偽日記@はてな

2017-06-22

●すごい夕焼けだった。一応、写真を撮ったけど、ぼくの携帯カメラのスペックでは色の再現性が全然ダメだった。

●ステム・メタフィジック研究会のために、『作家、学者、哲学者は世界を旅する』を改めて通して読んだ。以下、メモとして引用。

アニミズムは変身にかかわり、アナロジズムは所有(憑依)にかかわる。

メタモルフォーゼアニミズムを特徴づけるのと同じように、それゆえ所有はアナロジズムを表す。私を構成する諸部分は、実際には私から離れ、広大な世界のうちをあちらこちらさまよっている。世界のもろもろの事物は、それ自体また、動き、旅する諸部分によって構成されており、その諸部分はあちらこちらで、私を含めた他の人物や事物のうちに身を落ち着けることができるのだ。いわゆる悪魔的な憑依(Possession 所有)の話をする前に、私たちはこうした構成と解体にもうしばらく注意を向けることにしよう。》

《(…)私はこれらのばらばらな諸要素からつくられており、私の人格はいわばその綜合だが、私に特に結びついていた要素は何もない。それら諸要素のおのおのは、でたり入ったりできるし、おもむろに別の人間に入り込んで、そののちに自分というものを作り上げるのに役立ったりするのだ。メタモルフォーゼによってプロテウスは獅子に、豹に、猪や蛇に、菩提樹にすら変わり、水や風に変化する。所有(Possession)は、一人の人間を解体し、他の諸要素によってふたたび作り上げる。そうした諸要素は、他者から、他者たちからやってくるのかも知れず、他者他者たちに属したままなのかも知れないのである。》

●世界-内-存在

《私たちが話している言語は、この四世紀にわたって知識と芸術を洗練させたが、その祖語が話されていたのは三〇〇〇年前にさえなるのであり、私たちの土踏まずは、先祖たちがアフリカを出て以来、放浪するなかでおそらく強くなったが、それからもう一〇万年になる。私たちの膝蓋骨はというと、茂みが散らばったサバンナにあらたに降りてきたルーシーのよちよち歩きと、われわれの近頃の遠乗り(ランドネ)の、およそ三〇〇〇万年のあいだに形成されたのである。最近できた私たちの大脳回の下には、爬虫類の脳の層が横たわっているが、この脳は何億年も前を想起させるものだ。私たちの細胞を造っているDNDと分子は、三八億年前、われわれの惑星に生命が出現した時に、みずからを複製し始めたのである。---ところで、それらを構成している原子窒素炭素は、銀河の大かまどのなか冷却されて鍛えられ、もう一〇〇億年以上になるのだ。したがって、私たちの器官を、それを構成しているものへと潜っていくと、肉体を通過してあるクロノメーターのうちに入り込んでいくことになる。その目盛は細部ごとにぴったり宇宙の諸時期に、私たちの周りの地球の形成や、われわれの環境を放浪している生物たちの進化に照応しているのだ。(…)ここに見いだされるのは、ついこのあいだまで考えることもできなかった均衡(Proportions)であり、調和(Harmonie)である。私の年齢の年代確定は、私の身体と事物の古さを同時に算定することを可能にする。(…)私の年齢はそれらが結びついた後に来るのである。》

《---空間も時間も、肉体を飲み込んでしまうのではない。それらは肉体を探査し、形成するのであり、肉体はそれらを測り、それらを音節で区切る。》

《(…)あらゆる地域において、人々は身体(物体)が、連続的でより大きな魂を局限するものであると語っており、そのようなものとして生き、考えているからである。身体(物体)だけが、生面の持続に不連続を刻むことができる。》

2017-06-21

●お知らせ。けいそうビブリオフィルで、「虚構世界はなぜ必要か?SFアニメ「超」考察 第20回 人間不在の場所で生じる人間的経験/『けものフレンズ』」が公開されています。

http://keisobiblio.com/2017/06/21/furuya20/

今回は、スピルバーグ、ヴィヴェイロス、中沢新一の他に、ブログ「『ソウル・ハンターズ』を読む」を参照しています。

https://ameblo.jp/soulhunters/

夏至だ。昼間は雨だったが夕方には上がったので、午後七時を過ぎても薄明るいなかを散歩した。これから、一日ごとに日が短くなっていくのが悲しい。

●以下の引用は、セールが、アニミズムこそが物理学を生んだと主張しているところ。『作家、学者、哲学者は世界を旅する』より。

《(…)彼(ガリレイ)の実験によって初めて生まれたのは、代数学の形式的言語と実験操作を混淆した、数学的な物理学なのだ。》

《実験とその操作によって生まれる、ハードで(dur)、大量で、エントロピー的な規模のエネルギーに比べると、ほとんど無限に小さい情報のエネルギーのことを、ソフト(douce)なものと呼ぶことができないだろうか?》

《(…)柔らかい数学は、堅い世界をコード化しているのだ。》

ガリレイはそんな風にはっきりと言わなかったが、プラトンは彼より前に、世界が数学の言語で記述されると述べている。---彼の『ティマイオス』に登場する造物主は、世界霊魂について語っており、混沌の魂に数学的な形を与えていた。とはいえ哲学者は、不毛な道を選んでしまう。---彼は三角形の幾何学や等差数列の周期性そのままのモデルから、あるがままの世界のすべての事物を演繹しようとしていた。彼はあらゆる物体を、魂だけから演繹できると考えたのである。変化した姿やメタモルフォーゼではない、物体の諸部分を、この魂そのもののうちに見出そうと思ったのだ。そうは言っても、世界の事物はユークリッドがその定理で行ったようには、公理からは演繹されないのである。》

ガリレイプラトンの不毛なアニミズムを転倒することによって、そこに方法を発見する。彼はそれぞれの事物の物体(Corps, 身体)から出発して、敢えていうなら、それらの衣装を剥ぎとって、その特異性のうちに、この部分の数学、この部分の方程式、この部分の関数といったものを発見するのである。彼の実験は、物体のマントを引き裂き、そうしてできた穴から、その物体が占めている特殊な眺望(Site)から、魂の小さな鏡に映ったものを眺めようとするものだった。その特異な眺望を通じて、そこには世界の巨大な魂の部分的な眺望が映っているのである。》

メタモルフォーゼの瞬間には、裸体になるついでに、魂があちらこちらで輝いて見えることがある。それぞれの実験から一つの公式が生まれ、それぞれの物体から魂の一部を見ることができるのだ。》

ガリレイアニミズムに身体(物体)を、風景の物理性を、さまざまな衣装を、マントの色とりどりの多様性を、経験を回復させる。二次方程式がまさに表すのは、落下する重い諸物体(Corps)から、パースペクティブよろしく、数学の全体がどんな角度のもとに見えるのか、ということである。そんなわけで、それぞれの物体は、世界の数学的な大いなる魂から投影された断片を持っているのだ。》

2017-06-20

図書館の帰り、ファミレスで本を読んでいたら、隣の席の高校生(おそらく高校一年生)の二人組が、中学の時は良かった、中学時代が懐かしいという話をしきりにしていた。電車のなかとかでも、高校生が中学時代を懐かしんでいる会話を聞くことは多いように思う。遠い昔だけど、ぼく自身も、高校生になったばかりの頃に、中学時代に対する強いノスタルジーを感じていた記憶がある。中学時代は、この学校最低だなといつも思っていたし、自分がいる環境に対して怒りしかなかった。対して、入学した高校の自由でのんびりした雰囲気は悪くないと思っていた。にもかかわらず、無性に(ほんの数か月前の)中学時代が懐かしく思い出された。

常識的に考えれば、私立ではなく公立の学校なら、小学校と中学校は住んでいる場所で自動的に決定して、ほぼ地元と地続きだけど、高校はそうではないから、かなり大きな環境の変化があり、その変化がノスタルジーを呼び起こすと考えられる。

しかしそれより、十代くらいの子供は意外に後ろ向きで、やたらと「想い出」を大事にして反芻するという傾向があるという方が強い気がする(小学生くらいはそうでもないが、思春期になると急に過去の記憶の価値が重くなって、過去を粉飾するような心理的傾向が出てくるように思う)。で、この、過去を大事にして美化するノスタルジーへと傾く強い傾向性が、「うちらの頃」と「今の子」との(本当は大差ない)差異を大きく見積もらせて、世代対立を生み出す感情的な基底となってしまうような気がする。差異はちっちゃい程気に障る、ということもある。ノスタルジーそのものは大して問題ではないと思うけど、「うちらの頃」と比べて「今の子」は違う、みたいな感情の回路に入りかけていると自覚できたら、それは不毛だからと意識して切断する必要があると思う。

(つまり、下の世代への反発は、上の世代への反発と心理的な機制が異なっているように思う、ということ。)

●『貧乏人の経済学』にすごいことがさらっと書いてあった。1996年の世界食糧サミットでは、世界の食料の総生産量で、地球上のすべての人に一日あたり2700キロカロリー供給可能であることが宣言される。つまり、飢餓の問題は生産力の問題ではなく分配の問題となる。そしてそれは、《(…)農業科学の分野における偉大なイノベーションのおかげも確実にありますが、それ以外に16世紀にペルースペイン人ジャガイモを発見してヨーロッパに持ちこみ、それが食習慣に取り入れられたことなど、もっとつまらない要素に負うところもあります。ある研究によれば、1700年から1900年の人口増加のうちの12パーセントはジャガイモによるものだとか。》

ジャガイモすごいな。

2017-06-19

●『独裁者のためのハンドブック』(ブルース・ブエノ・デ・メスキータ、アラスター・スミス)を読み、『タックスヘイブンの闇』(ニコラス・シャクソン)を読み、そして『貧乏人の経済学』(アビジット・V・バナジー、エステル・デュフロ)を読むと、きっとその先にピケティがみえてくるのじゃないかと思っている。今、『貧乏人の経済学』を読み始めたばかりのところ。

●『独裁者のためのハンドブック』のレビュー(アマゾン)

独裁者のためのハンドブック (亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズ)ブルース・ブエノ・デ・メスキータ、アラスター・スミス

●おなじく、『タックスヘイブンの闇』

タックスヘイブンの闇 世界の富は盗まれている!(ニコラス・シャクソン)

●おなじく、『貧乏人の経済学

Amazon.co.jp:カスタマーレビュー: 貧乏人の経済学――もういちど貧困問題を根っこから考える

2017-06-18

●ベクショニズムは、8B33とプロジェクト名を変えて進行中。VRから暗号通貨までを含んだ大きい構想の話になっていて、秘密のことも多いので、詳しいことはあまり書けない。で、8B33の会議を、二回に一回は、スカイプとMilanoteを使ってオンラインでやっている。最初はとまどったけど、これがかなり快適で、実際に会って話すのとほとんど遜色がない。

それは、Milanoteというものがかなり優れているからで(改善して欲しい点はまだまだあるけど)、これはネット上でホワイトボードを共有して、各自がそれぞれそこに書き込んだり、付箋や資料を貼ったり、書き直したり、配置を変えたりできる、というイメージ。しかも、複数のホワイトボード間で階層構造をつくってリンクで繋げられる。画像や外へのリンクも貼れる。色分けとか記号とかも使える。直観的に、考えを空間的に配置するということができる。

https://www.milanote.com/

何人かのグループがいて、ウェブ上に事務所をもっていて、そこにはメンバーに対して開かれた、階層化された多数のホワイトボード群があって、仕事の進め方や課題が書いてある。また、仕事そのものも、そのホワイトバード上でなされる(そこに書き込む)。メンバーは、好きな時にふらっとそこへ行って(アクセスするだけだけど)仕事ができるし、時間を決めて(スカイプで)集まって、それをみながら話し合って、話しながらまた書き換えていく、ということもできる。そういうイメージ。ホワイトボードは共有されているから、例えば、誰か別のメンバーが仕事をしている過程も(同じ時間にアクセスしていれば)みられる。

まず、これは読書会とかにすごく向いているように思う。Aさんは1章、Bさんは2章、Cさんは3章など範囲を決めて、当日までにレジュメをMilanotesに書き込んでおく。当日、スカイプで集まって、話し合いながら、そのレジュメに書き足したり、書き直したり、何かアイデアを思いついたら、付箋を貼るようにその近くに貼ったりすると、読書会をしながら、同時に読書会の記録が作られていく。個人のノートではなく、共有され、共作されたノートになる。

Milanoteをつかってする仕事が面白いのは、家で、パソコンに向かって一人で仕事をしていても、その手の内がメンバー全部に対して開かれてしまっているというところ。誰が、どういう順番や段取りで、どこまで仕事をしているのかが、メンバーには分かってしまう。

この、閉じてるのにその底が開けちゃってる感が面白い。これによって、共作の新しいかたちのようなことが考えられないだろうか。たとえば、AさんとBさんとが物語を共作しようとする時、まずAさんBさんそれぞれが自分のやり方と段取りで作業をすすめ、それをしながら相手のやり方や段取りもなんとなくみている。そういう過程を経た上で、今度は相手の作業に介入していく、というような感じ。それぞれが、別々の時空にいて、個別のリズムと段取りで作業していながら、それが同一のボードの上に書き込まれていて、それによって相互作用が生じる、というイメージ。

(あと、Milanoteは、自分一人で考える時---文章の構想を練るというような---にも、かなり使えそうな感じ。)