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土偶裸摩具羅 -DOGRAMAGRA-

こんにちは。
ゲーム、ファンタジー、PC機器、ツクールなど、適当に書くよ。
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2016年11月01日

 先月1か月の間で3回も、酸性泉に行った。

 おすすめは草津温泉。

 遠くてもいいなら、釧路の川湯温泉。

 それ以外にもひとつ行ってみたけど、泉質で言えば上の2つが最高だった。

 もうちょっと他にも行けるなら行こうと思っている。

 

 8月にはゲリラ豪雨で携帯電話が使えなくなり、一時的に代替機を用意する必要があった。

 そして先日、財布(硬貨を入れるタイプのやつ:ウォレットでなくパースのほう)を紛失してしまった。

 硬貨を都合良く収納できて、しかも取り出しやすい入れものなんて、財布以外にない。

 財布がなくなるというだけでも大変な不便を味わった。

 自分がいくら不必要なものを排除して生活しているといっても、たとえば生活必需品が突如なくなってしまえば、それだけで生活が立ち行かなくなる。

 ということを強く実感させられた。

 だから、冗長性を確保しておくということは、ある意味で重要だ。

 先日実家に帰ったときに、以前使っていた硬貨を入れる財布がしまってあったのを確認したばかりだったのだ。

 あれさえ持ってきておけば、こんな不便は感じなかったのだ。

 すぐに代替物は用意した。

 なくしたと思しき場所には、発見の際には知らせてくれるよう連絡もつけた。

 買い物のときには、いつも金額を整えて出すタイプだから、財布の中には1000円以上は入っていなかった……のだけれど。

 できればなくしたくはなかったよ。

2016年10月17日

 自分で労働の裁量を決定できる環境になったので、いくらか気分が楽に。

2016年10月10日

その怒りは本当に必要なものだろうか?

最近、正義というものを疑っている。

正義は怒り(義憤)に結び付きやすいものだからだ。

ストレスコントロールを考えると、怒りという感情はできるだけ抱くべきではない。

いらぬ情報を受け取り、それにいちいちつっかかっていたのでは、体がもたない。

自分が普遍的だと信じている正義とは、今まで創作の中で得てきた、作劇の点から有効とされてきた単なる演出なのかもしれない。

それを美しいものだと思い込み、自分の中で反芻して強化してしまった結果がこの生きづらさだとすれば、それは考えを改めるべきだろう。

自分は、もういい加減気付いてもいい頃だろう。世の中が「正義」では割り切れないということに。

僕は、世界が汚くなっていってもいいと思うくらい、自分が汚れてしまってもいいのだ。

目を閉じて、少し離れてから考えよう。僕の思考は誰のものでもない。僕自身のものなのだと。

2016年10月04日

 ひとりで雑誌の内容を考えて、レイアウトを考えて、構築して、たまに印刷して、文章を考えて、打って、たまに印刷して、お金払って印刷して(してもらって)製本して(してもらって)、イベント予約して、当日会場で設営して、販売して……という作業が孤独だと、とてもつらい。

 いや、印刷製本からイベント予約して会場で売るのはいいんだ。

 そこまでの、おれひとりで内容を考えて本を作っていくのが大変。

 それにひきかえ、既に原稿がある状態で本を作っていくことの楽さよ。(おれの本制作業としての仕事のことだ)

 学生のときにレポートを作るのも大変だと思ったものだったけど、あれはほとんどが無の状態から作り上げるのではないからまだよかった。

 地獄……ではないかもしれないけど、〆切が決まっている状態で無から楼閣を築き上げていくってのは、なかなかにきつい。

 へーーーるーーーーぷ。hellp

2016年09月10日

 自分のような人生でも、確かにいくつかの場面では楽しかったのだと、話をする中で思い出した。

2016年08月06日

 仕事がいくらか大変なので、誰かに話を聞いてもらいたい。

 聞いてほしい。

 聞いてるフリでいいから。

 

 なんてね。

 

 

 最近、今までの自分の価値観を超えるために、新しい習い事を始めた。

2016年07月31日

 今度のコミケに受かっていたし、先日、自分では初めてのオフセット印刷(※)の手続きが終わって、無事搬入される目処が立ったので、キャリーバッグ(スーツケース)を取りに実家に週末帰省したりしていた。

 コミケで出すのは、この間の冬のコミケで100円で売っていたホチキス止めの冊子、『ツクール エターナル』第1号の正式版。

 誤植直し・内容見直しと、オフセット印刷のためのページ調整として読者ページコーナーを見開き2ページ増やした。ゲストの方にたくさん寄稿してもらった。

 あと、表紙と裏表紙がカラーになる。おお、見栄え見栄え。

 今回のコミケでは2号は出ない。なんたって、昨日の帰省する電車の中で台割り(本の何ページ目にどんな内容が来るのかの仕様)を作っている段階だったんだから。

 次号からは、たぶんもうコミケには出店しない。埼玉県は川口で5月か6月と、11月の年2回開かれているゲームレジェンドというレトロゲーム総合同人イベントで出すつもり。

 好評のようなら通販できる同人書店に委託する。イベントに来られる人だけが潜在読者ではないからね。

 コミケというのは大規模で、全国から人が来ているのかもしれないけど、来られない人だっているし、出店するのにも買いに来るのにもたいへんな労力が必要だ。

 それよりも、PC98時代のツクール情報を求めている人がアクセスしやすいところに主戦場を置くべきだろう。

 そう思ったので、コミケをやめて、ゲームレジェンドと通販に舵を切ります。

 

 ところで、赤子と幼子を見てきたのだけれど、生きるのに全力でいいね。

 彼らの生に対する疑問の無さ、疑いのない信念にはしびれるものがある。

 今や自分は、もはや自分だけの信念では生きていることへのモチベーションを維持することが難しいみたいな雰囲気になっている。

 余計なことを考えないでいいような心と体の鍛練はしているけど、純粋に、そこに何の判断も介在しないで生きるなんて、到底マネできない。

 生きているだけでいいって肯定してくれるような環境が欲しい。欲しいよおれは。

 

※本当はオンデマンド印刷で、厳密にはオフセット印刷ではない。

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弩愚楽摩羅(すげえバカだと楽しいじゃん チンコチンコ)
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