※テレビ版の「のだめカンタービレ」の続きを勝手に書いてみました。

(所謂二次小説で、本物とは一切関係ありません)



ゼーマン記念ホール。ここに入ったの何年ぶりだろ。ビエラ先生と出会った時以来だからもう十数年。チケットも無しに入ろうとして警備員に追い掛けられたオレをビエラ先生が助けてくれたんだ。警備員と揉み合ってオレのポケットから落ちたたまごっちをビエラ先生が拾ってくれたんだっけな。思い出に耽りながら伸一はゲートを抜けた。

「わあ、凄い。偉そうな顔した人たちの肖像画がいっぱい飾ってある」

「バカ、あれはみんなプラハから世界に羽ばたいた偉大な演奏家たちだ」

ふへえ、そうなんですか、と呟くめぐみを余所に伸一は肖像画の一枚一枚を畏敬の念を持って見詰めた。この肖像画はみなゼーマンの弟子達。偉大な演奏家ゼーマンはまた偉大な教育者でもあり、音楽界の名伯楽でもあった。シニョーリトッティネスタと後の音楽界に綺羅星のごとく燦然と輝いた彼らは皆、ゼーマンが見出し、ゼーマンが育て上げた。やはり音楽家が成長するには出会いが大切なんだよな。どんな優れた才能も偉大な師との出会い無しには開花しない。オレはどうだろう?と伸一は自分を顧みた。たしかにシュトレーゼマンは偉大だ。ちょっと、いやかなり変態だけどその音楽はそれを補って余りある。それに・・・伸一は遥か彼方に視線を移した。そこには遠い日の少年の姿があった。警備員に追われ、廊下を懸命に駆ける少年。足をもつらせ転倒する。何かが少年の手から飛び出した。丸いプラスティック製のもの。「これはたまごっちだね?」と拾い上げた老人が少年に訊ねる。警備員は老人に敬礼し去っていった・・・あの日の出会いがゼーマンとその弟子達と同じものでありますように。伸一は神に祈るように目を閉じた。

「き!きやああああああ!あー!」

突然の悲鳴が伸一の至極の時間を切り裂いた。なんだ!?なにか事件でも?この偉大なゼーマン記念ホールを穢すなど許されない。伸一は悲鳴の方向を振り返った。

「あ!千秋先輩のお父さん!」

黒のタキシードに身を包んだ雅之がそこにいた。あっという間に女性ファンに囲まれる。静かだったホールは一気に騒然となった。ふん、タキシードに無精髭。それにあの髪型はなんだ?ちょん髷か?伸一は顔を引き攣らせながら呟いているとふいに雅之と目が合った。雅之は一瞬、にやっと微笑むと女たちの群れを掻き分けるようにして伸一に近付いてきたのだ。

「おまえまで来てくれるとはなあ」

「ふん!のだめはまだプラハが不案内だからな。付き添いで来てやっただけだ」

「ふん!まあなんでもいいが。どうだ、控え室に来ないか?」

「なんで貴様なんぞの控え室に!」

「あー、なになにシュトレーゼマンがな。おまえに会いたがってるのよ」

シュトレーゼマン?そうか、ほんとに彼が指揮をするんだ。パーティーの席なんかで、それもしこたま酔っ払ってたってのにそんな約束したんだな。ったく出鱈目な人だ。伸一はほとほと呆れ果てたが、それでも師匠だ。一応顔を出すことにした。

ホールから関係者以外立ち入り禁止の看板が立つ廊下を抜け、控え室に向かった。父の背中を追って歩く自分が不思議だった。

「なんだ先輩、お父さんと仲良しじゃないですか!」

とめぐみは相変わらず無神経なことを言う。仲良しなんかじゃない、ただの他人なんだ。だから関係ない。今はただシュトレーゼマンの元へ案内されているだけだ。そう伸一が自答しているうちに控え室に着いた。雅之がドアを開けるとシュトレーゼマンのハイテンションな声が鳴り響いた。

「おー!伸一!懐かしデスねー!会えなくて寂しかったー」

「先週まで毎日一緒だったじゃねえか!」

「毎日一緒にいるなんて伴侶と一緒でーす。そこにいないだけで寂しくなる」

シュトレーゼマンは伸一を抱き締めるフリをした。

「ちょっとミルフィー!ダメですよ!千秋先輩はのだめの伴侶なんです!」

「おーのだめちゃーん。ごめんなさーい。そーでした。二人は婚約してるんでしたねー。とーころで赤ちゃんはできましたかー?」

「まだに決まってるだろ!婚約中であって結婚した訳じゃないんだ」

伸一の反論にシュトレーゼマンは両手を天井に向け、嘆くように首を左右に振った。

「おー、伸一。相変わらず情熱が足りませんねー。もっとドラマチックな人生歩んで下さーい。父君のよーに」

シュトレーゼマンの指差す先で雅之が映画俳優のようにポーズを取って見せていた。

「ノー!だめです千秋せんぱーい。こんないやらしい中年になってはー」

のだめが叫びでその話は終わった。

「もうじき開演。オレたちは客席に行っています」

そう言って伸一は控え室を出ようとドアを開けた。めぐみが先に出た。その後に続こうとした瞬間、雅之の声が耳元で聞こえた。振り返ると父の顔がすぐそこにあった。

「母さんは元気か?」