鹿児島高齢夫婦殺害事件

表題事件の判決文を読んだ。こないだ最高裁HPにアップされたらしく部長から頂いた。ちょうど部内問題研究で情況証拠による事実認定をテーマとしていたから、この事件については興味があった。一応冤罪File2月号かな?そこで書かれた論稿には目を通していたけど、判決文をじっくり読んだのはこれが初めて。
しかし、検察にとっては厳しい判決だったように思う。現場に残された指掌紋、DNAが被告人のものと一致している中で、下された無罪判決。裁判員裁判の下、死刑が求刑されていた重大事件で極めて慎重に判断したものと評価できる。もっとも、このような判断が下される前提として、当該判決が引用する最判平成22年4月27日刑集64巻3号233頁がある。曰く、「直接証拠がないのであるから、情況証拠によって認められる間接事実中に、被告人が犯人でないとしたならば合理的に説明することができない(あるいは、少なくとも説明が極めて困難である)事実関係が含まれていることを要するものというべきであ」る。この判示部分をどのように考えるべきか、議論が展開されている。一般的には、個々の間接事実と要証事実との結び付きが弱い場合に、これらを総合判断して有罪認定を導く際には、反対事実の合理性を慎重に検討するように求めた、いわば情況証拠による事実認定の「在り方」を提示したものと考えられている(藤田補足意見参照)。情況証拠による事実認定が問題となる場合に、当該最判を引用したうえで反対事実の存在を主張していくという防御が弁護人の側から行われていく。本件でも弁護人は、指掌紋などに関しては警察による偽装工作の疑い、凶器となった100回以上も被害者を殴りつけたスコップに被告人の指掌紋、細胞片が付着していないことの不自然さなど反対事実の存在を主張されている。
本判決の特徴は、最判を踏まえて有罪方向の一つ一つの間接事実に対し、反対事実の存在の疑いを慎重に検討しているところにある。被告人のDNAが一致した細胞片が発見された点に関しては、過去にそこに触ったという事実しか推認できないとし、割れた窓ガラスに付着した指紋に関しては、被告人が過去にそこに触れた事実は動かせないとしつつも、写真撮影していないなど警察の採証活動の問題を指摘し、被告人以外の者の痕跡が存在しなかったとは断定できないと評価した。そして、特に重要なのが整理タンスに残された指掌紋の評価だ。本判決は、「被告人が公訴事実の日時ころに被害者方に侵入し、本件整理だんす周辺の荒らされた状態を作り出したと強く疑われるところである」とまで踏み込んでる。しかし、本来なら付着していたもおかしくはない個所に被告人の指掌紋が採取されなかったことを捉え、被告人以外の者が本件整理だんす周辺等の状況を作り出した可能性を示唆するものであるとし、被告人の本件指掌紋が付着した後に別人が本件犯行時に本件整理だんす周辺の状況を作り出したという偶然の一致も決して否定できないというべきであると断じる。これにスコップに被告人の指掌紋が付着していないかったことなどを加えて被告人に無罪判決を下している。
どう考えるべきだろう。鹿児島はかつて何回も冤罪事件が起きている。志布志事件なんて記憶に新しい。この警察不信は根深いものとなっているんでしょう。確かに、本判決が指摘するように本件は疑問点が多い。そりゃ100回以上も殴ればスコップに何らかの被告人の痕跡が残っていてもおかしくない。手袋してたんじゃないの?っていう素朴な疑問もあるけど、整理だんすにはペタペタと指掌紋が残っていたり、凶器となった証拠を目立つように残しており、そういう準備をする犯人とは思えない。また、整理だんすにはお金が残っていたこと、被害者の顔面をすさまじい回数殴りつけていることに照らし、えん恨目的と考えるのが素直であり、検察が主張するような強盗とは質が異なる事件だと思う。現場指紋等採取報告書によれば、採取した446点の資料のうち12の特徴点からだれのものか特定できたのは29点にすぎず、そのうち11点が被告人のものであり、これらは整理だんすに集中している。この不自然さが弁護人の警察による偽装工作の疑いの根拠となっているが、鹿児島の裁判員のみなさんは本音はこれに近いんじゃないかな??でも、さすがに警察による偽装工作を正面から認定することは憚れる。そこで、被告人が現場に行ったことがないとの主張に反することになってしまうし、事実認定で相当無理をしてしまうのを承知のうえで無罪判決にしたんでしょう。判決文を読むと裁判員を含む裁判所の警察の捜査に対する不信が伝わってくるものになっている。この判決による評価は難しい。前掲最判の趣旨を推し進めたものと捉えるべきなのか、取り違えたものと捉えるべきなのか。。。弁護人の立場であれば前者でこれを利用して防御活動を展開してくんだろうね。この考えだと、東電OL事件も1審のとおり無罪判決だろうしね。和歌山カレー事件は砒素という特殊な薬品を使用しており、これが被告人の自宅等から検出している間接事実は要証事実との結び付きが極めて強いから、そこまで射程は及ばないと思う。だけどね、東電OL事件は精子の劣化速度に鑑みるならば、反対事実が存在する合理性がかなりあると僕は思っています。