嫌われ松子の一生

2006年作品
監督 中島哲也 出演 中谷美紀瑛太
(あらすじ)
東京で一人暮らしをしている川尻笙(瑛太)の元へ突然父親が訪ねてきて、数日前、河川敷で殺人事件の被害者となって発見された叔母の松子(中谷美紀)のアパートの遺品整理を頼まれる。彼女は若い頃にある事件が原因で教師の職を追われ、そこから彼女の転落人生が始まった….


下妻物語(2004年)」で話題となった中島哲也監督の最新作。

病弱な妹に父親の愛情を独占されてしまった過去を持つヒロインが、“愛されたい”という一心で次々と男を取り換えてはその度に不幸になっていくという物語。客観的には相当悲惨なストーリーであり、一応コメディ風の演出にはなっているものの、暴力的なシーンも多くてなかなか素直に笑えない。

比較的短いシーンをコラージュ的に繋ぎ合せたり、「オズの魔法使い(1939年)」のパロディを含むミュージカル風味を取り入れたりと、「下妻物語」でも部分的に見られたユニークな演出を全面的に取り入れた意欲作となっているんだけど、うーん、正直言って少々期待ハズレかな。

その最大の原因は、ハッキリ言ってヒロインの松子に魅力がないところ。それが演じている中谷美紀に魅力が無いせいなのか、細切れの演出が主人公への感情移入を難しくしているせいなのか良く解らないけれど、美人女優としては頑張ったはずのあの“ヘンな顔のギャグ”も全然面白くない。(というか、むしろイタイタしい。)

俺はあまりホラー映画は見ないこともあって、中谷美紀の出ている映画を見るのは本作が初めてだった訳なんだけど、この作品に限って言えば、まあ、頑張ってはいるんだろうけど、なんか“乗ってない”っていう感じがこっちにまで伝わってくるようで、見ていてあまり愉快ではなかった。

ということで、“ひょっとしたら前作に引き続き深田恭子をヒロインに起用していればもっと面白くなっていたかもしれないなあ”なんて思いながら見ていた。邦画としては珍しく、結構頑張って時間とお金をかけて作り上げた作品なんだろうと思われるだけに、この結果はちょっと残念だなあ。

 河内山宗俊

1936年作品
監督 山中貞雄 出演 河原崎長十郎中村翫右衛門
(あらすじ)
居酒屋に居候する河内山宗俊河原崎長十郎)は、ふとしたことからヤクザの用心棒をしている浪人の金子市之丞(中村翫右衛門)と意気投合。弟が背負い込んだ300両の借金のために身売りを迫られる甘酒屋の娘お浪を救うため、大名から大金をだまし取るべく金子の情報を基に一芝居打つことになる….


夭折した名監督、山中貞雄の現存する3作品の中の一本。

講談「天保六花撰」でも有名な稀代の悪僧河内山宗俊を主役に持ってきているんだけど、ストーリーは映画用に大幅に書き換えてあり、相当スケールは小さくなっているものの、その分、親しみやすい内容になっている。

こちらの河内山宗俊も一応悪党ではあるんだけれど、その悪事の内容はイカサマ師の上前を撥ねたり、無銭飲食をしたりと、まあ、なんか可愛いもの。しかし、何かのときにキッと相手を睨む目つきなんかにはやっぱり只者ではないっていう雰囲気が漂っていて、周囲のヤクザもんからは一目置かれているような存在。

そんな彼が、なんの義理もない甘酒屋の娘お浪を救うため、最期は自分の命までかける訳であるが、この荒唐無稽とも思えるストーリーが見ていて違和感なく納得できてしまうあたりは演出と脚本の素晴らしさによるものなんだろう。前半はコメディ風なゆる〜い展開にしておいて、いざ事が始まると一気にラストまで突っ走るという構成は、結果的には悲劇なんだけれど、見ていてとても面白かった。

主役の河原崎長十郎は、溝口健二の「元禄忠臣蔵(1941年)」で大石内蔵助を演っていた人。やはり貫禄充分だけど、こっちのほうが随分と親しみやすい感じで好感が持てる。相棒の金子市之丞に扮する中村翫右衛門のほうも「元禄忠臣蔵」に出ていたらしいけど、本作ではコメディリリーフをそつなくこなしている。

そしてそんな彼等が命がけで守ろうとするお浪に扮しているのが公開当時16歳の原節子な訳であるが、その鈴を転がすような声を含めて正に“可憐”の一言。彼女は主人公たちが失いかけている善とか美とかの象徴的存在であり、色恋抜きで命をかける彼等の気持ちは見ている俺にも良ーく理解できました。

ということで、以前に見た「丹下左膳餘話 百萬兩の壺 (1935年)」に引き続きこれで山中貞雄の残した3作品のうち2作品を見た訳だけど、共になかなかの出来で大満足。まあ、彼の評価についてはいろいろあるんだろうけど、才能のある人だったことは間違いなさそう。最後の1本である遺作の「人情紙風船 (1937年)」を見るのがとても楽しみになりました。