小説「武士道シックスティーン」 感想

そんなわけで。誉田哲也武士道シックスティーン」の感想。セブンティーンの感想を先に書いたのはシックスティーンが手元に無かったからで、今日図書館で再度借りてきたというわけ。
僕は剣道経験者だけど、現代剣道小説は読んだことがなかった。書店でこの武士道シリーズの存在を知り、「本書は著者初の、人が一人も死なない青春エンターテイメントである。」という一文に惹かれて読むことを決めた。
以下の感想では物語の過程についてのネタバレはほぼない。ただ、テーマ性や結末についての微妙なネタバレが含まれているかもしれない。かもしれないっていうのは、読む人が読めばなんとなく分かっちゃうって意味ね。

武士道シックスティーン 目次・構成

  1. 新時代
  2. 気剣体
  3. 長く構えましょう
  4. 兄の仇
  5. それは般若ですか
  6. 兵法者
  7. いい感じです
  8. 敵の正体
  9. 真面目にやってます
  10. 下剋上
  11. 呼び捨ては苦手かも
  12. 五輪書
  13. 私のせいです
  14. 手負戦
  15. そんな無茶な
  16. 出入禁止
  17. 手を踏まれました
  18. 無気力
  19. どうしちゃったの
  20. 出入禁止 Part Ⅱ
  21. お役に立てなくて
  22. 愚考録
  23. いい感じです Part Ⅱ
  24. 武士道
  25. 信じてるよ
  26. 好敵手

本作は、磯山香織、甲本早苗の二人の視点を交互に描いていく構成となっている。また、剣道のたすきを連想させる、紅白二本のしおりが付いている。香織サイドでは赤を、早苗サイドでは白のしおりを使うと、制作者の想定したイメージが読み手にも想起されるだろう。

現代剣道小説ということ

僕は本作を現代剣道小説と分類している。剣道も他の武道やスポーツ同様、日々変化していく。ルールも改正されるし、ルールが変わるということはその背景にある思想も変わるということだ。そうやって時代と共に変化する剣道を、現代の視点で描くということには大きな意義がある。
時代というのは結局その時に生きてる人々の感覚の問題なので、登場人物が現代らしい感性を持っていれば現代剣道小説足りうる。そういう意味で、本作の主人公二人とその周辺の人物はしっかりと現代に根付いた感性を持っている。若者は「現代の若者」らしく、老人は「現代の老人」らしく。
武士道シリーズにおける一人称描写、剣道描写の妙については、セブンティーンの方の感想で既に書いてしまったので、正直もうこのエントリで書くことがない。
僕は他に現代剣道小説を読んでいないけれど、他作品に言及するまでもなく、本作が前後10年の剣道小説の中でも指折りのものであることは確信できる。それほどに、誉田さんの文章は巧い。

エンターテイメント性と答えの簡単さ

セブンティーンを読んだ後にもう一度シックスティーンに戻ると、やっぱりこっちの方がエンターテイメントしてるよなー と思う。結局武士道シリーズは香織と早苗の物語であるので、二人が密接に絡んでると面白いのは当然だよね。これだけエンターテイメント性があれば、多少テーマ性が簡単であっても気にはならない。
セブンティーンの感想で書いたように、香織や早苗が抱える問題に対する答えが思いの外簡単であることは本作と次作に共通する点だ。もちろん単純でも大切なことを説いているし、「言うは易く行うは難し」であることは確かだ。それでも、テキスト化した時の答えの簡単さには「えー こんだけ引っ張っておいて、こんな簡単なことだったのかよ」という感想を持ったのが正直なところ。
竜頭蛇尾とはまた違うと思うんだよね。構成も巧いし伏線回収とかもちゃんとやってるし、まとまりは良い。この「引っ張ったわりに答えが簡単」というところは、次作でさらに悪化している。だけど、作品内で「簡単に説明できる論理こそ正しい」っていう価値観が打ち出されちゃってるからどうしようもないんだよな。

「(前略)剣道は、剣道……。それ以上でも、以下でもないんだよ。もし大きかったり、小さかったりするんだとしたら、それはやってる人間の、魂の大きさなんだと思う。(中略)あたしは……デカい剣道をやりたい。剣道の周りに、ゴテゴテ余計なものをつけて大きくするんじゃなくて、剣道そのものを、大きくやりたい……」

結局僕が言ってきたような答えの簡単さは、"ゴテゴテ余計なものをつけ"ないということを実践した結果であるとも言えるし。「こうしたら良かった」という代案も出せないので黙ってるしかないね。
結論を言うと、本作では答えのシンプルさをカバーするだけのエンターテイメント性があるから良し、ってとこかな。ついでに書くと、次作はそこまでエンターテイメント性がないのが残念。

文章は巧いし、きちんとエンターテイメントしている。剣道経験者にも、非経験者にも勧められる内容。テーマ性はそこまで高くないけれど、読者の意識次第で、武士道や剣道についての貴重な考えを読み取ることができる。良作。

余談

最終章に以下の一文があった。

今はそれより、『セーラー服と機関銃』の出だしの方が、あたしたちには似合う気がした。

僕は「セーラー服と機関銃」の歌詞知らなかったから、すっきりしなかった。

さよならは 別れの言葉じゃなくて
再び逢うまでの 遠い約束

ググったらこういうことね。でもこれさ、「知ってる人はニヤリ、知らない人はスルー」じゃなくて「知ってる人はニヤリ、知らない人は疑問符が浮かぶ」だよね。知らないと絶対読んでて引っかかりになるし。ちょっと遠回しに言い過ぎじゃないかなー それとも、10代の香織が知ってるんだから、「セーラー服と機関銃」は誰もが知っててしかるべき作品なのか? ここのせいで読み終わった時に気持ちよく本を閉じられなかったのは確か。

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