ちょっと前から気になっていたこの本を読む。
東京ディズニーランドでバイトし始めたちゃらんぽらんな若者が、夢の舞台を作る現場の喜びに目覚めるストーリー。前半は、文献か取材かで集めたのであろう舞台裏情報の数々を、小説の形に整理・紹介しようとする手つきが窮屈。けれど後半になると、ショーの出演者同士の競争心、紛失事件、現場の苦労を知らないお偉いさんの介入など、バックステージものらしい物語性がようやく動き出す。
あのテーマパークの裏側を想像したい人は、そこそこ楽しめるだろう。冷たい論理で動く組織であると同時に、夢を作る舞台でもある――ディズニーランドのそんな二重性に愛憎拮抗しながらも仕事のやりがいを見つけていく展開は、フリーター向けの教導書みたいにも思える。
本の最後には
実在の団体名、個人名、事件とは全く関係ありません。
その為、実在しない名称、既に廃止された名称等が含まれています。
と記されている。また作中では、運営会社が「オリエンタルワールド」とされている(実際はオリエンタルランド)。そのように現実の東京ディズニーランドとある程度距離をとることで、具体的な場所をモデルとする小説の出版が可能になったのだろう、と推察する。参考文献を記さないのも、そのせいか。もし、TDL情報満載の参考文献を掲げたら、実在するものとの結びつきを強調することになってしまうから。
ただ、小説の内容から、これを参考にしたのではないかと連想した本はある。93年刊の青木卓『ディズニーランド裏舞台 夢の王国で働く人の物語』ISBN:4764500922。
青木の本は、ルポライターが身分を隠してTDLで働き、その体験をまとめたもの。
- 本社採用の正社員や準社員(バイト)ではなく、外部の会社で採用された委託社員(『ミッキーマウスの憂鬱』では契約社員)が主人公
- それら“社員”の地位の差で軋みがある
- 主人公の配属先がぬいぐるみの着脱を助けるなどする美装部
- ショーのクルーが美装部を下にみる傾向がある
- 本当はショーの出演者になりたい夢を持ちつつ美装部につとめる女の子が登場する
――など、『ミッキーマウスの憂鬱』は、『ディズニーランド裏舞台』と少なからずモチーフが共通している。
『ミッキーマウスの憂鬱』を楽しんだ人は、ぜひ『ディズニーランド裏舞台』も読んで欲しい。『ミッキーマウスの憂鬱』は、3日間の物語として書かれている。一方、『ディズニーランド裏舞台』は、取材という目的を隠し潜入したとはいえ、もっと長い期間一緒に働いたことで生まれた同胞意識から、バックステージの青春群像を描いている。そこには、小説に匹敵するかそれ以上の情感がある。
- 最近自分が書いたもの
- 「新本格隆盛期に書かれた幻のデビュー作」(横山秀夫『ルパンの消息』の書評) → e−NOVELS 週刊書評http://www.so-net.ne.jp/e-novels/hyoron/syohyo/241.html