不発連合式バックドロップ

日記と余談です。

わたしは、ダニエル・ブレイク/名前を呼んでくれ


 俺はパソコンどころかマウスの使い方もわからなくて、あんたたちがいなかったら何にもできないんだけど、代わりに工具箱を使ってあんたらが直せないものを直せるんだよ。困った事があったら言ってくれ……。その相互協力は言い換えれば支え合いであり、それは自分を数値化するポイント制ではぎ取られてしまった個性を認める事にほかならず、つまりそれは尊厳と呼ばれるものなのだろう。そして人を数値化して対応するシステムは、言うまでもなく尊厳を奪っているのである。万引きしてしまう事よりも、フードバンクでの彼女の不意の行動にこそ胸詰まる。
 ケン・ローチの面目躍如たる国家のシステムへの静かな怒りに満ちた一撃。余計なものを削いだ引き算の脚本と演出でストーリーラインを明確にし、時に失望や悲哀を笑いに転化しながら共感と理解を作り、あの瞬間へとつなげる手腕は見事。システムとそこに無意識に組み込まれた人々の冷淡さと、顔を見て挨拶したり話したりする人達の暖かさの対比、それによって「I, Daniel Blake」の一言が響く。少なくとも彼は不幸ではなかった、と思いたい。彼には友達がいたのだから。
 主人公ダニエルを演じたデイブ・ジョーンズは、私はたぶん初めて見たんだけど、ビートたけし+フリーみたいな顔つきだった。彼をはじめとして、登場人物たちの造形、輪郭の取り方が抜群だった。個人的には素直によかったと思える久し振りのケン・ローチ作品だったが、一方で「ユナイトしよう」という力強さのもっと手前にある、「支え合おう」を言わなければならないローチが抱える社会への切迫も感じ取った。
 それにしても本作に限らず、世界的に反緊縮財政の声が大きくなっていると思うのだが、何故か日本のリベラル左派はそれに逆行しているように見える(リベラル左派という括りが違うのかもしれんけど)。その理由はいまだによくわからない。

ゴースト・イン・ザ・シェル/私のゴーストは囁かない


 本作を見ている間はずっと実写化のイメージビデオを眺めている気分になった。原作漫画も、アニメは映画もテレビシリーズもほとんど見ているくらいには『攻殻機動隊』は好きなのだが、ある程度の脚色・アレンジは別に構わないのだけど、愛ゆえのオマージュというよりも、原作の評価の高さに臆してしまったがゆえに原作のラインを丁寧になぞっているだけの部分がそこかしこにあるぶん、逆に歪さを感じさせてしまったように思う。ビジュアルに至っては原作や『ブレードランナー』が見せてくれた近未来そのままで、ノスタルジーすら抱いてしまったよ。
 人間と機械、現実と虚構、過去と現在、個と全体、企業と国家といった二項対立の先にあるはずの新たな地平線に足を延ばすような原作に比べると、20年経っているのにその足元に止まっていたのは些か残念だった。家族やらロマンスやらの要素もたいへんに中途半端。スカーレット・ヨハンソンの美貌とスタイルは堪能したけど、どうにも脆さが目立ってしまい、少佐の寄る辺なさとハードボイルドな鋼の精神と茶目っ気がないの残念無念でした。よろしくない評判ばかりを見たビートたけしの演技だが、個人的には悪くない、いや、よかったとすら思ったよ。滑舌はともかく、銃を撃つ瞬間だけ武映画そのものだった。