富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

二月十日(月)晴。先週の後半より四国の某所にお住まいの某氏の日記、サイトで偶然に知って貪るよう に読む。かなり個人的なサイトであり、興味がある人はgoogleの検索とかで必然的にたどり着くべき場所、事実、2000年11月、偶然にもこの富柏村 サヒトと同じ頃に開設され宣伝されることもなく已に45,000ヒットするほど、いかに知るべく人の関心を集めているかわかるといふもの。氏の日常生 活……美術に関するお仕事の日常、ジム、音楽からテレヴィに関するかなり深い考察まで。博学とその深慮にただただ感嘆するばかり。失礼承知でメール差し上 げ丁寧に返事いただき深謝。月曜日の朝、ぼんやりとバスの車窓から眺めていると、街中の裏通りの何処にでもある日式料理屋にデカデカと「創作和風料理」と いう看板あり微笑ましい。正統な日本料理でないがために日式と半ば揶揄されるが創作和風と開き直るのは妙案。ネグリ=ハート『帝国』以文社、『現代思想』2002年2月号「特集:『帝国』を読む」、新潮日本文学アルバム41江戸川乱歩ちくま文庫 江戸川乱歩随筆選、荷風先生『あめりか物語』『ふらんす物語新潮文庫、入手。荷風先生の米佛物語いずれも中学生の時分だかに呼んだ記憶あるが内容すら朧 げにて再読と。江戸川乱歩、大正八年に大阪より上京してまだ職業作家となる前だが古本屋営みつつ何をしていたかといへば浅草オペラの田谷力三少年の後援会 を主宰……さすが「やってくれるなぁ」という感じ。乱歩作品、猟奇物だの際どい風俗物だのいろいろあるがエロの究極は少年探偵団シリーズ。あれが曾ては健 やかに成長する子供のための読み物として持て囃されていたのだから、今のファッショの時代と違って大らかなもの。そういえば昨日綴った白先勇の『臺北人』 も92年だかに香港教育署指定の必読図書になっていたっけ。作者の意図だの背景を理解できぬ大きな勘違い。まぁそうして問題作が流布してしまふことは結果 的にいいことなのだが。早晩にジムのtreadmillで10km走る。ランナーT君の助言で3度の傾斜をつけ或る本に倣って1磅の斤量を左右の手につけ てさすがに疲労困憊。ジムの窓から見下ろすのは昨日と同じHMWなのだが、その隣にマクドナルド。ふだん食したいなどとは全く思わないこの餌屋も昼に軽く 食しただけの早晩は空腹、やたらとマクドでいいから食したい、いや正直なところマクドが食したいと思いつつ走る。走りながら観察しているとマクドに入る客 の少なからずが老人。それもどう見ても身よりなき長老らが晩餐をマクドで済ませている。老人こそマクドなど嫌うような気がするが考えてみればその世代、働 き盛りの頃にマクド香港に進出、マクド老いてきた世代と言えなくもなし。それと子連れ。時間からして、晩餐を此処で済ませてしまうのだから、こんな子供 らが大人になって、といふかもうそういう世代が事実、立派な大人になっているのだが、味覚が狂しくなるのは当然か。大きな布団抱えた見るからに汚れたホー ムレスのおじさんまでマクドから出てくる。価格低下著しいファーストフード、この北京道のこの界隈にいつも坐りこんでいるこのオジサンにとっても貴重な食 源。拒否しないで入店許可する店も大したものだし、店の卓では他の客は遠巻きになるのだろうか。いずれにせよマクドには近寄りもせぬから他人事か。自宅に てチゲ鍋。運動して空腹で鍋喰うと相撲とりの如し。だが計量すると体重は一月の最悪時より5kg減っている。常時3kgくらいは酒を身体に貯えていた、と いう感じか。さすがに烈酒をショットグラスに一杯キューッとやりたいが我慢。チゲ鍋しつつニュース見ていたら「日本の」「ペットランドリー」なるキチガイ 文化が紹介される。全自動化された機械に犬を入れると自動的に洗って乾かしてくれるそうな。逃げ惑う犬を笑いながら楽しそうに機械に押し込もうとする飼い 主のキチガイな表情。それが例えば犬を美容室に連れていかざるを得ぬようなマンションとかの環境で飼っている都会ならまだしも、このペットランドリーの場 所はすごい田舎。田吾作面のオジチャンが店番し軽トラに犬載せてきた田舎顔のオバチャンが客。こんな犬、庭先で洗って日向ぼっこさせればいい環境でペット ランドリーしちゃう。怖い。ペットランドリーを愉しむ=つまりそんなこと以外何の楽しみもない社会?。自分たちのそれが海外で動物虐待する奇っ怪な民族社 会として報道されていることも知らずに。だが、神戸新聞 によると、この機械、実はスペイン製。でもそういうことは香港のマスコミは悪意で報道せぬのではなく知りもせず、ただ配給されたニュースを流す。 そうしてキチガイ民族神話が生まれてゆく。あー怖い、怖い。
▼『信報』林行止専欄より。米国農業部USDA昨年末の発表データによると米国にて飼育される家畜「製造」 した糞便の量、実に6,100万屯にて、これ米国人の同じ「産品」つまり人糞の総量の130倍。ノースカロライナ州の約700万匹の豚の糞便、この州の 650万人の「それ」の4倍の量。6億羽の「ブロイラー製造する工場」の場合、排出するのは40万屯の鶏糞。1995年にこの州の2500万ガロンの家畜 の糞便がNew Riverなる河に流されたことで多くの川魚が死に36万hectareの湿地が汚染された、と。糞便、土地に撒けばいい肥しとなり土地を沃すが土との化 学変化がそうさせるのであり水に混じった糞便は人や魚に当然のことながら有害。曾ては家畜の飼育は肥料製造といういい副業を運んできていたが自然に放牧で きる程度の家畜なら自然のなかで存続し得るが、結局のところ問題は人間の家畜飼育が過度になり糞尿すら土地で還元できぬばかりか害毒となるほどの生産性を 誇っている、ということ。ことに米国に象徴される大規模な家畜生産の問題性。かつて栄養乏しくその補給を肉食に頼っていた人類ならまだしもむやみやたらな 肉食文化がこうして環境破壊すら生んでいる事実。その余剰の如き肉を要するマクドナルドに象徴されるファーストフードこそ世界を崩壊させようとするテロリ スト集団の如し。
▼昨晩、まだ読み終らぬ小熊『民主と愛国』、吉本隆明についての章読む。吉本が60年代から70年代に言っ ていたことは小熊先生の指摘通り当時、共同幻想論をマジに理解できていた学生なんてほとんどいなかったわあえで、それじゃそれが虚構であったのか、といふ とさにあらず、党派、政治権力といった社会が実は大衆によって大きなウネリがあることを見出し、その後の消費社会の到来を吉本が予知していたこと、この時 の全学連の学生たちこそが実は「実」社会に出て経済成長のいちばん美味しいところを得たわけで、まさにセゾングループが提示した「おいしい生活」、吉本の 私生活称賛をまさに地でいったことになる。高倉健のヤクザ映画と吉本隆明の革命思想……高倉健はヤクザどころかその究極にあって、ヨシモトは革命どころか 家族を大切にする“思想”とて吉本ぢたいがばなな嬢の子育て見ればわかること、90年代初頭に吉本センセイがコムデギャルソン着てアンアンに出たことはか なり話題になったが小熊の指摘する点を踏まえれば実に吉本的。何も不思議ではない。それんしてもあの当時あれほど学生にとって神格化されていた吉本センセ イ、片仮名書きでヨシモト、老害だの、熱海で水泳して溺れ一命をとりとめれば「あの時点でヨシモトはすでに死んでいた」とまで罵詈される今日この頃。結 局、反秩序なるものは小熊氏の指摘通りたんに私生活への没頭に転化してしまひ戦後民主主義はたんに「私」の優先となってしまう、それがこの時代。
▼香港競馬の観戦に来られて知りあった放送作家のM氏、ホームページ開設。そ れにしても仕事内容見ればM氏の多才多忙、そのなかで競馬楽しみ馬主でもある事実。それでいて香港で競馬される姿を見ればのんびりと……その時間といふか 状況の使い勝手の素晴らしさに敬服するばかり。