中高年自殺
高橋祥友(たかはし・よしとも)『中高年自殺――その実態と予防のために』(ちくま新書、ISBN:4480061126)読了。
著者は、自殺予防を専門とする精神科医。「自殺は防止できる」とし、インターベンション(intervention;危機介入)よりもプリベンション(privention;事前予防)に力点を置いているのが特徴。また、不幸にも自殺が起こってしまったあとには、遺された周囲の人々がPTSD(心的外傷後ストレス障害)になることがあるのみならず、自殺を選ぶ危険が高まるとして、ポストベンション(postvention;事後対策)にも紙幅を割いているのが特徴。
まず自殺の実態を把握することから始める〔第1章〕。本書は2年前に上梓されたものであるため、ここでは最新の統計(警察庁『平成16年 警察白書』*1 )を用いる。これによると、2003年の自殺者は34,427人。このうち、40歳代の男性が4,388人、同じく50歳代は6,899人。女性も含めると、自殺者のうち40.7%を働き盛り世代が占めている。人口構成に比べて中高年は高い自殺率を示すことは、先進国に共通する傾向なのだそうだ。
日本では、自殺者が増大したのが景気が悪化した時期と重なっていたため、年齢層に関心が払われてこなかったことを著者は指摘する。そして、現在自殺者が多い層となっている50歳代(団塊の世代)は、かつて20歳代であった時にも高い自殺率を示していたことから、コホート効果(同じ時期に生まれた人口が、世代を超えて同様の傾向を示すこと)があるという。だとすると、第1次のベビーブーマー達は、年老いても高い自殺率を示すことになるのではないかと危惧する。さらに、この世代は精神科を受診することに強い抵抗感(偏見)を示す。自殺の急増は、こうした要因が複合したものだというのが著者の見方である。そこで本書は、危険性をはらむ中高年に焦点を当て、自殺予防の取り組みを訴える。
日本の状況として、親子心中、引責自殺、群発自殺を検証する〔第2章〕。著者は、マスメディア報道が与える影響を強く非難する。センセーショナルな報道、極端な一般化(子どもが自殺すれば、とにかく「いじめ」に結びつける)、過剰な報道、ありきたりなコメント。これらによって自殺が誘発されてしまう。著者はマスコミに対し、自殺報道の最後には医療機関・相談機関*2 の連絡先を示し、普段からメンタルヘルスに関する啓発記事を載せるなどの取り組みを求める。
自殺の危険が高い人が発する信号を、著者は十箇条にまとめている*3〔第4章〕。これを紹介することが、何よりも価値があるだろう。
- 感情・思考面にうつ病の症状が現れる(自分を責める、仕事の能率が落ちる、決断が下せないなど)
- 身体の不調が長引く(不眠、食欲不振、体重減少、頭重感、性欲減退など)
- 飲酒量が増す
- 自己の安全・健康が保てなくなる(服薬を止めてしまう、突然の失踪、大喧嘩、無謀な借金・投資といった自己破壊)
- 仕事の負担の急増、大失敗
- 孤立して、周囲からのサポートが得られない
- 喪失体験(降格、失業)
- 病気
- 自殺をほのめかす
- 自殺未遂(リストカットなど)
自殺とは自らの意思で選択した死というよりも、絶望に圧倒された人が 他に何らの解決策も与えられずに強制された死である〔7頁〕
著者は、自殺予防教育の重要性を説く。本書の知見が広く知らしめられることを願う。
▼ 関連資料
http://www.mhlw.go.jp/houdou/2002/08/h0813-1.html (厚生労働省::自殺防止対策有識者懇談会中間とりまとめ)
*1:http://www.pdc.npa.go.jp/hakusyo/h16/index.html
*2:例えば各都道府県に設けられている精神保健福祉センター