【エッセイ:4年間と3分間】

昨日、大学生の方との話しました。

大体30分から45分程度お話しするのですが(昨日は6人)、いろいろ考えさせられます。そして教えられます。

一番驚いたのは、「ゼミでやっていることを説明してください」との質問に対してかなり多くの学生の方が答えられないんですね。自分では理解しているものの上手く説明できないというのではなく、そもそも何をやっているのか自分でも分かっていないということに驚愕しました。

例えば、ハイエクに関するゼミなのですが、(私の質問)「新自由主義ってどういう考え方?」、(回答)「?。もにょもにょ(回答)」。よく分からないな、困ったな・・・。(私の質問)「ハイエクってどこの国の人?」、(回答)「わかりません」。ますます困った、じつは私も知らないんだよな・・・。
(因みにハイエクwikiはこれ。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%AA%E3%83%92%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%82%A8%E3%82%AF

もちろん、バイトに打ち込んだ、とか、エコについてのゼミでキャンパスのゴミ箱に分別を啓蒙する看板をつけた、とかも素晴らしいんだけど、何故、大学に行くのか、大学生である「4年間」にしか出来ないこと、つまり学問と教養を徹底的に身につけることがちょっと疎かなような気がします。

私も全く人のことをいえません。ラグビーばっかりでしかも大学5年間行ってしまったクチですから。私の場合、中学高校一貫だって余裕があったから同級生との話やや先生の講義で得ることも多かったということで少し助かってますが、やっぱり、今、大学で学問をしなかったことを凄く反省するし、こうして狂ったように本を読んでる訳です(本を読むことが埋め合わせになるか、という議論はあるが)。

というのも、金曜日の夜、中学校以来の親友と1年ぶりくらいに飲みました。昨年秋に体調を壊していたらしいですが元気そうで先ず一安心。お互い、共通のフレーズが出てきて大いに盛り上がりつつ考えました。

「3分間」
彼は日本を代表する金融機関で重職を担っているのですが、ある問題にぶつかったとき、とにかく「3分間」徹底的に自分で考える。徹底的の程度は「脳髄」を搾って。私も全く一緒です。私の場合は、「脳漿」を搾ってとにかく3分間、200%集中して一人で考えてみる、というものです。二人で一致したのは、3分以上考えても効用曲線は頭打ちになること。また、私が感じているのは、3分間でベストと納得出来る決断出来るように普段から考えておくということですね。

「チーム」
3分間考えて結論が見えないときは、チームで考える。いわゆる「3人寄れば文殊の知恵」。全く同感。

「あきらめない」「言い続ける」
例えば、ハスに構えたような部下に対しても、切り捨てるのではなく「あきらめないで頑張ろう」「絶対出来る」と『徹底』して鼓舞して応援するそうです。というのも、難しい局面では、自分がそこで部下を見切ったら、それで終わってしまうからだそうです。彼の場合は、非常に大きい組織であるので、このあたりのヒトへの考え方は私を取り巻くところと違うかもしれませんが、根っこは同感です。

「哲学と教養」
彼は60名程度の組織の長なんですが、自分の言動のバックボーンに「哲学と教養」がなければヒトはついてこない、とのこと。これも同感。この基礎を学ぶのは大学の4年間、そこに立派な幹と枝と葉を育てるのがその後の時間だと感じてます。

非常に良い3時間でした。

p.s.
21年ぶりの阪神優勝がお互い高3だったので、私のiphoneに入れているバックスクリーン3連発を見せたら涙ぐんでました(笑)

ついでに、彼も最近歌舞伎にハマッたそうです。私の歌舞伎熱を超えて、関西まで見に行っており、また、私の一番のご贔屓の仁左衛門のファンクラブだそうです(仁左衛門から来る毛筆の年賀状は相当感動モノとのこと)。