255書評-14歳からの社会学  宮台真司

宮台真司氏は独自の理論を持つ社会学者であり、様々な物議を醸しだすことで有名ですが、その宮台氏が14歳という繊細な時期を迎えた青少年に向けた本がこの「14歳からの社会学」です。本書は1年半ぐらいに読んだものの当時調子が悪く読書記録をつけてなくて、最近再び借りてパラパラと読んで雑感を書こうと思いました。それでは読書メーターで書いたコメントから話を始めましょう。


■コメント
○○才からの入門書を大人が読むと、ああそういうことがあったよなとつい想いがちになり、すでにその地点をのりこえて成長したと思い込みがちになる。本書で書かれていることを実際に14歳で読んでいたら、内面がぐちゃぐちゃした当時にはかなりの影響を受けていたのは間違い無いだろう。人間というのはその生きている時間で考え方なモノ・コトの見方が変わっていくけれど、自分自身の持っているテーマのようなものは結局戻ってきたりする。本書の表現だと「自由」→「承認」→「尊厳」→「自由」...などはたしかに自分も14歳頃に気づいた。


自分にとって14歳は「他者」という存在を認識して、どのように相手にしていくかを肌で感じていたころです。それも参考にする人がいなくて手探りで「他者」とぶつかってきたので随分とヒドイことをしてきました。当時も自分のしていることはヒドイと思いながらもうまく「他者」との距離感覚がつかめない。そのことに四苦八苦していました。
ぼくはこのように考えることができるようになったのは大人として成長したからだ・・・というような考え方が嫌いです。それこそ成人とまわりからいわれる時期を過ぎてもう数年が経ちますが、大人といわれている人や実際に年をとった人を見てもはっきりといって大人に成れていない人が多いことに気づきます。
大人って勝手になるものなのでしょうか。それとも偉い先生が壇上から叫ぶように大人になれっていわれてなれるものなのでしょうか。この問いに答えれる人は勝手に大人になった人で、問いに答えられない人はまだまだ迷いのある大人なのだと思います。ぼくはまだ試行錯誤していく大人でありたいので、未だに青臭さはとれません。


そして本書は宮台社会学の入門書としても読めるようになっています。例えば宮台氏はよく〇〇主義や生成文法を応用した言葉で説明することがよくありますが、本書にもそれがところどころ散見しています。この〇〇主義という区分で理解してしまうと、その主義がひとり立ちして勝手に動きまわるということがおきます。実際の人間の考え方はもっと漠然していて境界線がうっすらとしか見えないものですが、宮台氏のやり方はハッキリと基準を設けて理解するということなのです。これは西洋で科学が成立して以来行われてきた、分からないモノ・コトを細かくして分析してして理解するということそのものです。それでぶった切ってしまうと主義が幽霊のように歩きまわるようなことが起きてしまうのです。

なんだか宮台氏批判になってしまいましたが、本書でぼくの好きな部分を紹介して終わりにします。それは「尊厳」と「承認」のメカニズムというところです。これはアカデミズムを体験した人間には初歩の中の初歩ですが、14歳にこれを知っていればまた違った自分があるのではないかと思ってしまうのです。
1.「試行錯誤」する(「自由」)
2.「他者が認める」(「承認」)
3.「失敗しても大丈夫」(「尊厳」)
これがお互いにグルグルと回りながら成り立つメカニズムですが、これが成立するのは本当に難しいのです。それは社会に身をおきながらも迷っている方々にはよく分かってもらえるのではないでしょうか

14歳からの社会学 ―これからの社会を生きる君に

14歳からの社会学 ―これからの社会を生きる君に

師走の忙しさはまだこれからだ

いよいよ12月も少しずつクリスマスや新年に向かって進んでいますが、みなさま以下かお過ごしでしょうか。師走って理由もなく忙しいと感じるのはぼくだけでしょうか?もちろん理由がある忙しさもあるけれど、どうにも理由がつかない、もしくは理由が遠すぎてそれに巻き込まれて忙しくなっているのかも知れません。
この土日、ぼくはイベントに参加してきたのでそれらがどのようなものか紹介します。住んでいる場所が近い方はまたこのようなイベントが開催されますので、ぜひご参加を検討してください。

12月8日土曜は第二回PrsnT奈良が開催されたので、主催者のひとりとして参加してきました。前日に主催者のひとりが病気で倒れるというハプニングにみまわれてどうなるのか心配しましたが、なんとか無事に終了しました。今回プレゼンテーションした方は、理学療法士の資格をとって病院に勤務してたけれど、病院や制度に不満を感じて今は師匠とたたえる人の元で修行されています。体の使い方の大切さやリハビリテーションを単なる治療ととらえるのではなく、事前に事故を予防する方法として考えていることなどを熱く語ってくださいました。


12月9日日曜は生駒市市立図書館ではじめてビブリオバトルが開催されたので、奈良ビブリオバトル部のメンバーとしてヘルプに行って来ました。初回から30人オーバーという活気のある中バトルがおこなわれ、ヘルプに行ったはずのぼくはあまり仕事をしていない気持ちでいっぱいです。ですが参考になる意見も飛び出してきて、奈良ビブリオバトル部も兜の緒をいちど締める必要を感じました。こういう相互関係というのはとても大事ですね。基本のカタチは決まっていても、それがおこなわれる環境が違えばその場所に合うように工夫していきます。今のビブリオバトルは大人向けのようになっていますが、中学生や高校生向けだとやり方も変えていけないようなので、いろんな可能性の中で良いと考えることを選択する必要があります。まだまだビブリオバトルの可能性を感じさせてくれる1日でした。