黄金の虎 U Zlatého Tygra にいる気分

話は少し前後します。


一昨日、南陀楼綾繁(ナンダロウアヤシゲ)さん(id:kawasusu)推薦の千野栄一著『ビールと古本とプラハ』が届いて、すぐに読み始めたら、ビールが飲みたくてたまらなくなって、夕方近所のコンビニに走った。できれば、中心街のライオンにでも行って生ビールをぐびっとやりたかったが、色んな事情から諦めた。しかしせめてチェコ人のようにちょっとこだわりたいなあと思って(あるチェコ人は旅先の日本でまで母国から持ち込んだ自分の好きな銘柄のビールを、しかも決して缶ビールではなく、重たいのを承知で瓶ビールを持ち歩いていたという。本書22頁参照)、缶ビールではなく、瓶ビールを1本買って帰って、さっそく栓を抜いた。泡立ち加減に気をつけながらグラスに注いで、泡が髭につく感覚も楽しみながら、ゆっくりと味わった。ちょっと冷え過ぎだったが、旨かった。たちまち部屋が私だけのライオン、いや虎になった。『ビールと古本とプラハ』は一見気軽なエッセイの文体で書かれているが、随所にチェコがくぐり抜けてきた政治的動乱の深い傷跡のような記憶がさりげなく記されていて、よく出来たビールのように味わい深かった。家にいながらにして、千野栄一さんに連れられて、百塔の町と呼ばれる美しい古都プラハで一番ビールが旨いと評判の店「黄金の虎 U Zlatého Tygra」にいる気分にもなった。プラハ在住の id:rybicka さんほか、「黄金の虎」を訪れた方々の日記もあれこれ読んで、いやがうえにも臨場感が増した。フラバルとハヴェルとクリントンが黄金の虎でさあ……。ちなみに、チェコ語の "U Zlatého Tygra" (ウ・ズラテーホ・ティグラ)をグーグルのチェコ英翻訳にかけると "The Golden Tiger" と出力されるが、他のスラブ系言語と同じでチェコ語には冠詞はない。"U" は定冠詞ではなく、ロシア語の "y" に相当する場所を表わす前置詞であるから、 "At Golden Tiger" がまあ正しい。店名に冠詞ではなく前置詞が付くというのは、些細なようで、実はチェコ語の本質的なありようを垣間見たような気にさせる。偉そうじゃない、控えめな懐の深さ、一種の柔らかさを感じる。クラシック音楽好きの間では、作曲家の母国語に冠詞の有る無しがアウフタクト(弱起)の有る無しに関係するや否やという議論があるようだが、実際にドヴォルザークの曲にはアウフタクトが少ないのだろうか。そんな研究もあるんだろうな。



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