帰ってきた不発連合-又は忘れじのバックドロップ- このページをアンテナに追加

June 02(Sat), 2012

[]休日派宇宙と未来日記 休日派宇宙と未来日記を含むブックマーク

 ゆりかもめで船の科学館駅に着いたのは14時過ぎ。フジテレビ周辺は賑わっていたが、この辺りは閑散としたもので駅前の駐車場には数えるほどの車しか停まっていなかった。意外とこの辺に住んだら住んだで快適なのかもしれない。住む事はないだろうけど。駅から歩いて5分弱のところにある、日本科学未来館へ行く。先日、会社の別部署の方からここの企画展の招待券をいただいたのだ。

 企画展名は「世界の終わりのものがたり」。73個の問いかけがあり、そのつど一人一人が考え、何かしらの回答をしていくというもの。たとえば「危機を予測できるとしたら知りたいですか」「細く長く生きるのと、太く短く生きるのではどっちがいいですか」「どこまで『わたし』なのでしょう」「人類はなぜ進歩するのでしょう」「世界には何が一番必要でしょう」「いまあなたは何が必要ですか」――ふむ、いかにも震災以後の企画である。

 根源的な問いかけばかりで、小中学生にいいかもしれん。大人がこれで感心していたら、ずいぶん能天気だねと言いたくなるが。そもそもここで問われている質問および回答の一つは、数多くの小説や映画をはじめとしたフィクション(≒芸術)で描かれているもので、こうやって改めて問いかけられるというのも経験の一つだとは思うけれど、己の中での明確な回答よりも、フィクションを味わった後に残るふわっとした感情の方が重要だよねと思う。まぁそれはショップにあった「世界の終わりの本棚」コーナーにある本を読め、という流れに繋がるのかもしれないけれど。

 企画展鑑賞後、Geo-Cosmosを長椅子に寝っころがりながら眺めて、上の階の常設展へ行く。実はこちらの方が目当てだった。ロボットやらタッチパネルで今と昔を比較するものやら、日本の最先端技術が集まっていて、何とも楽しい。さらに上の階では宇宙について、医療について、深海について、地球についての展示が集まっていて、どれもなかなかに興味深い。それほど人が来ないのだろう、係員さんが熱心かつフレンドリーで、いつもだったら「構わないで」と思うところ、今日は説明をきちんと聞いてしまった。宇宙はでかすぎて何やら頭がぼーっとしてしまうし、そもそも深海の事だってよくわかっていない。なんとまぁ世の中は広いのだ。広いという言葉すらちっぽけに思うほどだよ。レベルの違いに、うすら怖くなってしまう。

 ショップを覘いてから、ぶらりお台場ガンダムの近くまで歩いていき、ご多分に漏れず写真を撮ったりしてから、りんかい線の東京テレポート駅から新宿に出る。紀伊國屋に寄ったらナンシー関の最新刊(!)『お宝発掘!』なる本が世界文化社から出ていた。「初収録コラム集」らしい。評伝が出るので、この機会にお蔵出しといったところか。購入。

 新宿ピカデリーで、宇宙つながりというわけではないが、『メン・イン・ブラック3』を見る。2D字幕版。タイムトラベルものとしては雑すぎるし、疑問点も残しすぎなので落第点と言ってよいが、まさかこのシリーズ作品でこんな気持ちにさせられるとは思わず、にんまりしながら劇場を出た。たのむから、もう続篇は作らないでほしい。これで見事な完結です。

 地元に戻り、メシ喰ってから帰宅。お茶を一杯飲んで入浴、日記書き。何故か日曜日の気分だったので、一日得した気分に。簡単な男だ。明夜はライブ有。

June 01(Fri), 2012

[]本業から外れている方が好き 本業から外れている方が好きを含むブックマーク

 先日古本屋で購入した蓮實重彦『映画巡礼』(マガジンハウスを読んだ。著者が行った映画祭のルポであり、また一種の映画祭論。途中、少しばかりかったるくなったが、どこか『随想』(新潮社)と似た空気で、おもしろく読んだ。1993年発売だから、アッパス・キアロスタミが『そして人生はつづく』(92)を発表して話題になった頃の話。

 そのまま最新刊、『映画時評2009-2011』(講談社のとりあえず見た映画の項だけを読んだ。「ほほう」と思う個所もあれば、「何言ってんだかようわからん」と思う個所もある、いつもの蓮實映画評であった。

 二冊続けて読んでわかったのだが、俺は蓮實氏の(本業である)映画評以外の文章の方が好きなようだ。『映画巡礼』しかり、『随想』しかり、映画にも触れるけれど評ではなく、乱暴に言うなら雑文となるのだろうか。枝葉が多い方が著者の持って回った文体に適している気がするのだ。ほかにそういう本ないかな。

映画巡礼

映画巡礼

映画時評2009?2011

映画時評2009?2011

May 31(Thu), 2012

[]特に意見は言わず 特に意見は言わずを含むブックマーク

 今夜も仕事関連の会食で、そもそも会食って苦手だから避けたいのだが、今夜は映画好きが集まると聞いて興味を覚えて出席してみた。出席者の多くが60歳以上で、普段接しない世代からいろんな意見を聞けた。なかでも一番柔軟でかつおもしろかったのは80過ぎの方で、昔のものから最近作までよく見ており、自身の体験を踏まえた鋭い視点だった。魅力的なじいさんで、この人に会えただけでも参加してよかったかな。

May 30(Wed), 2012

[]寝不足ではないのに 寝不足ではないのにを含むブックマーク

 仕事で会食だったのだが、始まる前から眠くて仕方がなく、終わる頃には半分スイッチが切れていた。いかんね。とりあえず寝る。

May 29(Tue), 2012

[]切り離された白い世界 切り離された白い世界を含むブックマーク

 ジョイスキャロル・オーツ『オン・ボクシング』(北代美和子訳、中央公論社。ボクシング論だがかなりポエティックで、その酩酊しているような書きっぷりは見事でおもしろいが、難解といえば難解。野蛮で孤独、人間的でありながら変態的、かつ神秘性を持っているボクシングの摩訶不思議さ。インサートされている写真もすばらしく、中でも試合直前と思しきボクサー、コーチ、トレーナーの三人の佇まいが試合の興奮と不安を体現していた。何せ殴り合いであるのだから、陰惨な内容もあるが、変な言い方だが読後感が妙に白い。

 人生は、多くの不安定な点で、ボクシングに似ている。だが、ボクシングは、ボクシングにしか似ていない。

 なぜならば、たとえ五百の試合を見たとしても、それは五百の試合を見たことにしかならないのであり、その五百試合には、確かに共通項がありはするが、その共通項を知ることが、最大の興味の的ではないからだ。かつて、カトリック作家のフラネリー・オコーナーは、こう言った。「聖餐のパンが象徴にすぎないのなら、そんなものは、クソくらえだ」

 マイク・タイソン論も併録されており、カス・ダマトとの美しき信頼、はちきれんばかりのタイソンのボクシングと将来。その先を知る我々としては、このまま行けばなぁと思うしかない。もっとも著者はこの時点でタイソンの本質を見抜いており、「金と欲とセックスにまみれた三文オペラ」の主役となってしまったと批判しているようだが。言うまでなく、カス・ダマトがいてくれたら。

 それにしてもボクシングは興味津々だが、一体どこから見て、知っていけばいいのやら、よくわからない。遡れば遡るほど、魅力的な選手や試合が多い。とりあえずパッキャオはチェックしておこう。

オン・ボクシング

オン・ボクシング

[]つかんだものは つかんだものはを含むブックマーク

 多和田葉子『雲をつかむ話』(講談社。実は最初から最後まで読み通した初めての多和田作品。端正な筆致で、濃密な言葉と文章が紡ぐのはタイトルのまま雲をつかむような話。帯文にあるような《胸躍る話》ではなく、とはいえ心が沈むわけでもなく。物語という虚構の危うさと強さを感じ取れて、さらにその先か、はたまた手前にある現実と人間性の曖昧さもつかめそうだが、果たしてどうだろう。とても説明しにくい小説だった。そんな物語の終盤、雲ではなくこちらの胸ぐらをつかむような展開になり、少々ギョッとした。あれがいいのか悪いのかは、よくわからないままだ。これはリアリズムと言っていいのだろうか。

 しかし一月から十二月まで突風のように移動しているうちに、自分はもしかしたらすでにあの世の人なのかもしれないという気がしてくる。生きていると思っているのは本人だけで、みんなの目にはわたしはもう見えなくなっている。

雲をつかむ話

雲をつかむ話

May 28(Mon), 2012

[]捜査官Xの神秘 捜査官Xの神秘を含むブックマーク

「変な映画だった」以外に書きようがないのだが、一応感想を書いておこう。

 『捜査官X』(監督/ピーター・チャン 出演/ドニー・イェン金城武タン・ウェイジミー・ウォングクララ・ウェイ、リー・シャオラン)

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 天才的変態的推理力を持つ捜査官シュウ(金城武)、正義のためなら女房も泣かすし賄賂だって厭わない(正義って何かね?)。一方、容疑者は涼しい顔のクンフーの達人と思しきリウ・ジンシー(ドニー・イェン)、もちろんその予想は的中する。この二人が中国の山村を舞台に、いろんな意味で大暴れする様を縦横斜めに自在に動くカメラでとらえている。昨今珍しいくらい死体をはっきり見せ、どこからどう見てもヘンテコ映画であるにもかかわず、妙な品があるのがおもしろい。

 話の構造からすれば主役の二人と父親さえいればいいのだが、その他細部まできちんと神経が通っているのがいい。建物や美術は気合が入っていて実際にありそうだし、奥さん連中は美しくもエロチックかつ意志が強そうで、村の民もいい顔をしていた。

 ユニークすぎる切り口と映像で事件を解剖し、二人がお互いにボケているのかツッコんでいるのかよくわからないエキセントリックな漫才を見せつけられているような前半を、後半で一体どう畳んでいくのだろうと思っていたら、こちらの想像をはるかに上回るドラマとカオスが生まれてくるものだから度肝抜いた。正直言って雑な構造になっているが、それも飲みこんでしまうような勢いで、最終局面に至ってはリウ一家と父親(ジミー・ウォング)が食卓を囲んだところから始まる「認めろ、認めない、帰れ、帰らない、オマエが駄目ならコイツを、ふざけんな縁切ったろ、よしクンフーで勝負だ」という父親殺しにまで発展させた上に、その父親のラスボスっぷりがすさまじく、これまたどうすんのよと思ったところにあの結末なものだから、もう頭はぐるぐるである。

 そんなぐるぐるの中ではじまったエンドロールで、「チ×コ、チ×コ」と言っているようにしか聞こえない主題歌が流れてきて、別に勝負を挑んだつもりはさらさらないのに完敗したという気分になってしまったよ。

May 27(Sun), 2012

[]休日派さらば吉祥寺モトヤ日記 休日派さらば吉祥寺モトヤ日記を含むブックマーク

 今日は何事もなく起床。朝食はカフェオレのみ。昼に外出し、新宿伊勢丹へ。小銭が入ったので、ちょいと贅沢に天一天丼を食す。うーまーいーぞー。たまにはいいよね。メンズ館でスーツなんぞを見たり(冠婚葬祭で使えるのがないので)、地下でちょいと贈り物を見繕ったりするも、結局は何も買わず。

 紀伊國屋で二冊ばかり購入してから草太と待ち合わせ。新宿御苑の方へ歩いていき、フォトギャラリーPlace Mで開催中のportfolio exhibitionをのぞく(今日が最終日)。11人のポートフォリオ展で、大学時代の友人が参加しているのだ。こういう合同写真展を見ると、どういう意図をもっているか、どういう文脈を考えているかなどの差がはっきりわかっておもしろい。写真って難しいよなぁ。俺ももっと撮ろう。

 一休みしてから新宿駅まで戻り、草太と別れて吉祥寺へ。昨日書いた通りモトヤエクスプレスの閉店日なので、飲みおさめである。いつもの通りうまし。昨日も書いたが、吉祥寺でのコーヒーライフが激変するなぁ。今までうまいコーヒーを有難うございました、ごちそうさまです。

 惣菜を買って帰宅。夕飯喰って、みかん茶飲みながら昨日の続き「NHKスペシャル オウムvs警察」を見る。今夜はタイトル通り、オウムと警察とのやり取りである。スリリング。警察が追い詰めたからオウムは行動を起こしたわけだが、逆に言えば警察が追い詰めなかったらもっと大きな悲劇が起きていたのだ。あと一歩、悔しいだろうなぁ。1時間で終わってしまったが、もっとやってほしかった。正直、昨夜のラスト30分の方がおもしろかったな。

 風呂、日記書き。また一週間が始まるが、明日は上司が出張でいないのでのんびりだ。やる事あるけどね。