バリウム検査は危ない - 岩澤倫彦

プロローグ
 本書カバーの画像をじっくりと見てほしい。
 バリウム検査で撮影された50代男性の胃の右側には、不規則な模様を描く白い陰影が幾筋も走る。炎症を起こした胃粘膜に特徴的な太い襞に、バリウムが貼り付いたものだ。原因はヘリコバクター・ピロリ菌の感染である。
 このような状態になると、胃がんの発生リスクは極めて高い。胃がん診療に携わる医師であれば、専門的な医療機関で注意深い診断と治療が必要と判断するケースだ。しかし、こうした重要な情報は、男性には伝えられなかった。このバリウム検査の1年後、男性は末期のスキルス性胃がんと判明する。その日から彼の人生は大きく変わった。厳しい副作用の抗がん剤治療を続けながら、命と向き合う日々を送る。
「早期発見すれば胃がんは恐くない」という検診キャンペーンを信じてバリウム検査を受ける人は今も多い。だが、胃がん検診をめぐる真実を知れば、きっと考えは変わるだろう。
 私が胃がん検診に関心を抱いたのは、ある医師と何気なく交わした会話だった。
「実は、がん検診で一番問題なのはバリウム検査ですよ。放射線の被曝量は胸部(肺がん検診)より桁違いに多いし、見逃しも多いからです。早期がんは、X線画像にまず写りません。でも、一般の人は知らないから、毎年バリウム検査を受けている。毎年検診を受けているのに、進行がんで発見されたという患者が後を絶たないのはおかしいでしょう。医者でバリウム検査を受ける人間は、僕の知る限りいません。内視鏡のほうが何倍も胃がんを発見できることを知っていれば当然ですよ。

目次
プロローグ
第1章 受診者が知らない重大事故と被曝
大腸に穴が開いた女性/バリウム糞石で腸閉塞に/副作用は氷山の一角/X線画質向上の代償/心肺停止から救われた命/異端者と呼ばれた男/X線撮影の革命/放置されてきた被曝リスク

第2章 隠された死
失われた命を追って/自己責任にされた死/アナフィラキシー・ショック/週刊誌での連載と情報提供者/利用された家族の証言/内部資料から浮かぶ疑惑/真実を求めて/凶器と化した胃がん検診車/何を言っても、あいつは戻ってこない/不可解な調査報告

第3章 検診ガイドラインの迷走
朝日新聞の報道に猛反発/国立がん研究センターの内実/多額の研究費とガイドライン/新ガイドラインの矛盾

第4章 検診ムラ
幻に終わったバリウム検査の廃止計画/バリウム検査を継続させた理由/国内最大の検診グループとは/天下りの温床/がん検診に集まる多額の寄付金/放射線技師団体がロビー活動/日本対がん協会は直接取材拒否

第5章 胃がん見逃しに5つの理由
働き盛りの死と家族/バリウム検査の見逃し率45%超!/5つの難題

第6章 内視鏡検査の現場から
ある名外科医がメスを置いた理由/発見率はバリウムの3倍/最新の内視鏡検査とは/ある胃がん患者の視点

第7章 胃がんリスク検診をめぐる攻防
胃がん「リスク群」は全国民の4割だけ/早期発見された女性の体験/住民の命を守る決断/リスク検診を阻む動き/企業の選択

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