続・脱力日記

描いたり作ったりしてる人のダラダラ日記

寂寥感

仕事柄、そんな風にササッと絵が描けていいですねぇ、なんてすごく羨ましがられることがあります。しかし私にしてみれば絵を描けるのは当たり前で、むしろこんなもん↓がササッと書けちゃう人たちを羨ましく思ってみたり。しかもいろんな人がササッと書いているんだよなぁ、以下のごとく…。

 オーストラリアの乾いた大地を疾走するトラックの車内。
「ところで相棒、バックミラーにかかってるこの銀色のメダルは何なんだ?」
「いや、ちょっとしたお守りみたいなもんさ」
「おい、ちょっと待てよ。これ、本物の銀じゃねえか!」
「そんな目で見るなよ。昔、あるスポーツの大会でもらったのさ。知ってるか?オリンピックって」
「オリンピック? 冗談よしてくれ。あれは選びぬかれたスポーツエリートだけが出られる大会だろうが。お前みたいに一日中トラック転がしてる奴がどうやってオリンピックに出るんだ?」
「それもそうだよな、ハハハ。」
「わははは」
 しかし、遠い地平線を見る運転手の青い瞳には、ある一日の光景が焼きついていた。ありあまる資金で高級ホテルに泊り、薄ら笑いを浮かべながら会場に現れる東洋人の集団。彼らのほとんどが一年で百万ドル以上を稼ぐプロの選手だという。
 若いオージー達は燃えた。そして、全力で立ち向かい、ぎりぎりの勝利を掴みとったのだ。たいていの人間が野球というものを知らないこの国では、誰も彼らを賞賛しなかった。しかし、胸の奥で今も燃え続ける小さな誇りとともに。今日も彼はハンドルを握り続ける。

 ここはメルボルン郊外にあるスポーツパブ”Silver Medal”
今日も常連が仕事の疲れを癒しにやって来る.
「おぉいらっしゃい,今日もみんなビールとカンガルーグリルでいいかい?」
「さすがマスター,わかってるね.頼むよ」
店内のスクリーンにはメジャーリーグの中継放送が流れている.
「ここに来るといつもその訳の分からないスポーツが流れているな.そうだ!ラグビーのワールドカップやってるんだっけ.チャンネル変えていいかい?」
マスターが返事を返す間もなく客はバーカウンターに置いたリモコンを取ってチャンネルを変える.
「日本が相手だから全然心配していないんだがな.よっしゃまたトライ!そうだ,店の名前も『ワールドカップ』にしたらどうだい?『銀メダル』なんて中途半端だろ」
「ははは,そうだな,考えとくよ」
「ところでその棚の上の集合写真はクリケットチームかい?どこの大会か知らないけど 準優勝だったのか.マスターはガタイがいいから強かったんだろうな」
「まぁね.オリンピックで銀メダルだったんだよ」
「ははは,マスターは冗談がうまいや.だまされるところだったよ.おっ試合が終わったみたいだ.すげえ点差だな.これじゃ日本がかわいそうだ,ははは」
「そろそろ店もノーサイドだよ.また明日」
「もうそんな時間か.じゃマスター,またな」
 閉店後,長距離トラックが駐車場に入ってきた.
「マスター,久しぶりだな,繁盛しているみたいで安心したぞ」
 聞き覚えのある声だ.若干太って無精髭を蓄えてはいるが,忘れるはずもない, あの写真の中の一人である.
「久しぶりだな.お前こそ元気そうで何よりだ.今日はもう走らないならおごるぞ」
「そうか,ありがとよ.おぉそうだ,例のDVDを見ないか?」
「そう言うと思ってたよ.ほらよ」
 そう言うと”ATHENS 2004 BASEBALL”と書かれたDVDをプレイヤーにセットした.スクリーンにはオーストラリアと日本が野球で戦っている姿が映し出される.二人の心の中には同じ景色が駆け巡った.そう,北にある島国の無敵と言われた 100万ドルサムライたちに敢然と立ち向かったグリーンとイエローに彩られた戦士たちの 勇姿が.
「あの頃の俺たち,かっこ良かったよな…」
「何言ってんだ,今でもかっこいいぞ,まぁお前はもう少しやせればだがな」
「ははは,それもそうだな.あの頃は夢みたいな気持ちで,終わってしまうと現実に戻されてしまう気がして怖かったよ」
「それは違うな,あそこで必死に叫んだり,打てないと思うような豪速球を打ち返したこと,それこそが現実なんだよ.その証拠にほら」
そういうと,写真の隣に置いてある銀メダルを見せた.
「そうか,そうだよな.俺もいつも肌身離さず持っているよ,ほら.まぁ誰も信じてはくれないがな」
「そりゃそうだ,俺たちみたいなのがそうやすやすと取れるとは誰も思わないだろう」
「それもそうだな,ははは」
数年ぶりに熱い思いがよみがえったメルボルンの夜,二人はまたアテネのフィールドで勝利の雄叫びをあげていた.

 京阪工業地帯の国道を走るトラックの車内。
「ところで相棒、バックミラーにかかってるこの銅色のメダルは何なんだ?」
「いや、ちょっとしたお守りみたいなもんさ」
「おい、ちょっと待てよ。これ、本物の銅じゃねえか!」
「そんな目で見るなよ。昔、あるスポーツの大会でもらったのさ。
そう、俺はオ リンピックに出たんだ」
「オリンピック? どういう種目で出たんだ?」
「野球、ベース・ボール」
「??? 野球ってなんだ?」
「ボールを木の棒で打つ。昔、そういう競技があったのさ」
「‥‥なんにしろ、オリンピックでメダルが取れるなんて凄いじゃないか、ノリ!」
「おう、凄いだろ」
 運転手は静かに微笑みながら、あの頃を思い出す。高級ホテルのベランダから望む美しいエーゲ海。毎夜くり返された贅を尽くしたパーティー。二日酔いで立つグランド。広がる青空。貧乏くさい対戦相手。無能なコーチたち。
 試合などどうでもよかった。素晴らしい旅行だった。夜にそなえて抑えめにプレーし、それでも簡単に勝利を積み重ねていった。運悪く優勝こそできなかった ものの、一応メダルも獲った。そんな彼らの帰国を国民は賞賛で迎えてくれた。 そう、あの頃、彼は一年で500万ドルを稼ぐ男だった。
 それからいろんな事が続けざまに起こった。オリンピックの翌々年に彼は解雇された。それでもテレビの解説者の地位を手に入れることができたのだが、2年 で彼は降板させられた。野球が国民の関心事ではなくなり、テレビ局がいっせいに野球から手を引いたのだ。その年の秋、妻は余所で男を作り、彼のもとを去っ た。手元に残ったのは焼肉店経営で失敗した借金と銅色のメダルだけだった。
 彼はバックミラーにかかった銅メダルに目をやり、胸の中でつぶやく。オレはあの頃、一年で500万ドル稼ぐ男だったんだ・・・

例によって2ちゃん由来なんですが、みなさん才能あるなぁ。オーストラリアの選手たちって投手をのぞけば倉庫番、食品会社勤務、喫茶店経営、時間給労働者、土木作業員、電気会社勤務、建設作業員なんですって? みなさんの才能に感心するとともに、その心の傷の深さに…涙。