Scene14 2/2

 誕生日の思い出らしきものは、ひとつだけだ。
 ある時、確か小学3年生の頃、電話で母が話しているのを聞いたのだ。来週の金曜日は、私の誕生日なのよ、と。
 オレはバースディケーキを母に用意しようと思った。

 もちろん金なんかない。でも、とにかくケーキ屋まで行ってみた。ショートケーキは確か420円だった。420円ぶん働きますから、そのケーキを貰えませんか、とオレは言った。とにかく素直な子供だったのだ。
 そこの店主は良い人で、事情を話すと、ショートケーキを2つ、小さな白い箱に入れてくれた。ロウソクまでつけてくれた。働く必要もなかった。
 奇跡だ、とオレは思った。
 この世界にはなんて良い人がいるんだろう。ただでケーキをくれるなんて。
 オレはケーキを皿に移し替え、母親が帰ってくるのを待った。ロウソクはまだ我慢した。それはケーキを食べる直前でいい。
 母はなかなか、帰ってこなかった。
 そのうちにオレは眠ってしまった。

 翌朝、目を覚ますと、皿の上のケーキはなくなっていた。
 ずいぶん嬉しかったのを覚えている。オレのケーキを、母が食べてくれたのだ。
 オレは我慢できずに、布団の母を揺り起こした。ケーキの感想を聞きたかったのだ。もっといえば、褒めて欲しかった。でも寝不足の母は、当然、不機嫌だった。

 ――生きてるってことは、それだけで奇跡的に幸福なのさ。
 父は言っていた。
 だったら、その人が生まれてきた日は、一年でもっとも幸福な一日であるはずだ。
 ――腹が減っていなけりゃなおいい。でも減っていてもいい。次の飯がより美味くなる。
 あの頃は、父さんも母さんも空腹だった。
 耐えていたのだ。知っている。
 それでもオレは、一度でいいから、嘘でもいいから、2人に誕生日を祝って欲しかった。
 おめでとうの一言が、たまらなく欲しかった。


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