3期・95冊目 『【信長の戦い1】桶狭間・信長の「奇襲神話」は嘘だった』

内容(「BOOK」データベースより)
一級史料が教える桶狭間の真相。著者が日本で初めて「正面攻撃説」を提唱してから26年。信長の戦術が迂回奇襲でなかったということは、現在ではほぼ定説になっている。しかしこの間、「乱取状態急襲説」をはじめとする数々の新説が登場し、話題になっている。本書では、一級史料の『信長公記』を読み解き、信長が勝利を得るにいたる経緯を改めて論証する。『信長公記』を素直に読めば、正面攻撃で義元を破ったのは明らかなのだ。

桶狭間の戦いにおいて、兵力に劣る織田信長はどうやって今川軍に勝利したのか。本作の焦点はそれに限られているのですが、『信長の戦争―『信長公記』に見る戦国軍事学』(⇒私のレビュー)に比べるとさほど目新しいことは無いです。ただ迂回奇襲説から正面攻撃説へと啓かれた身としては、著者による正面攻撃説提唱後の批判・異論とそれに対する反論を兼ねて『信長公記』を読み解くのは興味深いです。多少、糾弾に偏っている印象はあるにしても。


小瀬甫庵信長記』によって江戸時代より広く流布し、明治時代に陸軍参謀本部『日本戦史』が出版されるにあたって決定的になり、長らく信じられていた迂回奇襲説。大軍の今川軍を油断させるにあたって実施されたで謀略や事前の情報収集も含めて、天才・織田信長像を形成するには無くてはならない戦績でした。
著者によってそれが覆されて以降、今では否定的になってはいるものの、なお史実として定まってはいないどころか著者の説を受けて新たな新説(乱取急襲説)まで出てくるという状況のようです。*1
著者はさんざん批判していますが、現代の感覚でわかりやすいように理由を創造してしまったり*2、自説と史料が一致しない場合は史料が間違いだと断定するような姿勢は確かにいかんです。ただ戦国時代という日本史の中でもメジャーな割には信頼できる史料が数少ないゆえ史実として確定しにくく、ドラマや小説などのフィクションによって俗説がまかりとおりやすいってことなんでしょうねぇ。
こうなったら信頼できる史料の更なる発見と研究の発展を願うばかりです。一歴史ファンとして。

*1:本書では結論づけられているが、今川義元の目的や桶狭間の位置についても同様

*2:簗田特務機関説にはちょっと笑った

3期・96冊目 『粘膜人間』

粘膜人間 (角川ホラー文庫)

粘膜人間 (角川ホラー文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
「弟を殺そう」―身長195cm、体重105kgという異形な巨体を持つ小学生の雷太。その暴力に脅える長兄の利一と次兄の祐太は、弟の殺害を計画した。だが圧倒的な体力差に為すすべもない二人は、父親までも蹂躙されるにいたり、村のはずれに棲むある男たちに依頼することにした。グロテスクな容貌を持つ彼らは何者なのか?そして待ち受ける凄絶な運命とは…。第15回日本ホラー小説大賞長編賞を受賞した衝撃の問題作。

いやぁタイトルからして特異な雰囲気が伝わってきていたのですが、予想に違わない内容でした。奇妙奇天烈なキャラクター描写に加えて予測のつかないストーリー展開。ぐちゃぐちゃでどろどろの迫力ある残酷描写と幻想的な世界観。これはまさに読む人を選ぶ劇薬本と言えるでしょうな。
登場人物でいえば雷太とモモ太の異形ぶりが際立っているですが、仇敵同士であったはずの二人が出会ってから奇妙な友情をはぐくませるあたりはユーモアさも感じさせます。事情が判明して二人が戦いに臨む場面で幕を下ろすのもいい感じでした。


1章が暴力的で手がつけられない弟・雷太の殺害を目論み、村のはずれに棲む異形の者(河童)に協力を依頼する兄弟・利一と祐二の話。
2章は兄のせいで非国民の烙印を押された少女・清美の過去と、そこに闖入してきた祐二の話。
3章は殺されかけたせいで記憶を無くした雷太と河童のモモ太が知り合い、記憶を取り戻そうとする話。
一応、話は連続しているのですが、前の章の人物が劇的な変化をしてしまうあたりは驚かされます。ただ2章の終わりの清美のエピソードが断絶したまま最後を迎えるのがちょっと引っかかりましたね。失踪した雷太の母親の件もそうですが、本筋とは別に気になる伏線をもう少しなんとかしてほしかった気がします。