-差異の体系-

 前章の最後の節において、ソシュールにおける言語学の2つの軸に関する指摘を確認しました。
特に、いままで説明してきたソシュール独自の言葉は、静的な言語学を改めて研究するための準備
だとも指摘しています。ここでは、前章の最後のところで指摘した『言語=価値のシステム』という
点、つまりもっとも重要な「差異の体系」について説明しようと思います。

 「通時態、共時態」の節で示した図を改めて確認しましょう。言語には、語というたくさんの
シニフィエシニフィアンが結合した項が存在し、これらの項同士には差異があるという構図に
なっています。ここで勘違いしやすいのが「まず先に定まった項があって、差異が存在する」という
考え方です。しかし、ソシュールはこれについて次のように展開します。

差異と言うと、二つの実定的な項[termes positifs]があって、そのあいだに差異があることを思い浮
かべます。しかしながら、逆説的なことに、言語には実定的な項のない差異しか存在しないのです
[ソシュール, pp.176]。


 ソシュールの指摘は、 通時態的な観点から考えると理解しやすいと思います。通時態においては語の
[シニフィエシニフィアンの結合]の変化を分析するのが目的でありました。このことが意味するのは、
シニフィエシニフィアンが一定ではなく常に変動しているということです。ソシュールの言葉でいえば、
実定的な項などないのです。つまり、 そもそも共時態における分析では時間の軸が排除されているだけで
あって、常に語は変化しているのです。

 ソシュールのこのような考えは「言語には差異しか存在しない」と言うことができます。これは恣意性の原理
からも導きだせることです。たとえ確かにみえるような項=[シニフィエシニフィアンの結合]であっても、恣意性
の原理から「ある項のシニフィエシニフィアンの結合」は無根拠なものなのです。

 しかし、だとしたらなぜ実定的な項が存在しないにも関わらず、『実定的な項があるように見える』のでしょうか。
ソシュールは次のようにいいます。

実定的に与えられた概念などどこにもありませんし、概念と別個に決まった聴覚記号もないのです。差異が互いに
依存しあうおかげで、ある概念の差異をある記号の差異と突き合わせることで一見実定的な項に似たものを得て
いるのです[ソシュール, pp.177]。


これは、株の変動と似ていると言えます。ある会社の株価は一定ではありませんし、それは他の会社との
関係によって決まる部分があります。これと同じようなことです。

記号には差異があります。例えば、「man」や「men」のような。この差異は視覚的なものだけでなく、
聴覚的なものです。この差異が記号のシニフィエの差異になるのです。

 そして、差異しか存在しない言語は「差異の体系」とも言えます。

 
まとめ
 本章では、「言語には差異しか存在しない」ということを確認してきました。これは言語の恣意性の原理
によっても導出できるものでした。

 いままでみてきた言語活動/言語/発話、恣意性/線状性、シニフィエ/シニフィアン
通時態/共時態という用語ははすべて静的な言語を調査するための準備でしかなく、「言語には差異しか存在しない
」という指摘もこれらから導きだされたものでした。これによりソシュールは、静的な言語学の分析、つまり
語の同士がどのような関係=「価値をもっているか」という分析に乗り出せるとしました。

 次の章では、ソシュール考えにしたがって色彩語について考えます。