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元氣スヰッチ genki switch

2017/04/18 Tuesday

genkiswitch2017-04-18

【いいさいさ】

4月1日を以て、黒木整体移転しました。というわけで「黒木整体は4年限りの限定ネームでした。黒木のみなさん本当にお世話になりました。今後ともよろしくお願いいたします。


さてさて、新しい名前をつければ「伊佐整体」とか「大口整体」になっちゃうんでしょうけど、もうそれは止めます。ただの「元氣スヰッチ」、オリジナルにもどりました。新しい場所は、普通アパートなのですが、とても静かな場所です。近くには、キリスト教会が3つもあって穏やかさ全開です。何組かのお客さんも来てくださいましたが、調整もしやすい場所です。今までの黒木整体から30分程離れていますが、ドライブがてらお越し下さい。


自宅から近くなったので、平日も観ることができます

◉月〜金 17:00〜20:00/土 9:00〜19:00

これ以外の時間はお気軽にお問い合わせください。

住所はこちら。

〒895-2511 伊佐市大口里3216-4 コーポ竹之内102


ここでじっくりやって行きます。今後ともよろしくお願いいたします。

2017/03/18 Saturday

genkiswitch2017-03-18

【もとどおり】

久しぶりに身長を測りました。177cmでした。4年前に測った時、175cmになっていて加齢とともに身長縮むのね〜と思っていました。30数年前の高校生の時の身長が、177.1cmだった様に記憶しています。4年で元に戻っていました。心当たりは、最近腰の曲がった人や猫背の人に教える簡単体操です。自分一人では熱心にやりませんが、教える頻度が高いので自然に増えてしまいます。たぶんこのおかげでしょう。実際その場で腰が伸びる80歳の方もおられますし、猫背で肩が前に入っている女性が、数回試して「視点が高くなった。視界が広がった。」言われることもあります高校生の時と同じになれるもんなんだ〜と感心しています。え?あと1mmですか?・・・それはきっと頭にあった物が何処かへ行ってしまったせいですね。(笑

2017/02/25 Saturday

genkiswitch2017-02-25

【ニケジャコ】


大学時代美術旅行の続きです。)


絵を見るつもりで歩いていても、かなりの数の彫刻作品出会います。やはり量が見せてくれるものがあります。そのおかげで彫刻の楽しさも感じるようになっていきます。その中で初めは変だな〜と思っていたのが「ジャコメッティ」でした。犬や人が細く絞り出したように形作られています。当時は名前すら知らなかったかもしれません。でも、あちこちで見る。造形が独特ですから別の美術館出会っても「あ、ジャコ・・・だ」という感じです。次第に名前も覚え、その作品の傾向が好きになりました。でも、好きな理由が全く判りません。そうこうしているうちに旅も終わりに近づき「ルーブル美術館」に辿り着きました。これまたとんでもない量の絵画の前を通り過ぎて、疲れ切ったあたりで「サモトラケのニケ」という彫像が現れました。見た瞬間に胸が一杯になって涙がこぼれそうです。もちろん大きな作品ですが、大きさに感動した訳ではありません。そこにある首のない、ある意味ボロボロ彫像が周りの空間を押しているのです。そこにある体積が空気を押しのけているだけではなく、その外側の空間すら押しているように感じたのです。そして、次の瞬間にジャコメッティの細く絞り切った存在が同じ様に周囲の空間を押し除けていることに気がつきました。片方には量があって、片方は可能な限りと言っていい程、量が絞ってある。でもその2つが見せている物が同じだと気がついたのでした。それはどんな作品からも感じることができる訳ではありませんから物理的なものではなく作品の力なのだと思います。もちろん今もそれがいったい何なのかは判っていませんが、それ以来、作品を見る際、空間とどう関わり合っているのかということが自分にとって大切な視点となっています


(もう一回ぐらい続きます。)

2017/01/29 Sunday

genkiswitch2017-01-29

【余命は一年】

大学時代美術旅行の続きです。)


たくさんの作品を見るということは、ある画家作品に、若いから死ぬ直前まで人生を通して触れることになります。といっても美術館時系列に並んでいる訳ではありません。作品の下にあるプレートにはたいてい誰が何年から何年まで生きて、それが何年作のものかが記載してあります時の流れの中で、もちろん表現方法の変化や技量の変化等の特徴も見えてきますが、不思議なことに気がつきました。絵のタッチや全体の作りが荒れると言うかおおきく揺らぐ時期があるのです。初めに気がついたのは印象派画家達についてでしたが、それはおおよそどの画家にも言えることであることがわかりました。ただし、ある程度世界のはっきりしている画家場合はわかりやすいようでした。その変化が訪れるのは、亡くなる一年前なのです。それが複数作品に及ぶのかそれとも1点なのかは定かではありませんが、その画家名前作品微妙に今までの流れからはずれるモノが描かれるのです。タッチも変わることがあります。絵を見てから画家名を見ると「えっ」と二度見してしまうのです。これは何を意味するのでしょうか。整体生業としていて感じるのは、生き物としての時間は一秒一秒点で繋がった時間ではなく、幅を持った時間に生きているということです。ある先生は、死ぬ4日前にカラダに「印」が現れると言います。ということは最低でも前後4日の幅を持った時間の中に生きていることになります。ですがこの美術館巡りの中で見えたこの死の兆候は1年前のモノです。ということは一年後に死ぬことはカラダ/存在としては判っているということになります。このある時期を過ぎると絵はまたもとの落ち着きを取り戻します私たちのカラダを含めた命は、私たちが思っている以上に長いスパンで、可能性としては産まれた時から死ぬ瞬間までが一つのまとまった時間として、存在しているのかもしれません。(続く)

2017/01/28 Saturday

genkiswitch2017-01-28

【量でカバー】

 30年程前に大学企画海外研修旅行というのに参加しました。もちろんお金を持っている訳もないので、恥ずかしながら親掛かりです。行くと言ってもブランド物買い物ツアーに興味がないので、目的を探しました。その結果は「美術館に行こう」です。その当時東京は、デパートの催し物と言えば美術展で、印象派や様々な時代のさまざまな絵画を見る機会がありました。そこでなんとなくスノッブな感じで「フェルメール」の作品を探して、出来るだけたくさん見て来ようと言う目的にしたのです。21日間の旅程の間出来るだけ滞在地にある美術館を探してひたすら絵の間を歩いてきました。同級生達が観光地を巡る間、ひたすらバスに乗り、電車に乗り、歩いて、美術館を巡ったのでした。実際に目にしたフェルメールは10点にも届きませんでしたし、その当時それほど感動もしなかったことは事実です。ですがその時に気がついたことは後々大きな財産となっています。その内容を少しずつ書いてみようと思います


 まず一つ目の気付きは、美術鑑賞も量が大切ということです。移動や他の行動予定もありましたから、実質半分くらいの日程を美術館で過ごしたことになります。その間に目にした絵画彫刻などの作品数は、三千点超でしょうか。初めのうちは、「へ〜印象派だ〜」くらいしか気付かなかったのに終りが近づくと、「モネの後期だね」とかなんとか気付くようになります。このタッチは誰々のいつ頃だとかわかるように成る訳です。それだけでなくなんとなく善し悪しのような物が見えて来たりもします。なにしろ子どもの頃から画集があるようなハイソな家ではありませんでしたから、名画も知らない中で「いい絵だな〜」と思って名前タイトルを見るとどこかで聞いたような。帰って調べると美術教科書にも載るくらい有名な絵だったりしました。ちょっと見には上手い絵のつまらなさが見えたり、下手に見える絵の面白さが見えたりするようになりました。そして、それまでつまらないと感じていた日本絵画面白さに気がついたのもこの旅行のおかげです。今もその時の感覚が全てそのまま生きているとは思いませんが、その時の感動や気付きが自分に大きな変化を与えてくれたことは確かです。また、この経験から言えることは、ある程度の質を保った対象を量でこなせば何かしらの能力はそれなりに向上するということです。短期間に密度を高く対象に接することは技術感覚習得有効です。ですからこれから何かを学ぶ方は、量を一つの目標に据えて望むことは必ず良い結果を生むことになるといえます。(続く)