『デュプリシティ〜スパイは、スパイに嘘をつく〜』鑑賞。監督・脚本、トニー・ギルロイ。出演、ジュリア・ロバーツ、クライヴ・オーウェン、トム・ウィルキンソン、ポール・ジアマッティ、デニス・オヘア、トーマス・マッカーシー、キャスリーン・チャルファント、ウェイン・デュバル。
軽快なスパイ・コメディを期待していたが、なんとまぁ地味でまじめな作品だろう。笑えるところはいくつもあるし、楽しめたのだが、ちょっと拍子抜け。しかし、監督・脚本がトニー・ギルロイなんだから、そんな作品になるのは当然だったのかもしれない。
産業スパイがライバル会社の新製品を盗む、のを盗もうぜ、という物語。産業スパイってところが現代的でおもしろいが、ドキドキするような場面が新製品情報を盗む場面の一カ所くらいしかないのは淋しい。現在と過去、時間軸を前後させながら真相を見せてくる。そういう演出は嫌いじゃないのだが、この場合は最後に一気に種明かしの方がよかった。
正直言って、ジュリア・ロバーツの魅力があまりなかった。笑顔も、いつもよりキュートさが半減していた。何が悪いってわけではないのだが。相方クライヴ・オーウェンは色気があって、なかなか魅力的。ちょっと色気が多過ぎるほど。でも、二人でイチャつく場面は、心のどこかでまた相手を信じ切れずに疑っているぎこちなさが出ていて、おもしろかった。
主役二人に比べて、脇役が渋くていい。特にポール・ジアマッティ。負けず嫌いで、ライバル心剥き出しの小物を好演。株主総会の大演説もすばらしい。
ラストの大どんでん返しは、それなりに驚きではあるものの、「あーそういえば、あれがこうなって、ここに繋がるのか!」という伏線が全然ないのがつまらない。『フィクサー』ではこの地味さ、まじめさがよかったが、「笑い」を主軸にした本作では物足りない。ややビターな締め方で、その苦さは俺は好きだけど、もう一つくらい逆転劇が見たかった、というのが素直な感想だった。
ところで、『レッドクリフ』の時も思ったが副題は何とかならなかったのだろうか。客が増えるとは到底思えない副題である。だいたい「スパイがスパイに嘘をつく」って、そりゃつくだろうよ、スパイなんだから。作品を見れば多少、深読みできなくはないが、いくらなんでも、ねぇ。
現代のパラノイア?
トム・ロブ スミス『チャイルド44』上下巻を読んだ。傑作とは言わんが、なかなかおもしろい。
児童連続猟奇殺人事件が主なる事件だが、テーマとしては別。ソ連と社会主義体制とは、どんな体制だったのか。そして、国家と個人の違いとは。
上巻では、ミステリー要素はいくつかの伏線と思しきものがあるだけで、ほとんど社会主義体制下のソ連という国を描いている。常に疑心暗鬼、全てを疑い、何を信じたらいいのか。騙し合い、殺し合い、密告し合い。誇張があるだろうけど、ろくなもんじゃないな、社会主義。息が詰まるような日常の描写と、主人公レオがエリート街道から転げ落ち、どんどん追い込まれていく姿を見て、「もういいよー」と思ってしまった。
が、下巻になるや、上巻で丁寧に築き上げた世界構造を踏み台にして一気に駆け抜けていく。絶望は常に隣にあり、一歩間違えれば死。ギリギリの線を交わしながら、なんとか前進。うーん、スリリング。
ただ、クライマックスはイマイチ。ここまで築き上げたのならば、もっと濃厚に描いてもよかったのだが、やや希薄。そのため、犯人の動機が納得しかねるものだった。惜しい。社会主義体制や、「理想の国」の本質、一人ひとりの人間の心の肯定などが大きなテーマなので、そのぶん「味わい」はなかったかな。まぁ、全部描くのは無理だし、これがデビュー作らしいので次に期待。
個人的に、文字が大きめでパラパラ見えて、読んでいて落ち着かなかった。あと、田口俊樹の訳、特に会話が、ローレンス・ブロックの作品に比べて妙にガコガコしていた気がした。
リドリー・スコットはどう料理するのか。ちょっと楽しみ。
- 作者: トム・ロブスミス,Tom Rob Smith,田口俊樹
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