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羊男読書日記 このページをアンテナに追加

2018-06-10 東海道寄り道紀行

[]東海道寄り道紀行

東海道寄り道紀行 単行本 – 2012/7/21

種村 季弘 (著)

[内容紹介]

ドイツ文学者評論家にして温泉マニアの貴重な単行本未収録紀行文集。東海道周辺から奥飛騨山陽方面まで。お湯、鉄道民俗の旅。

[感想]

ドイツ文学者である、故、種村季弘さんの単行本未収録の紀行エッセイ集。

真鶴に住んでいた著者の近場の東海道周辺から信州奥飛騨美濃などへ足を伸ばした後年の旅行記。

雑誌掲載の短めで軽めエッセイであるが、著者特有衒学的な話も薄く鏤められ、それはもう明鏡止水のような文章が心地よい。

とても好きな書き手の未収録エッセイであり、もったいなくはあるが、一息に読んでしまった。

まだどこかにこうした老境の文章があるとうれしいのだが、もはや再読するしかあるまいな。

文学歴史民俗といった広範な知識を歩き語りするのだが、学術的な嫌味など微塵もなく、もはや好好爺しか言いようがないほどに俗間を漂っている。

この手の旅行記は、郷土料理や酒を散らかしてお茶を濁しながら、自分を語るものが多くて、げんなりする。

かといって文学知識が先行する先生的な文章でもなく、温泉のようにまったりしているところが、ほかの書き手とは一線を画している。

歩き語りのなかでは泉鏡花作品の背景が一貫した流れのような気もするが、和田芳恵田中冬二、藤枝静男折口信夫国枝史郎などへの慕情が滲み出ていて、心地よい。

また、温泉好きの種村季弘さんがたどり着いた温泉場そばや酒を召している姿がほほえましく映ってくるのが、とてもうらやましく思える読み物である

東海道寄り道紀行

東海道寄り道紀行

2018-06-03 ミステリ・オペラ

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ミステリオペラ 宿命殺人事件

(ハヤカワ・ミステリワールド) 単行本 – 2001/4

山田 正紀 (著)

【紹介】

昭和13年満州平成元年東京。50年の時空を隔てて、それぞれの時代で起きる奇怪な事件。本格推理の様々なガジェットを投入した壮大な構想の全体ミステリ

感想

探偵小説しか語れぬ真実もあるんだぜ。」

一年かけて、ようやく読み終わった。

上下二段682頁。

とにかく長いが面白い執筆3年かけているのだから、1年ぐらいかけて連載小説のように読んだのがよかったのかも。

昭和13年満州平成元年東京舞台とした本格推理のあらゆるガジェットを投入した壮大な構想の全体ミステリ」とあり、これでもか、これでもかの各々の時代で起こる歴史的事件殺人事件やのたたみ掛けには、確かに壮大としか言いようがない。

そして古くから山田正紀ファンにとっては、現在過去を行き来するSF物語は、往年の「崑崙遊撃隊」や「エイダ」といった虚実ないまぜにした冒険小説面白さに相まって、舞台となる戦前戦後昭和時代ノスタルジック雰囲気も相乗効果演出しています

「全体ミステリ」との言いようですが、確かにペダンティックではないものの、伝統的な「ドグラ・マグラ」や「虚無への供物」、「匣の中の失楽」といった、いつ終わるかわからない、めくるめく迷宮と似た感触があるのは確かですね。

こうした全体ミステリへのオマージュだったのかも知れませんし、「検閲図書館」という歴史のすべてを記録するかのような超越的な存在の登場は、「ドクラ・マグラ」の「胎児の夢」に似たメインテーマと同様に、不気味な読後感を残したまま終わります

2018-05-20 バーナム博物館

[]「バーナム博物館スティーヴン・ミルハウザー

バーナム博物館』は、表題作をふくむ十の短編を収めた幻想短篇である

表題作は、怪奇趣味ノスタルジーで彩られ、街の人々に愛されている、奇妙な博物館を描く「バーナム博物館」。

幻想小説特有な「迷宮」や「魔法」や「幻影」といったノスタルジックキーワードが彩られている言葉使いは、博物館の展示品そのものの有り様に連想される。

また、『アリス』や『千一夜物語』などを下敷きというか、著者の妄想のままに換骨奪胎した短編がいくつも収められている。

それ等はとてもマイナーな味覚なので、万人におすすめできるような小説群ではない。

そのため、ハマる人にはハマる、幻想オタクに近い虚構世界

引退したはずのシンバッドの幻の第八の航海や、想像行為限界を描く「ロバート・ヘレンディーン発明」などは、ボルヘスに近い味覚であり、王道に近い幻想文学であって、いろんな妄想小箱が静かな海に漂っている感じ。

緻密な妄想を細部に宿す作風は、奇妙な懐古趣味と相まって、わけのわからないものと一緒に洞窟に閉じ込められた悪夢のようでもある。

2018-05-13 澁澤さん家で午後五時にお茶を

[]澁澤さん家で午後五時にお茶

澁澤さん家で午後五時にお茶を」種村季弘

幻想文学の二大巨匠といってよいのか、どうか。

文学だけではなく、魔的な絵画博物誌にまで及ぶのは、このふたり共通した何かしらである

その盟友が澁澤龍彦に関する書評エッセイを一冊にまとめたもの

1970年以降約四半世紀の間に書かれた32編だそう。

的確な言葉では推し量れない、澁澤龍彦を盟友である種村季弘が語った贅沢な本である

必ずしも「澁澤龍彦」論ではなく、彼との交友と日乗を綴ったものであり、昭和に彼らの本を読んで育った文学青年たちには当時が偲ばれるエピソードが満載である

ノスタルジックな話ばかりでなく、種村さん特有ユーモアに溢れているし、硬派な読解もあり、硬軟入り混じる、広がりのある本である

それにしても昭和という時代が疾うの昔に終わっていることを思い知らされたなあ。

澁澤さん家で午後五時にお茶を

澁澤さん家で午後五時にお茶を

2018-05-06 行人

[]行人

行人夏目漱石

兄弟である弟を語り手に、孤独に生きる兄を描く家族小説

妻を信じることもできず、妻の愛情を弟に確かめさせるような行動にも出る兄。

高等遊民という言葉でも語られてきた後期三部作であり、「塵労」という仏教用語を使い、厭世的な世界観が見える小説

この「塵労」という言葉は、世の中における煩わしい苦労を指していて、この兄はそうした俗世間から隔たりたいという雰囲気を持っている。

宗教に疎い私などにとっては、煩悩のなかで心地よく生きていくことだけが、正しい大人という世界観しかない。

その地点からみると、意味不明な苦労なのである

悩みという共通感覚からすれば、出社拒否不登校無気力といった現在のマイナス行動に近く思える。

出家したいが出家などできない、という感覚は様々な日本的社会規範世間的な風評にがんじ搦めになってしまって、そこから抜け出せない私たちと似ているのではないか。

この小説も「彼岸過迄」と同様、物語りに終わりはなく、ぷつんと切れる。

その行方は読者に委ねられるかのようである

いまのサービス精神旺盛な小説からみたら、明治の頑固なじいさんそのものである

行人 (新潮文庫)

行人 (新潮文庫)

2018-04-29 彼岸過迄

[]彼岸過迄

後期3部作の第1作である

再読だけれど、ほとんど筋を覚えていなかった。

漱石はその序文で、数本の短編が集まってひとつつの長編構成する作品、だと言っている。

しかし、そんな感じはなく、漱石らしい長編小説、あるいは新聞小説といった風だった。

修善寺の大患」後初めて書かれた作品ということで、ところどころ、それを連想させるような意識の流れもある。

また、「雨の降る日」に描かれる幼児の死は、漱石の五女・ひな子が雨の夜に突然死してしまった事をモチーフにしていると言われている。

この章がとても切ない。

その事実を知っている私たちには、まるで私小説のようでもあり、ほかで書かれているような近代知識人の苦悩とかよりも、よっぽど身に染みるものとなっている。

森鴎外のような横柄さが当たり前だった明治において、漱石感覚孤立していたのかも知れないが、現代に通じる情感があるからこそ、国民作家と呼ばれるのだと思う。

彼岸過迄 (新潮文庫)

彼岸過迄 (新潮文庫)

2018-04-22 ニッポンの穴紀行

[]ニッポンの穴紀行 西牟田靖

ニッポンの穴紀行 近代史を彩る光と影

西牟田靖

「穴」というキーワードで集められた産業遺跡を訪ねる旅というか、雑多な廃墟文集

興味深いものもあるが、退屈なものもある。

読んで興味を持つものもあるが、なんとなく日本戦争に関する言葉が薄いような気がする。

それが「ニッポン」というカタカナ雰囲気に現れているのかもしれない。

前文にあるように「穴」にこだわっているが、自分感性にこだわったので、そうでないものもある、と言い訳をしている。

もう少し細かく分類した方が面白かったと思う。

やはり、鉱山なら鉱山でまとめて、建物の地下だけを集めた方が、読み手にとっては面白がれる。

著者の感性が読み取れない構成になっているので、雑多な廃墟を集めただけと感じてしまった残念な紀行。

ニッポンの穴紀行 近代史を彩る光と影

ニッポンの穴紀行 近代史を彩る光と影

perezvon6perezvon6 2018/05/07 14:54 拙著を発見し、レビューしてくださいまして、ありがとうございました。コンセプトの弱さについてはおっしゃる通りです。

2018-04-15 隣接界

[]「隣接界」

「隣接界」クリストファー プリースト

内容紹介

近未来英国フリーカメラマンティボー・タラントは、トルコアナトリア反政府主義者の襲撃により最愛の妻メラニーを失ってしまう。住まいであるロンドンに帰るため、海外救援局(OOR)に護送されるタラントだったが、道中悪夢のごとき不確実な事象が頻発する。彼の現実は次第に歪みはじめ、さまざまな時代を生きる違う男の人生侵食されていく。第一次世界大戦中、秘密任務を負うことになった手品師女性パイロットに恋するイギリス空軍の整備兵、夢幻諸島で名をあげんとする奇術師……。語り/騙りの名手プリーストがこれまでの自作モチーフを美しいパッチワークのごとくつなぎあわせ、めくるめく世界を生み出した集大成作品

感想

紹介文にあるように、プリースト集大成的な世界が展開される。

全体的に映画のような視覚的な話の流れであり、それぞれのエピソードが重層的に、かつ過去作品群とともに折りたたまれていく。

これまでの作品群の片鱗がいくつも現れ、確かにパッチワークのような構成で語られていく。

筆致が(もちろん日本語訳が)うまく、一気に読み進んでしまったが、随所にきっとプリーストならではの仕掛けがうめこまれていたのだと思う。

再読でそのあたりをもう一度、楽しめるのではないうかと思う。

本当に物語にひたれる楽しさを久しぶりに味わえた。

しかし、このラストは。。謎を説く続編が読みたいものだと切に思う。

2018-04-08 『坑夫』夏目漱石

[]坑夫

『坑夫』夏目漱石

漱石のもとに「自分の身の上にこういう材料があるが小説に書いて下さらんか。その報酬を頂いて実は信州へ行きたいのです」という話を持ちかける出来事が、この小説の発端とされている。

漱石には珍しい、実在人物経験を素材としたルポルタージュ的な作品

明治の頃の貧窮な地方鉱山労働者の現実漱石の緻密な文章から甦ってくる。

本当に貧しかった頃の日本垣間見えるのと、いわゆる当時のインテリ下層階級軋轢もよく現されている。

こういった作品夢野久作小説などで描かれているが、夢野のような大げさな表現から遠く離れた客観的な筆致に相当な現実を感じられる。

ただ鉱山町の飯場の異様な光景はなくなったわけではなく、ブラック企業による過重労働違法労働による搾取というかたちでいまも存在している。

そうした歴史的な移り変わりと、目に見えない変わらぬものの桎梏が心に残る隠れた名作だと思う。

坑夫 (新潮文庫)

坑夫 (新潮文庫)

2018-04-01 SF的な宇宙で安全に暮らすっていうこと

[]SF的な宇宙安全に暮らすっていうこと

チャールズ・ユウ

物理学的な多次元世界舞台に父と子の葛藤を描く家族小説

とでも呼べばよいのだろうか。

とにかく、ヘンな小説であることには間違いない。

面白いかと言われると、多少は。

と答えざるを得ない。

論文を読んでいくような楽しみがある人には、著者が何を考えているのかを追っていくのは面白いかもしれない。

しかし、家族小説として筋を追っていく読み方だと辛いものがある。

物理的な世界観少年期の家族への想いがない交ぜになって、奇妙なオマージュになっている。

それが実験小説のようにみえて、そうではない、うがっていないストーリーになっているところがまた、余計に読者を混乱させる。

新しい小説と言えば、その通りかもしれないが、器はとても古いパラレルSFのような気がする。

すぐには読後感のようなものが思いつかないが、ウェルズのような大言壮語しない家庭的な時間SFのようなものだろうか。

訳者円城塔小説と限りなく似ているような気がするのは、気のせいではないと思う。

そんなSF小説モドキだった。