維持に寄与するメディアの活動の一つだよなあという印象もあったので*1、「毎日新聞に「ら抜き」の記事」という点で「あー「ら抜き」市民権を得たけどどうなの」みたいな論調なのかな」と思いながら読み始めたのですね*2(勝手でひどい話です)。

 そうしたら、規範については緩めな金田一氏のコメントから始まり、他の2名はどちらかというと規範に厳しめ寄りだと思いますが、それでも「けしからん」みたいな言い方ではなく自身の活動と合わせてどういう点に葛藤があるか具体的に述べていたので私として良い意味で期待を裏切られたのです。この内容なら、こういう問題(の具体的な議論)にあまりなじみがない人にとっては考えるよいきっかけになったのではないかと感じたので「複数の立場からの見解を丁寧に載せていて良い記事である」と評しました。

金田一氏のコメント

 nano_hさんもいくつかつっこんでいますが、金田一氏のコメントは言語学の専門家としてみるとかなりざっくりしています。日本語学概論、言語学概論の授業でちょっと取り上げて話す内容としてはおそらくあんな感じになるだろう、ぐらいの印象です。

 ついったーにも書きましたが、こういう話題を取り扱うなら井上史雄氏のような社会言語学の専門家に話を聞いてほしいところです。井上氏は新書も色々書いていて一般的にもかなり通りがいいかなと思っているのですが

がもっと早く出ていたらそういう可能性もあったのでしょうか。

毎日の記事につっこまなかった(もう一つの)理由

 正直言うと、つっこみたいところは色々あって最初はそういうスタイルで下書きを書いていたのですが、途中でめんどくさくなったのと記事がかなり煩雑になりそうだったので、内容には言及せず引き合いに出して自分の書きたいことを書くというスタイルにしました。さいきんは丁寧に書きすぎて記事をお蔵入りにするよりはこういうざっくりした言及のしかたでも何か書く方がいいかなと思っているのですが程度によりますね。

*1:おもしろい情報もありますけど。

*2:なので、nano_hさんが指摘している「書き手(記者)の意見」を出すと規範寄りになるのではないかといのが私の邪推です。

2017-01-16

[][]「ら抜き」の(断片的な)文献リストをちょっと更新

 先日「ら抜き」関係の記事を書いたこともありまして、

 他のお仕事で入門書的な本をざっと確認する作業があったのでついでに「ら抜き」への言及についても調べて、下記の(断片的な)文献リストに追加しておきました。

 追加したものは、下記の5件です。すべて「コラムや簡単な解説など」への追加です。

  • 山田敏弘 (2004)「§2. 活用」『国語教師が知っておきたい日本語文法』, pp.19-20, くろしお出版.
  • 加藤重広 (2006)「第6章 助動詞の分類と態の助動詞」『日本語文法入門ハンドブック』, p.39, 研究社.
  • 沖森卓也(他)(編) (2006)「第5章 文法」『図解日本語』, p.118, 三省堂.
  • 定延利之 (2009)「3章 品詞と活用」『日本語教育能力検定試験に合格するための言語学22』, pp.148-149, アルク.
  • 日本語文法学会(編) (2014)「可能動詞」『日本語文法事典』, p.124, 大修館書店.

ほとんど索引で確認するだけでこれだけ出てくるので、細かく調べると相当いろんな文献で言及されてそうですね。ちなみに狙い目は文法だと「活用」「可能」を扱っているところ、社会言語学では「ゆれ」や「世代差」を扱っているところです。

 ところでこういう更新の余地がある情報はブログの記事という形式とはあまりなじまない感じがしますね。ずっと個人サイトをリニューアルしたいと思っていてそちらがなんとかなれば移すという手がありますが、今のところいじる余裕がありません。

2017-01-14

[]2017/1/13日付毎日新聞論点「「ら抜き」言葉、多数派に」の記事に便乗してことばの規範性の話

 下記の毎日の記事は、複数の立場からの見解を丁寧に載せていて良い記事であると感じました。以前からこの手のことばの規範性の問題については定期的に書き散らしてきましたので、今回も以前の記事の宣伝などしてみます。

 金田一秀穂の見解は、全体としては、日本語(学)の研究者ならこんな感じになるかなあというところでしょうか(偉そう)。

 「ら抜き」に関しては、以前簡単な(断片的な)文献リストを作ったことがあります。作った動機とともに下記に挙げておきます。

 いわゆる「ら抜き」現象が一段系動詞の可能動詞化(と言ったら荒すぎるか)で、合理的な変化だ、という見解は結構色々なところで見かけますし、広く受け入れられている考え方の一つではないかと思うのですが、mixiなどでのやりとりを見ていると意外と出典を明記した論文や記事を参照しながらの議論がなされていることが少ないように見受けられます。

 ということで、「ら抜き」に関する簡単な説明などを行っている書籍や論文をリストにしてみようと思います。

なんかトリビアルな「ら抜き」関係データベース(メモ) - dlit@linguistics - linguistics ?

これらのいずれかを読めば、金田一氏の見解が日本語の研究ではちょくちょく言われてきたものであることが確認できるでしょう。

 ちなみに、この文献リストは2009年に書いた記事ですが、webで「ら抜き」に言及がある場合に文献の参照が少ないという印象は今でもあまり変わっていません。また、このリストは作成した直後ぐらいからぜんぜん更新していませんので、今はもっと関連文献が増えていると思われます。

過去記事の紹介

 私自身が考えていること、言いたいことについては過去の記事にいろいろ書いてきましたので、いくつか引用とともに紹介します。

 まずは同じ「ら抜き」を取り上げた朝日天声人語の批判から。

個人がある言語体系・言語表現に対して特別な価値を持たせること、それが少数派になる事態に対して不快感や寂しさを感じること、そしてそれらを表明すること、は自然な行為だと思います。僕もそのうちやりたくなるかもしれません。しかし、それは他の体系や表現を攻撃したり、貶めたりすることとは独立にできるのではないでしょうか。

2011/10/23日(日)付朝日新聞天声人語「ら抜き」の記事に文句を付ける - 思索の海

 ことばについて(も)好き嫌いと正誤は区別した方がよい、というのはたとえば下記の「まなざす」についての記事でも取り上げました。

ある語・表現が嫌いなら「嫌い」と言う・表明することもおかしなことではありません。しかし、「嫌い」「気持ち悪い」から「日本語としておかしい」「日本語ではない」と言ってしまうのは、ずいぶんな飛躍に感じます。

動詞「まなざす」は“日本語として”おかしいか - 思索の海

「正しい○○語」と言語学の研究者

 さて、毎日の記事にある金田一氏の発言として「そもそも「正しい日本語」など存在しない。」とあります。このような言い方は言語学や日本語学の研究者の見解として聞いたことがあるのではないでしょうか。

 ここでは、せっかくなのでもう少し詳しい言い方、見方を紹介します*1。それは

  • ことばそのものの性質として「正しさ」というものはないが、「正しいことば」とされるものはあり、それは誰かが決めている。

というものです。ここで「誰か」に入るのは、国だったり研究者だったり教員だったり何かの分野で有名な人だったり一般の人だったりします。具体的には法律とか辞書とか接客マニュアルといった形で私たちの身の周りにあります。

 言語学や日本語の研究の専門家も、実際には規範の形成や維持に関与することはあります。歴史的には標準語の制定などが有名ですが、実際には緩く作成されている常用漢字や仮名遣い等に関するルールが厳しい規則として理解されることがあるといったことも規範の形成・維持にとっては大きいですね。

あと、身近なところでは辞書も実際には規範として機能することがあります。「辞書に載ってるから△△という表現は正しいんだ」という言い方、聞いたことがありませんか。

 辞書については、『船を編む』辺りからの辞書ブーム(?)の流れもあるのでしょうか、サンキュータツオさんの

学校では教えてくれない!  国語辞典の遊び方

学校では教えてくれない! 国語辞典の遊び方

や飯間浩明氏の活動によって、辞書にもいろいろな性格のものがあること、ことばの変化にかなり柔軟に対応する辞書もあることが一般的にも知られてきたと感じます。いい傾向ですね。

 また、言語学や日本語学の研究者がことばに対する価値判断をしないわけではないということにも注意が必要です。「動詞の屈折のパラダイムが複雑で素敵」とかだと「クマムシの爪の形が美しい」*2といった研究者によく見られる研究対象への愛情の発露として受け止めていただければよいと思うのですが、時々「さいきん新しく出てきた××という表現はけしからん」的なことを言ったり書いたりする人もいて同業者としてはちょっと困ります。こういうのも権威として規範の形成・維持に寄与しちゃうと思うのですけれどねえ。そういう物言いに出会ったら、ぜひその人自身の個人的な思い*3として受け止めて(あるいはスルーして)ほしいと考えています。ちなみに言語学・日本語学の研究者からときどき聞かれる価値判断に関する表現で個人的に好きではないのは「きれいな方言(が残ってる)」てやつですね。いや言いたくなる気持ちもわかるのですが。

追記(2017/01/14)

 ちなみに、言語学の研究者が「ことばの正しさは決められないよ」と言う背景には、言語学の方法論で言語の内在的な性質として「正しさ」を見つけたり比較したり出来ないという方法論的な限界についての話と、専門家の発言は権威として機能してしまうので価値判断(の表明)については慎重でなければならないという倫理的戒めのような側面があるのだと理解しています。「価値判断については中立です」という発言自体も他者の価値判断に影響を及ぼしてしまうことはありますし、一種政治的であることには注意が必要なのではないかというのが私の考えです。

おわりに

 なんで私がこの手の問題についてしつこく書くかというと、ことばを使ってコミュニケーションすることを含めて、ことばと付きあう、ことばを使うってほんとに難しいんですね。その難しさをふまえてある程度は付き合わなきゃならないところがことばの大変さなのですが、(特に他者の)ことばについて寛容な人が増えると、少しはその難しさ、大変さも減るんじゃないかなあ、という勝手な期待があるからなのです。

 永井愛氏が触れている過剰敬語(等と呼ばれるもの)についても気になることはあるのですが、長くなりましたし力尽きたのでこの辺りでこの記事は終わりにしたいと思います。

さらに関連記事

*1:ただこの見解は言語学・日本語学の研究者の一般的な見解と言える自信はありませんのでご注意下さい。

*2かわけ!クマムシのように。:理系クンと思想クン - クマムシ博士のむしブロ

*3:つまり、言語学や日本語学の研究の方法論を用いて直接導き出せる結論ではないということです。

2017-01-12

[]シンポジウム「日本語文法研究のフロンティア」で発表します(3/11、キャンパスプラザ京都)

 国立国語研究所主催のシンポジウム「日本語文法研究のフロンティア ―形態論・意味論・統語論を中心に―」で研究発表をします。今年度は学会発表をしませんでしたのでなんだかこういう場はかなり久しぶりな感じがします。

 このシンポジウムは以前刊行された以下の論文集に関連したものです。

日本語文法研究のフロンティア

日本語文法研究のフロンティア

 シンポジウムの概要は以下の通り。

  • 日時:2017年3月11日 (土) 10:00〜17:00
  • 会場:キャンパスプラザ京都 2階 ホール(アクセス情報
  • 発表(細かいスケジュールはリンク先をご参照下さい)
    • 田川拓海 (筑波大学)「外来語動名詞の形態統語研究に向けて―範疇,語種,形態構造―」
    • 佐々木冠 (札幌学院大学)「現代日本語における未然形」
    • 森篤嗣 (帝塚山大学)「旧 JLPT 語彙表に基づく形態素解析単位の考察」
    • 森山卓郎 (早稲田大学)「接続詞と文脈的意味をめぐって」
    • 長谷川信子 (神田外語大学)「文の機能と文の階層・サイズ ―生成文法の視点から―」
    • 中俣尚己 (京都教育大学)「日本語に潜む程度表現」
    • 天野みどり (大妻女子大学)「構文の意味派生の推進と抑制 ―テモラウ構文とテクレル構文を例に―」
    • 佐藤琢三 (学習院女子大学)「<全該当>を表す語の主観性と集合形成」

シンポジウム「日本語文法研究のフロンティア ―形態論・意味論・統語論を中心に―」 | 国立国語研究所

 そのうち公開されるかなと思いますが、私の発表の概要を載せておきます。

本発表では、現代日本語における外来語動名詞(サ変動詞)を対象にした形態統語論研究を進める上で重要な現象及び問題点の整理を行う。まず、外来語動名詞(例:スタートする)の選別の基準について検討し、基本的には漢語動名詞と同じような取り扱いが可能なことを確認した上で、1) 動詞と判別してよいかどうか、2) 自他の観点からどのような分類が可能か、の観点から外来語動名詞の具体的な分類案を提示する。次に、外来語動名詞の性質を漢語動名詞と同様のテストを用いて調べると、動名詞の統語的な性質と形態構造の複雑さが一致していないことが明らかになり、外来語動名詞を用いることによって語種と形態構造の関係性について具体的に検証できることを示す。最後に、外来語動名詞に含まれる接辞と外来語動名詞に付く接辞の振る舞いと形態論研究の可能性を紹介する。

上記論文集に書いた外来語動名詞の話の概要+論文には詳しく書けなかったこと(関連する話題、問題点・課題、今後の展望、おもしろそうな現象等)の紹介をする予定です。

 私はともかくけっこう豪華なメンバーになっていますので興味のある方は足を運んでみてはいかがでしょうか。

2017-01-08

[][]これまでに書いた言語学に関する読み物(本や論文)の紹介記事まとめ

 これまでちょこちょこ本や論文の紹介記事を書いてきたのですが、個別のタグやキーワードで探すのが難しいので(なかば自分のため)まとめの記事を作っておくことにしました。

 なお、網羅的なものではなく、販促・宣伝用の記事は外してありますし、自分が読み返して改めて紹介するような内容ではないなと思ったものも載せていません。なので、私自身が書いた本や論文に関する情報はほとんどないです。ややこしいタイトルですみません。

 各項目内では、下に行くほど新しい記事になるように並べてあります。

言語学の入門書紹介

  1. 言語学の入門書その1:黒田龍之助『はじめての言語学』 - 思索の海
  2. 言語学の入門書その2:定延利之『日本語教育能力検定試験に合格するための言語学22』 - 思索の海
  3. 言語学の入門書その3(やや番外編):斎藤純男・田口善久・西村義樹(編)『明解言語学辞典』 - 思索の海

個別のトピックに関する記事と合わせた本や論文の紹介

  1. 「国文法」についてきちんとした専門家による現代的な評価/解説を読んでみたい人へ - 思索の海
  2. 【紹介】日本語学会2012年度春期大会シンポジウム「グローバル市民社会の日本語学」の各講演が文章化されています - 思索の海
  3. 文化庁の2013年度「国語に関する世論調査」の造語関連についてちょっとだけ(読書案内もあるよ) - 思索の海
  4. 自然言語と形式言語と(あと否定に関する文献とか)(追加文献あり) - dlitの殴り書き
  5. 地域とことば:福島の方言は東北方言か?に便乗(読書案内付き) - 思索の海
  6. 大学での(アカデミック)ライティング教育の難しさとかについてちょっとだけ(推薦図書について追記あり) - 思索の海
  7. 授業の資料公開:(日本語学における)文章研究の文献の探し方+α - 思索の海
  8. 英語の語彙は豊富(と言える)かという問いをどう考えればよいか、について補足(ちょっとだけ読書案内付き) - 思索の海
  9. 役割語と翻訳、「外国人」のステレオタイプに関する読み物をいくつか紹介 - 思索の海
  10. 「ないべき」の話についてちょっとだけ補足(+否定に関する読書案内第2弾) - dlitの殴り書き

書評や書評のようなもの

  1. 今さら書評:鈴木孝夫・田中克彦(2008)『対論 言語学が輝いていた時代』 - 思索の海
  2. 書評は難しい&方言(コスプレ)のはなし&卒論についてもちょっとだけ - 思索の海
  3. たまには専門の話:Bobaljik 2012の書評を書きました - 思索の海

断片的な文献リスト

  1. なんかトリビアルな「ら抜き」関係データベース(メモ) - dlit@linguistics - linguistics ?
  2. 起点を表す(ように見える)「に」に関する先行研究 - dlit@linguistics - linguistics ?

おまけ

 下記のシリーズは隙あらば紹介しているのでやや冗長な感じもしますが、いちおうこれも言語学に関するトピックの本を取り上げたものなので載せておきます。

2017-01-07

[]言語学の入門書その3(やや番外編):斎藤純男・田口善久・西村義樹(編)『明解言語学辞典』

はじめに

 過去のシリーズはこちら

 今回取り上げるのは辞典です。

明解言語学辞典

明解言語学辞典

フォローしているアカウントの方の発言も多いのですがこの流れはぜんぜん覚えていません。この時何やってたんだろう…

前置き:専門的な辞典・事典の使い方(やや番外編である理由)

 上記の三省堂のサイトには「初学者から研究者まで使える」と書かれています。確かに便利で、私も授業準備等でちょくちょく引くことがあります。

 では、初学者にとってはどうかというと、確かに初学者でも使える辞書だとは思いますが、初学者がこれをいきなり読んで「理解」するのはかなり厳しいでしょう(私はもう初学者ではないので推測ですが)。

 理由はそれこそ明解というか「辞典」なんだからある意味当たり前な話で、各項目の記述が非常に簡潔だからですね。専門的な辞典・事典は一般的な辞典よりは各項目の説明が丁寧であることが多いですが、『言語学大辞典』のように場合によっては1つの項目に何ページも割いているものはむしろ珍しく、これだけで内容が把握できるのはむしろある程度基礎的なトレーニングを積んだ人だと思います。

 では、初学者はこういう「辞典」をどう使えば良いのでしょうか。私のおすすめは「ポータルにする」と「復習・確認に使う」です*1

ポータルにする

 知らない、あるいはうろ覚えの用語に出会ったときにこの辞典で調べることによって、その用語について

  • どの研究領域やトピック(音韻論、社会言語学、表記、…)に関連する用語・概念なのか
  • 他のどのような用語・概念が関係しているのか

をある程度知ることができます。その後、他の用語をこの辞典や他の辞典で調べたり、入門書や専門書を調べたり探したりしてください。このような作業に慣れていない方には面倒に思えるかもしれませんが、結果的にこのような手順でやる方が早いことも多いです。

復習・確認に使う

 「言語学概論」のような授業をどこかで受けたり、数冊言語学の入門書・概説書を読んでも、基礎的な用語・概念を定着させるのは実はけっこう難しいことなのではないかと個人的には考えています。その後に、文法論や意味論といったさらに詳細な個別の研究領域の勉強を進めることによって、基礎的な用語・概念の理解も進むという側面がどうもあるようなのです。

 正確な理解を得るためには、一度勉強したはずの用語や概念でも、出会う度にその内容や理解の具合を確かめ直すという作業が複数回必要になってきます。

 もちろん、一度、あるいは何回か触れたことのある用語・概念については自分が過去に使用した入門書・概説書・専門書をもう一度読むというのでもいいのですが、こういう辞典の簡潔な記述で確認するというのも1つの手です。理解したと思っていたのに辞典の記述だとよくわからないというのであればまだ理解できてないという可能性がありますし、以前読んでさっぱりだった項目を読み直してわかるようになっていた時には勉強の成果を実感することができます。

他の本のお供として

 というわけで、全くの初学者がこの辞典だけで言語学に入門することはおすすめしませんが、他の入門書が概説書、専門書を読んでいく時に併用することをおすすめします*2

特徴

 前置きを細かく書きすぎてしまいました。以下、この辞典の特徴について簡潔に紹介しておきます。

安い

 税込2,376円です。自宅用、携帯用、保存用(?)と3冊買っても1万円行きません。言語学の研究者にとっては驚き…と一般化できるかはわかりませんが、少なくとも私はこの内容でこの値段というのはかなり驚かされました。

コンパクト

 かなりコンパクトで持ち運びに向きます。ペーパーバックなので軽いですし。私自身は非常勤の授業の時にかなり重宝しています。

 今だと『言語学大辞典(述語編)』をPDF化するというような方法もないではないですが、

言語学大辞典〈第6巻〉術語編

言語学大辞典〈第6巻〉術語編

辞典のような本は「パラパラめくれる」利点が大きいと思いますので、この辞典の存在はやっぱりありがたいですね。

分量は十分?

 コンパクトということで気になるのは内容量なのですが、項目についてはこのサイズでよくここまでカバーしているなというのが私の印象です。「この項目を載せないのはまずいのでは…」というのは今のところ思いつきませんね。ただやはり1つの項目についての記述はかなり簡潔なものもあります。これはしかたないところかなと。

新しい

 もう一つの大きな利点は、この辞典が「新しい」ことです。そりゃ2015年に出たから当たり前なんですが、新しいということは、古いものに比べて新しい研究成果を反映させられるということです。

 わかりやすいのは認知言語学に関連する項目が多く立てられていることですね(「アフォーダンス」「図・地」「認知言語学」「百科事典的意味論」「プロファイル」「メタファー」「メトニミー」「用法基盤モデル」等)。

 あと、音韻論の理論の項目がすごく充実していますね(「生成音韻論」や「最適性理論」だけでなく「韻律形態論」「音律音韻論」「語彙音韻論」「自然音韻論」「自律分節音韻論」「素性階層理論」「統率音韻論」「非線形音韻論」「不完全指定理論」「分節音韻論」すべて独立した項目になっています)。

 生成文法関連だと「極小主義」「進化言語学」辺りが新しめの内容でしょうか。項目は少なめですが、「語彙機能文法(LFG)」「主辞駆動句構造文法(HPSG)」もきちんと立項があります。

 他にも「おっ」と思ったのは「役割語」「枠付け類型論」(Talmyのあれ)などの項目でしょうか。

 また、項目自体は古典的なものでも、新しめの内容を盛り込んでいるものもあります。たとえば、「言語相対論」ではPinkerの研究や認知言語学との関連にも触れられています。

 用語として新しいというわけではないのですが、「作用域」「変項」辺りの「なんかあまり詳しい説明もなくよく出てくるけど具体的に何を指しているか初学者にはいまいちわかりにくい」用語(私の主観)について項目があるのもいいですね。

その他の特徴

 執筆者名が項目の最後に明示してあるのは個人的に好きです。そこからすぐに書籍・論文を探せたりしますし。

 索引が最初にあるのは使ってみるとけっこう便利です。索引自体も丁寧に付けられていて使いやすいです。

 付録は、言語学の事典だと鉄板でしょうがやはりIPAと音声学関連の情報がまとめてあるのは便利ですね。もちろん英日対照表も付いています。

気になるところ

 おそらく様々な制約等があってこのような形になっていると思うので、以下は難癖に近いかもしれません。

文献の提示

 文献が示されている項目とそうでない項目があります。内容を読んでいると文献を挙げようがないものもありますが、やはり専門的な辞典・事典では文献情報があるとありがたいです。ただ文献情報は意外と記述に行数かかりますからね…

内容の新しさ

 新しい成果が採り入れられているという話を上でしましたが、そうでない項目もあるように見受けられます。もちろん、項目によってはそれほど新しくする必要がないものもあるわけですが、ちょっと気になるものもありました。たとえば、「形式意味論」の項目では三分の一の分量が「理論の限界」に当てられている一方、1990年代以降の進展にはまったく触れられておらず、ちょっと厳しいかなと感じます。

内容自体の適切さ

 すべての項目を詳しく読んだわけではありませんので、専門的な内容に誤りがないことまでは保証できません。今のところ気になる書き方はありましたが、「明らかにまずい」記述には出会っていません。専門家の方は、見つけたらぜひどこかで指摘してほしいです。

おわりに

 最後に少し難癖も付けましたが、やはりこの内容でこのコンパクトさと値段はすごいです。この特徴は、最近出ている他の専門的な辞典・事典、たとえば

日本語文法事典

日本語文法事典

などとは一線を画すものだと思います(もちろんどちらが優れているというかいう話ではなく目的・用途が違うわけですが)。言語学が気になる、あるいはやらなきゃいけないという方はぜひ手に取ってみて下さい。

*1:初学者だけがやる使い方というわけではありません。私は復習・確認に使うことが多いですが、(特に不慣れな領域の話については)ポータルとして使うこともあります。

*2:初心者の段階で複数の本を平行して読むのは混乱する、というような人もいるかもしれませんが、私は「あれこれ読む」ことが結果的に理解を進める・深める上で効果的なことがけっこうあるのではないかと考えています。

2017-01-06

[]日本語の「ん」の音の話と

 下記のまとめとその反応を見てちょっと気になったので。

日本語学概論で音声・音韻の話が入っていればかなりの確率で出てくる話だと思いますし、言語学概論で音素や異音の話の時に例として触れられることも多いのではないでしょうか。

 音声・音韻は専門ではありませんが、いくつか引用を紹介(専門の方のつっこみ待ちです)。

 説明文として分かりやすいのは下記辺りでしょうか。

 この文字(注:「ン」のこと)で表される音は伝統的用語では「撥音」と呼ばれるが、よく観察すると次のようにいろいろなバリエーションがあることがわかる。

さんばい [sambai]

さんだい [sandai]

さんかい [saŋkai]

さん [saɴ]

さんを [saã.o]

 次に続く音と同じ調音の位置の鼻音が現れる。後ろに何も来ないときは口蓋垂音の[ɴ]、母音や接近音が続くときは鼻母音となる。

(斎藤純男 (1997)『日本語音声学入門 』: 93、例の一部と二重母音表記を省略)

手元に古い方しかなかったのですが、IPAの改訂等のことがあって音声・音韻関係の入門書は新しいものを見た方がよいと思いますので、紹介は改訂版にしておきます。ところでここでは[ɲ](硬口蓋鼻音)が例として挙げられていませんね。

日本語音声学入門

日本語音声学入門

 たまたま手元にあった下記の本では[ɲ]の例も挙げられていますが(「ん」の話で関係するのは pp.96-105 辺り)、こちらでは母音・半母音・接近音の前の音は接近音として表していますね(めんどうなので具体例は省略)。

The Sounds of Japanese with Audio CD (CD-ROM)

The Sounds of Japanese with Audio CD (CD-ROM)

 今回の話題に関係することを書いていたのでちょっと紹介。

Because Japanese /N/ is realized as such a wide variety phonetically different syllable-final nasal segments, it seems like a chameleon to an English speaker, ... the three nasals [m], [n], and [ŋ] contrast syllable-finally in English.

(Vance, Timothy (2008) The Sound of Japanese.: 101)

ドイツ人?

 ところで、はてブのコメント等を見るとおそらく言語学や日本語学に触れたことのある方からのつっこみや説明が思ったよりあってちょっと嬉しかったところもあるのですが、一方で「細かく言うと「ドイツ人」ではなくて「ドイツ語(が母語/第一言語の)話者」だよね」また「「日本人」ではなくて「日本語(が母語/第一言語の)話者」だよね」というつっこみがほとんど見られなかったのが少しさみしかったです*1

 それは難癖じゃない?文脈で分かるじゃないと思われる方もいるかもしれませんが、ざっくり言って「地域(ましてや国のような大きな単位)と言語の区別は一致しないことの方が多い」ってのも言語学概論ではかなり頻出の重要ポイントですよね。もしかしたら「社会言語学概論」ぐらいまで詳しくならないとやらないってこともあるのかもしれませんが。

*1:こういう話を始めると、「ドイツ語」と簡単にくくってくれるな、とか「日本語」って標準語?共通語?方言はどうする?みたいな話が出てきて簡単ではないのですが。

2017-01-02

[]ブログデザインを(けっこう)変えました

 ここで書き始めてからほとんどずっと白背景のデザインだったのでそろそろ変えたいなと思っていたのと、前のデザインだと全体的にフォントサイズが小さめなのが気になっていたので、かなり以前に放置していたデザインをちょっと調整して使うことにしました。

 これだけ変えるとやっぱりかなり印象も変わりますね。

2017-01-01

[]ラーメンズで言語学(2):「熱が出ちゃって」「どこから?」述語と項のお話

 ブログ開設10周年記念エントリの第二弾です。第一弾はこちら

結局2016年内には書けませんでしたが、一応ブログ開設日には間に合ったということで。

 ちなみにラーメンズで言語学の第一弾は

5年以上前ですね…まあこのブログでは珍しいことではありません。

 本当はもっと関連文献や推薦図書について調べて盛り込みたかったのですが、それだといつまでたっても書き上がらないのでもうこれで公開してしまうことにしました。

 …ってこれ書いてたらラーメンズからYouTubeで動画が見られるようになったとの発表が!

なんと素晴らしい。さて、

【注意点】

  • 当然のことながらネタバレを含みます。
  • いわゆるお笑いのネタを学問的な題材にする、野暮な試みでもあります。理屈付け(のようなこと)が好きでない方は読まないが吉かもしれません。特にラーメンズファンの方はご注意ください。
  • 発話者名は演者名の「小林」「片桐」で統一します。
  • 文字起こしはそれほど正確ではありません。

 ただ、今回は第一弾と違ってネタそのものを分析するというよりは、ネタを導入にした言語学の用語紹介といった感じになっております。

ラーメンズの活動等についてはこの辺り:

題材

第13回公演『CLASSIC』「バニーボーイ」から

ラーメンズ第13回公演『CLASSIC』 [DVD]

ラーメンズ第13回公演『CLASSIC』 [DVD]

公式の動画がはれます。素晴らしい!

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会話

小林の接客の問題点について検討するために再現してみるシーン冒頭

1 小林「どうしたんですかー 最近全然来てくれないからさびしかったですよー」

2 片桐「悪かったね、実はさー熱出ちゃって」

3 小林「あらー、どっからー」

4 片桐「いや…どっからっていうか、体から」

ついでにもう一つ

上記の会話の続きで、病院に行ったという話

5 片桐「…この医者大丈夫かなーと思ってちょっと不安になったんだよ」

6 小林「じゃあさ、一個聞いて良い?」

7 片桐「何だよ」

8 小林「 不安になる前は何だったの?」

9 片桐「普通」

10 小林「ってことは「普通」から「不安」になったんだね」

11 片桐「そうだよ!」

 ここで、上の小林の発話3「あらー、どっからー」はなぜおかしく感じるのでしょうか。

 端的に(やや専門的に)言うと、述語(ここでは動詞)がこの環境では現れないが他の環境では現れる項の内容について聞いているから、という感じになります。

 ここから先、この「述語」や「項」といった、一般的に「文」と呼ばれる単位の核になる要素に関連する用語について簡単に紹介していきます。

「文」の登場人物は述語が決める

 さて、これから出てくる概念を紹介するにあたって、物語、たとえば舞台等になぞらえるのが直観的に分かりやすいのではないかと思います*1。とは言っても私も舞台や演劇についてはそれほど詳しくありませんので一般的な語彙だけを使います、ご心配なく(逆に詳しい方にとっては違和感あるというようなことがあればご教示ください)。

述語と項

 まず、「述語」と「項」を導入します。両者ともきっちり考えるとけっこうややこしい概念で、また用語史のようなものも簡単には書けませんので(特に論理学との関係について書くのが大変)、ここではざっくり。

 「述語 (predicate)」は文の核になる要素で、文全体の性質(たとえば動きについて述べているのかものの性質について述べているのかといったこと)を決める力を持っています。具体例として分かりやすいのは動詞や形容詞等でしょう。

(1) 動詞述語文:小林が{項1} 片桐を{項2} 誉めた{述語}

(2) 形容詞述語文:小林は{項1} 厳しい{述語}

「項 (argument)」とは述語が要求する必須の要素*2のことを指します。

 物語になぞらえると、述語は作品あるいはシナリオ、項は登場人物*3、という感じです。

(1)の文を例に取ると、

  • 言語学の言い方:述語「誉める」は2つの項を取る(二項述語である)
  • 物語になぞらえた言い方:「誉める」という作品では、最低でも「誉める人」と「誉められる人」の2名の登場人物が必要である

という対応になります。どうでしょうか。少しはイメージがわきませんか。

 なんで述語が作品(シナリオ)なのかというと、述語が変わると必要な登場人物も変わるからですね。たとえば「大きな音が{1} 鳴った」では登場人物1つでよく、「小林が{1} 片桐に{2} プレゼントを{3} あげた」では登場人物が3つ出てきます。

 ちなみに、項に対して必須でない要素のことを「付加詞 (adjunct)」と呼ぶことがあります。たとえば「昨日雨が降った」の「昨日」のような要素で、述語が何であるかにあまり縛られません。お気付きの方もいるかと思いますが、項と付加詞の区別は難しいことも珍しくありません*4

 で、この項は厳密に言うと述「語」だけで完全に決まるわけではなく、その意味や他の要素との組み合わせによって変わることがあるのですね。

 上のラーメンズの例でいくと、「出る」は「小林が家から出た」のような場合は「○○から」が項ですが、「熱が出た」のような場合は「○○から」は基本的には必要でない(項ではない)わけです。それを無理矢理聞くので変に聞こえてしまうのでしょう。

意味役割と格

 さて、もう少し関連する概念を紹介しておきます。

 たとえば「誉める」では「誉める人」「誉められる人」の2つの項が、「あげる」では「あげる人」「あげられる(もらう)人」「あげられる物」の3つの項が出る、という話だったわけですが、項の持つ意味的な性質にはけっこう共通性があることが知られています。たとえば「誉める人」も「あげる人」も「何らかの動作をする人」なわけですね。

 そうやって「動作主 (agent):動作をするもの」「被動者 (patient):動作をされるもの」「起点 (source):ものの出所」のように抽象化したものを、「意味役割 (semantic role)」と呼びます*5

 物語で言うと、意味役割は(配)役のようなものでしょうか。たとえば「主人公」「親友」「ライバル」「敵のボス」…のような。

 さて、受動文といった構文の種類は場面、格 (case)は各場面での立ち位置のようなものとみなして、次の例を見てみましょう*6

(1) 能動文:小林が{項1・動作主・主格} 片桐を{項2・被動者・対格} 誉めた{述語・能動態}

(3) 受動文:片桐が{項1・被動者・主格} (小林に{付加詞1・動作主・与格}) 誉められた{述語・受動態}

これも専門的な言い方とたとえた言い方を比べてみましょう。

  • 言語学の言い方:受動態においては被動者の項が主格になり動作主の項は付加詞になる
  • 物語になぞらえた言い方:場面が(受動文の場面に)変わって、動作主の役割を持った登場人物は上手からはけ、被動者の役割を持った登場人物が下手から上手に移動する

 ここまで紹介してきた概念となぞらえ方をまとめると下記のようになります。

  1. 述語:作品(シナリオ)
  2. 項:登場人物
  3. 意味役割:(配)役
  4. 構文(受動文など):場面
  5. 格:その場面で各項がどのような位置付けにあるか(上手・下手等)

ここで、「述語が作品の大枠を決めるが、登場人物の数やそれらがどのような格になるかは場面によって違い、意味役割は作品を通して変わらない」というような性質を持っていることに気付いてもらえると嬉しいです。

 ちなみに、ラーメンズの2つ目の例の発話8 「 不安になる前は何だったの?」が変なのは、変化を表す述語「なる」は確かに「起点 (source)」の要素を取ることがありますが(例:信号が赤から青になった)、「不安になる」のような場合は基本的に起点 (source)の要素は表に現れない(のに無理矢理聞いている)からですね。

 「出る」の例も「なる」の例も、同音異義の問題なのか多義の問題なのかというのはまたややこしい話なのですが、「形が同じでも意味が異なると項の出方が違うことがある*7」のをうまく使っている例だと言えるのではないかと思います。

おわりに

 授業で解説する時はこの物語風たとえは便利なのですが、書いてみるとけっこうややこしいですね…かえって難しそうだなあという印象を与えてしまったかもしれません。色んな述語や文を取り上げて具体的にどうなるのか考えてみると良いトレーニングになります。

 これを書いてみようと思った最初のきっかけはもちろんラーメンズなのですが、もう一つのきっかけは実は主語論関係の話を追っていた時でした。

文法研究に慣れていない方の議論では、意味役割や格といった複数の概念がごちゃごちゃに議論されているなと感じることが何回かあったのですよね。そういう話題について考える際の整理の手助けになれば嬉しいのですが。

 最後に、ラーメンズファンの方にとってはあまりラーメンズ(のことばの使い方の面白さ)がクローズアップされなくて残念というか肩すかしだったかもしれません。ひとえに私の力量不足です。

おまけ

 今回紹介した概念はちょっとした言語研究、文法研究の文脈では説明無しに使われることのある基本的なものが多いので、興味がある方は知っておいて損はないでしょう*8

 また、個別にもややこしい用語が多いのですよね。たとえば“argument”や”case”は一般的な語彙と紛らわしくて英文で論文を読む際に最初は戸惑う人もいかと思います。

 他にも、たとえば項には「外項」「内項」という区別をすることがあるのですが、「外項」を意味役割の分類である「動作主」とほぼ同じ意味で用いたり、意味役割の一つである「対象 (theme)」の指すものが説明もあまりなく使用者によって異なっていたり、ややこしいことが多いです。これから専門にしようかなと思っている方は…ご武運をお祈りしております。

関連推薦図書

 ちょうどよいものが見つかれば追記するかもしれません。

追記(2017/01/04):関連エントリ

 こちらを読んでラーメンズ気になるなと思った方は、下記のおすすめコントに関する記事も参考にしてみて下さい(ただし軽微なネタバレを含みます)。

*1:このような説明はどこかの教科書や入門書に載っているような気がするのですが、うまく探せていません。また、このアイディア自体も那須昭夫氏とのやりとりに影響を受けたもので、あまり私のオリジナルではありません。

*2:名詞が例として取り上げられることが多いです。

*3:ちなみに、この登場人物は人や生き物ではないこともあります。

*4:そもそも二分できるようなものではないという考え方もあるでしょう

*5:主題役割 (thematic role)、θ役割 (θ-role)等と呼ばれることもあり、違いがあったりなかったりするのですが、やはり面倒な話なのでここでは割愛。

*6:主格、対格、与格、…は日本語研究ではそのままガ格、ヲ格、ニ格と呼ばれることもあり、違いがあったりなかったりしますが(以下略

*7:厳密に言えば「なる」の起点要素が項と言えるか難しいところですが

*8:その全てを採用するかどうか、あるいはこれらの概念だけで十分なのか、それぞれの用語名、分類の方法等、もちろん専門的には色々議論があります。