正しく潔い



「政治ができるような正しい生活はしてこなかった。
多くの女性と関係を持ちすぎたし、薬物も使いすぎている。それが事実だ」


報道の自由を奪った赤狩りを描いた『グッドナイト&グッドラック』を監督。
中東の石油利権問題を描いた『シリアナ』では製作総指揮も勤めるなど、
近年、社会派な一面を際立たせていたジョージ・クルーニー
そんな彼の政界入りを否定したコメントがふるっている。


正しく潔い。
尤も、彼のように否定したら、世の中に政治家は存在しなくなるが。
私は政治家に高潔性は求めない。
むしろ、それが人間だし、要はやることをやればいい。
結果を出すことがすべて。


また別の話。
映画「シッピングニュース」。


凍てつく荒ぶる波風と厚く横たわる雲の絨毯。
切り立った岩礁に建つ、今にも朽ちそうな古い民家。
そんな辺境の故郷に辿りついたクオイルは、
偏屈な社長の目にとまり、湾岸ニュースの記者の職を得る。


人は幼いころ両親から受けた影響を引きずって生きていくものだ。
それは一種の宗教みたいなものかもしれない。
クオイルも、父親から受けたトラウマを抱えて消極的な人生を歩んできた。
けれど、何かのきっかけで、目の前に光が射すことがある。
この映画は、そんな再生の物語だ。
その意味で「サイダー・ハウス・ルール」と同様のテーマなのだろう。
運命を切り開くのは、いつも他者から。
なかなか自分からは踏みだせない。
数珠つなぎの人間たちの袋小路でふと出合う幸運。
糸と糸が絡み合ってふいに解ける瞬間。
人はそんな奇跡みたいなものを待ちかねている。
そう、きっと、たぶん。