はてなダイアリーのサービス終了にともなう、旧「ものかきの繰り言」の記事保管用ブログ。また、旧ダイアリー記事にアクセスされた場合、こちらにリダイレクトされています。旧ダイアリーからインポートしたそのままの状態の為、過去記事は読みやすいように徐々に手直し予定。
 現在活動中のブログはこちら→ 〔ものかきの繰り言2023〕
 特撮作品の感想は、順次こちらにHTML形式でまとめています→ 〔特撮感想まとめ部屋〕 (※移転しました)

答の出ない叫びをぶつけあって今 僕らが生きる意味へと変わる

◇『コンクリート・レボルティオ』 第13話
それはまあ、笑美さん的には「怒ってないから戻ってらっしゃい」になるわけです(笑)
色々と煽った末に辿り着いた爾朗の超人課退職のその時は、「訣別」ではなく「家出」だったという第13話。
……いや勿論、これまでの様々な蓄積と、今回のクロードとの対決があった末での事ではあるのですが。
…………そして何というか、「家出」の方が、爾朗っぽくはあるのですが(笑)
そんな今回、一番重く感じたのは、
「あの子の前であなたは、期待されている姿になろうとしてしまう。全ての超人を救えるみたいに」
この終盤、妙に爾朗が輝子を気に掛けているなぁと思っていたのですが(勿論、同僚としての心配はあるでしょうが、幼少の監禁生活の影響という事なのか、爾朗センパイ基本、対人関係雑な割に)、この言葉で腑に落ちました。
その内に秘めた破壊の意志と力ゆえに、自らが「正義」となれない(なってはいけない)事を誰よりも知っていて諦めていた爾朗が、輝子の期待を受けているその時だけ、「正義」になれる。
……きっついなぁ。
そもそも爾朗の少々偏執狂的な超人への憧憬や青臭い理想主義というのは、自分が決して「正義(の超人)」になれないという自覚に起因しているわけで、そんな自分が一時でも「正義」になれるというのは、爾朗にとってはまさに甘美な幻想です。
それを、そんな爾朗を誰よりも知る笑美に真っ向から突きつけられるというのも、また痛い。
…………爾朗が家出した原因の10%ぐらい、この一言じゃないでしょうか笑美さん。
怪剣クロードを旗印に、デモから暴動に爆発しようとする若者達を利用して超人革命を仕掛けようとする帝都広告、治安部隊とデモ隊がぶつかりあう中で、超人達がそれぞれの依って立つ所を口にする、という展開は、今作ここまでが綺麗に繋がりました。
ジュダスは喫茶店に立ち尽くし……
「アースちゃん。君はどっちの味方だい……」
マウンテンホースは無人のステージで呟く……
「これじゃ笑えねえな」
アースちゃんは騒乱の真っ只中に飛来し……
「これ以上戦うなら、私がどちらも懲らしめる! 羽田の時みたいな悲しい事はもう沢山だ!」
それを捕らえるギガンダー7。
「音無弓彦……君は警察の味方なのか?!」
「ああ。そう決めた。正義はハッキリしてる方がいい。アースちゃんだってそうだろう」
「……わたしは……夢を見たんだ。その夢の為に!」
あくまで1クール目のクライマックスだから、というのはありますが、ここで各人が必ずしも正解を見つけているわけではない、というのは今作の良い所。アースちゃんは正義と悪を判定する事を避けて幻想を追いかけるようになってますし、弓彦はこれ明らかに、爾朗のせいで歪められてしまっています(^^;
主人公との接触すら、必ずしも良い変化をもたらすとは限らない、という。
そして代々木方面から進行してきたデモ隊の前に単身立ちふさがる柴来人……
新宿駅を占拠して、米軍のタンクを止める。何十万という通勤客に迷惑をかけるだけだ!」
柴刑事は法治の人であるが故に逆に、法の背景があると超人とはいえ学生相手にも容赦なくミサイルぶっ放せるのが相変わらず素敵です(笑) まあこの辺り、後に立派なテロリストになれる素養という要素も含んでいるのでしょうが。
それに対して率直な理想をぶつける超能キッカー・南零一……
「超人を実験材料にしたアメリカや政府が、許せないと、誰かが言わなきゃいけないんだ!!」
巨大な鳥の姿でその戦いに割って入り、柴刑事を拘束して飛んでいく風郎太……
「風郎太! おまえ超人課だろう!」
「……うん。でもおいら、子供の味方だから」
「………………僕もそうだった筈なんだ」
新宿駅に辿り着くデモ隊だったが……
「ようこそ。ここからが本当の戦争だ」
躊躇わないオトナ、ジャガーさん参上。
「はっはっは、おまえ達には何も出来ないって事を教えてやる!」
仮面の忍者部隊・赤光さんは、すっかり悪い人の台詞(笑)
ジャガーさんは第10話があった事で、割り切って汚れ仕事を出来る人、というだけではなくて、己の尊厳を賭けて戦っている人になったのは、非常に深みが出て良かった所です。
デモ隊を催涙弾と放水で蹴散らすジャガーさんの量産型メカだが、超人課の仕掛けた罠に対し、敢えてそれを受けて立ったクロードが現れてメカの1つを奪うと、爾朗の操るエクウスと激突する。
「これは戦争だよ爾朗! 超人と人間の!」
「超人は人間の敵じゃない。超人は、人を守るんだ!」
「だが超人は誰が守る? 超人課か?! いつ僕たちを守ってくれたんだ、爾朗!」
ここで今作のキャッチコピーであり、爾朗が第1話で掲げた理想が、超人課自身が関与していた“事実”によって覆されるという、皮肉な展開。
「おまえだって、超人に憧れたろう! 正しい事を知っている存在。己の為でも国の為でもなく、ただひとつの――!」
「ただひとつの、なんだ! 正義か?! 平和か?! 自由か?!」
「違う……」
「僕の自由を守れば平和は乱れる! 君の正義を貫けば、僕の自由は侵される! たったひとつの答えなんてないんだ。人間の為というなら、今は人間と戦い超人が苦しまない世界を作らないと!」
ここで爾朗が思う“ひとつ”は、第2期に持ち越し。
流れ的には、ここで使っていないマジックワードが来そうな感じですけど、いったい何を持ってくるのか、楽しみな所であります。
「超人が人を護り、人々は感謝して受け入れる。そんなのは幻想だよ爾朗」
「それでも! 俺は信じたい。子供の頃に憧れた超人達のような存在が、どこかに居る。俺は……せめてその人たちを守れるような、正義の味方になるって」
「爾朗、君の言葉は耳に心地いい。それが幻想だからだ。けして実現できない夢や理想だからだ。……僕はもう一人の君になれと言われた。ああ、なってやる。君を倒して僕一人が! 僕は君の代用品じゃない! だから君の全てを否定する!! 自由も平和も正義も全て!!」
今更言うまでもない事ではありますが改めて関智一は巧いなぁ……役者的には、一時代を代表する主人公声の関智一と、主人公声のホープといえる石川界人が対決するという構図も面白い所で、クロード(というかヘルメット)のキャスティングは非常にはまりました。
爾朗の幻想を否定するクロードですが、第10話では超人としての己の幻想を語っており(これは帝都広告の用意した台本通りという可能性もありますが、今回ラストはヘルメットの負荷による暴走のようなニュアンスも入っており、クロードの本音がどこにあったのは、何とも言いがたい印象)、


「超人とは、国と国との争いに使われたり、超人同士の戦いに駆り出されるものではない。自分が信じるものに基づき、素晴らしい未来の為に進むべきではないのか」
「ははっ」
「戯れ言か?」
「一人でわめくだけならな!」
「たった一人の存在で世界が変わる。超人となった者が必ず抱く幻想か?」
ここでタイトルの『〜超人幻想〜』にも幾つかの視点が重なっているのはお見事。
以前にも書きましたが、今作は「正義とは何か?」ではなく、「誰が正義を決めるのか?」という物語ではないかと思っています。
ゆえに、「たった一人の存在で世界を変える」という超人幻想を持ったクロードもまた、誰かに支持してもらわなければ「正義」にはなれない。裏で糸引く帝都広告の思惑もあるでしょうし、クロード自身は「これは戦争だよ爾朗!」と弁解するのですが、その為にクロードは多くの若者を巻き込み、“超人を支持する若者達”を、自らの「正義」の担保としている。
そうでなくては、超人の幻想は成立しない。
という形で、フィクションにおけるヒーローと、その正義を裏付ける大衆の支持、という劇構造がクロードに投影されています。
一方で、天弓ナイトという一世代前のヒーローの熱狂的支持者である爾朗は、「正義」そのものではなく「正義の味方」という立ち位置を目指すが故に、「正義の超人」に理想を押しつける。
そしてここで少しややこしくなっているのは、天弓ナイトのモチーフである『月光仮面』の唱える「正義の味方」と、爾朗の口にする「正義の味方」には、恐らくズレがある事。
月光仮面』における「正義の味方」の「正義」は、「神仏の正義」であり、一種人間性を超越した観念として存在し、月光仮面は悪人を懲らしめる事でその遍在を手助けする。
一方、爾朗の口にする「正義」は、「どこかの誰かが持っているに違いないもの」であり、爾朗はその「正義を持った者=超人」を守る事で自己充足を果たそうとしている。
だから爾朗は、「正義」そのものを正面から見つめないまま、自らの理想の体現者として、「子供の頃に憧れた超人達のような存在」に執着する。

「機械じゃない。正義だ!」
「こいつらに正義がわかるのか!」
「科学者は彼らに正義を教えた。国を守る事、人を救う事、正しい行いとは何か。人間はそれを勝手に解釈して、間違える事もある。だが機械は正確に従う」
「彼らが正義で、俺が悪だと?!」
「俺じゃない。彼らがそう判断したんだ」
第3話における、爾朗(脱け忍)と柴来人(テロリスト)のメガッシンに関するやり取りは今作を象徴する会話だと思っているのですが、ここで爾朗は、“既に裏付けのある「正義」を、踏み外さずに体現する存在”としてメガッシンを肯定します。爾朗は同様に、アースちゃんに関してもかなり肯定的なスタンスであり、それはやはり、「機械は設定された条件を踏み外さない」つまり、機械に与えられた正義の担保は、何より“機械”である事であり、それは時代や大衆の支持に左右されない確固たる正義である、という思想に基づくように思えます(メガッシンは、戦中に「正義」をプログラムされた割にはかなり良識的に見えるのですが、その辺りは2期で踏み込まれるかも)。
この、「正義の味方になりたい」という一方で、実は自分は正義から逃げて、理想の超人像に「正義」の仮託をしているという爾朗の抱える危うさは意図的に仕込まれているものだと思うので、どういった形で破裂するのか、第2期を楽しみに待ちたいと思います。
まあ本作の構造上、今回のクライマックスとメガッシン回の間でも劇中4年ほど経過しているので、その間の爾朗の思想的変遷などはまだ見えにくいのですが(^^;
激闘の末、ゴジラパワーを解放した爾朗によってクロードは倒され、クロードは力の暴走で死亡(?)。エクウスと共に暴走した爾朗は、様々な超人達の協力で救出されるが、超人課への疑念、クロード(超人)を救えなかった事への悔恨などからか、折り重なった澱みに埋もれるように、超人課から姿を消してしまう――。
そして、時は遡って――神化20年8月・広島。
墜落した米軍の爆撃機の傍らに出来た大穴の中心で、人吉孫竹は、泣きじゃくる赤子を発見する……広島の地に、黒く巨大な、獣の影を刻んだ赤子を。
もともとEDで爾朗とリトル・ボーイの関連づけを示す映像はありましたが、最後の最後で、直球で爾朗と原爆が重ねられました。既に水爆実験によって誕生した怪獣であるゴジラのモチーフが織り込まれてはいましたが、これで爾朗は、原爆であり水爆という、まさしく“人間の生みだした怪獣”である事が明確になり、4−5話とも繋がる着地。またこれで、4−5話を見返すと、面白そうです。
そして爾朗は“人類に対する悪”であるが故に、自らは「正義」になる事が出来ず(爾朗が「正義」になる社会は、何より爾朗にとって許されてはいけない)、「正義の超人」に執着し、「正義の味方」に焦がれる……爾朗が正義から逃げているという作劇を、出自の呪いにより(そしてそれが偽史である物語の根本構造と繋がっている)成立させる、というこの造りはお見事。
実は爾朗は戦争の生んだ「正義」であり、だからこそ、今の時代では「正義になってはいけない」という自覚と呪いを背負い、それ故「せめて、正義の味方になりたい」ともがいている、という形で1クール目が綺麗に締まりました。
衝撃の引き、というだけではなく前半の物語をしっかりまとめていて、分割2クールアニメのラストの造りとしても良かったと思います。
爾朗は自分自身に抱く恐れを乗り越えた時に多分「正義」とか「悪」ではなく「ヒーロー」になれるのだと思うのですが、さて、そういう話になるのかどうか。
(ちなみにここで正義から逃げなかった上で他人に核のボタンを押させようとするとジャンパーソンになるわけですが、『特捜ロボジャンパーソン』が93年時点で如何に「ヒーローとは何か?」を突き詰めようとしていたのかが窺えます)
超人の実在する架空史でオマージュと命題の絨毯爆撃を繰り広げてきた今作ですが、ここに来て、その芯で「戦争」というテーマに取り組もうとしているのがハッキリしてきたのは、非常に意欲を感じる所。どこまで走り抜けてくれるのか、後半戦が楽しみです。
さて後半戦といえばとりあえず気になるのは、爾朗は如何にしてゴジラパワーをある程度制御できるようになったのか。今回そこまで描かれるのかと思ったら、暴走したままで終わってしまいましたし(^^;
現時点で明かされている脱け忍爾朗の姿を見ると、
◇神化44年9月(第9話:不死の一家回。米国ロボ相手にゴジラパワー未使用。「エクウスがあれば!」と言っているので、まだ使えないと思われる。服装は超人課時代と一緒だが、背広が薄汚れている)
◇神化44年10月(第6話:マウンテンホース勧誘に失敗。ゴジラパワー使用の可否は不明。服装は超人課時代と一緒+コート)
◇神化46年4月(第1話:新宿で輝子達と遭遇。逃亡時にゴジラパワーを使用。服装はモデルチェンジ済み。グロスオーゲンと合流している)
45年がまるっきり空白なので、ここに第二期の過去編(便宜上)のキーポイントとしてゴジラパワーのエピソードが入るというのは、一番ありそうですが。また、第6話で爾朗について「ちょっと変わっていました」「危険分子」という台詞があるので、9月と10月の間に、爾朗が超人集めを始めるきっかけとなる事件があったりするのか……まあ、今作で予想を立てて当たった例しが無いのですが(笑)
で、44年9月までは孫竹と笑美の姿が確認でき、それ以降の時制は今のところこの二人が画面に映ってはいないのですが(勿論、毎度全員映る必要は無いのですが)、ゴジラパワーに大きく関わる二人なので、気になる所。
私どちらかといえばというか笑美さん派なのですが、基本、不幸になりそうなフラグばかり立っているので、色々と心配です。孫竹は別にどうなってもいいです(笑)
今回は、本当は投げたくなかった頭部死球を爾朗にぶつけに行ったり、しれっと空中戦を展開したり、本当は殺しちゃいたいけど爾朗との約束を守ったり、輝子を助けた後でなんだかんだホッとしている感じだったり、その上で家出されたりと、笑美さん大活躍でとても良かったです。
で、第2期予告があったのが今作らしくて非常に嬉しかったのですが

逃亡者 人吉爾朗

超人課

公共保安隊

帝告

柴来人

て、柴刑事、ソロで敵扱い(笑)
今のところ一番好きなキャラなので、如何にしてテロリストになったのかのメインエピソードがあるといいなぁと期待しております。まあ柴刑事も色々と、絶望のゲージは積み重ねられておりますが。
予告によるとまずは神化46年11月から始まるようですが、後半戦も非常に楽しみ。