ジャンプ!

ジャンプ!


陽ざしが残ったまま清涼飲料水のように雨がはじける通りを2、3度ジャンプして、バスに飛び乗ったアシタカ君のふりむいた笑顔はマニファクチャ。


あの日、ひずんだアスファルトの水たまりに焼けた後輪タイヤがまき散らした滴とともに空に消えていった入道雲の切れはし。


左利きのボクの上げた手にはハヤカワミステリィ文庫。とびらが閉まって、バスは叩きつける雨脚を避けるようにエンジン音を上げ、それからゆっくりと南口ローターリーを右にカーブしていった。


ほんとうにみんな憶えているんだ。どれだけ夏が過ぎ去っても。アシタカ君が担いでいた迷彩色のナップサックのようにぼんやりとした色合いではあるけれども。


いろんなことがあったし、いろんなバカもした。コンパースのバスケットシューズとG−SHOCKが時をデジタルで刻んでいたマーブル模様の青春。


お天気雨の中去ってゆくバスのスティルクレイジー。信号が赤から青へ変わる、色あせたTシャツが水びたしになったまま、あれからステイバックせずにボクは生きた。


それでも路線バスのように月日はめぐって、やがて記憶は暗闇の車庫に納まる。バンソーコーをめくって、時々傷の癒えを確かめるけれども。


ローカル線にのりかえて雨の上がった窓越しに美しい虹が架かるのを見た。ボクはウォークマンのボリュームを上げる、♪ぱあぷるれいん、ぱあーぷるれいん。


あらゆる箱を開封し、もとの箱に戻す作業を頭の中でくりかえす。
リボンを結ぶのを忘れないで。ボクはハヤカワミステリィをきつく握りしめた。


ほんとうにみんな憶えているんだ。どれだけ夏が過ぎ去っても。
アシタカ君の華奢な両脚が跳ねて水たまりを飛び越える。スローモーションのように、何度も何度も。そして振り向いた、固まった笑顔、フェイドアウト