ブログトップ 記事一覧 ログイン 無料ブログ開設

片柳神父のブログ「道の途中で」

2016-07-24

バイブル・エッセイ(556)「自分を乗り越えてゆく道」

f:id:hiroshisj:20160724225028j:image

自分を乗り越えてゆく道

求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。だれでも、求める者は受け、探す者は見つけ、門をたたく者には開かれる。あなたがたの中に、魚を欲しがる子供に、魚の代わりに蛇を与える父親がいるだろうか。また、卵を欲しがるのに、さそりを与える父親がいるだろうか。このように、あなたがたは悪い者でありながらも、自分の子供には良い物を与えることを知っている。まして天の父は求める者に聖霊を与えてくださる。」(ルカ11:9-13)

「求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる」とイエスは言います。とても力強い約束です。求め続け、探し続け、たたき続ければ、道は必ず開かれる。諦めさえしなければ、必ず道は開かれるというのです。

 わたしたちは、大きな困難に直面したとき、「とても乗り越えられそうにない」と思って最初からあきらめたり、「何度やっても駄目だ」と思って途中で諦めたりしてしまいがちです。ですが、本当にもう駄目だったのでしょうか。もしかしたら、あと1日探し続ければ見つけられたのに、もうあと1回たたけば開かれたのに、早々と諦めてしまっただけかもしれません。実際にはどうにかなることでも、「もう駄目だ」と思えば、その瞬間から本当に駄目になります。乗り越えるべきなのは、困難そのものではなく、困難に直面してくじけそうになる自分自身なのです。

 いま夏山のシーズンですが、わたしも以前はよく山登りをしていました。山に登っていると、次々と困難がやって来ます。ですが、どんな難所でも、全力をつくせばたいがい乗り越えられるものです。「これは無理だ」と思っても、よく見れば必ず登れる箇所があるのです。そうやって、次から次へと現れる困難を一つ一つ乗り越えてゆくうちに、いつか必ず頂上が見えてきます。人生もそのようなものではないでしょうか。次々とやってくる困難を、一つひとつ全力で乗り越えてゆけば、いつか必ず頂上に着くことができるのです。

 先にある困難を想像し、「こんな調子でずっと苦しい道が続くとすれば、とても無理だ」と初めからあきらめてはいけません。困難なときには、神様が必ずそれを乗り越えるための力も与えて下さるからです。「もう無理だ」と思うような場面でも、不思議とどこかから力が湧き上がって来るのです。

 「あの人は、もうあんなところにいる。何とかして早く追いつきたい」と焦ってもいけません。その人だって、そこまでたどりつくためには何十年も努力したのです。どんなに焦ったところで、すぐに追いつくことなどできるはずがありません。ですが、一日、一日を積み重ねてゆけば、いつか必ずわたしたちもその高みに立てるというのもまた確かなことです。大切なのは、あせらずに、一歩一歩道を進んでゆくことなのです。

 父である神様はわたしたちの願いを必ず聞き入れてくださいます。あきらめさえしなければ、道は必ず開けるのです。イエスの言葉に希望を置き、求め続け、探し続け、たたき続けましょう。

2016-07-23

フォト・ライブラリー(486)雨上がりの芸術作品

雨上がりの芸術作品

f:id:hiroshisj:20160712083652j:image

 雨あがりの庭で、とても美しい芸術作品を見つけました。蜘蛛と神様が作った、水のアートです。

f:id:hiroshisj:20160712083631j:image

 ドウダンツツジの枝に張られた白い蜘蛛の巣。普段は目立ちませんが、雨粒がつくとこうなります。

f:id:hiroshisj:20160712083610j:image

 蜘蛛の巣に捕まった小さな雨粒たち。地面に届く前に、ちょっと一休みというところでしょう。

f:id:hiroshisj:20160712083550j:image

 蜘蛛の巣と雨粒が作り出した神秘的な世界。地上に降りた天の川のようにも見えます。

f:id:hiroshisj:20160712083508j:image

 蜘蛛の巣から滴り落ちる雨粒。その一滴一滴が、世界を映し出しています。

f:id:hiroshisj:20160712083427j:image

 この神秘的な水のアート。作者の蜘蛛の目には、いったいどう見えているのでしょう。

2016-07-21

フォト・ライブラリー(485)徳島講演旅行

徳島講演旅行

f:id:hiroshisj:20160721164547j:image

 カトリック徳島教会での講演会のために、徳島に行ってきました。在来線と新幹線、特急を乗り継いで、5時間あまりの道のりです。山の奥深くへと続く線路に、四国の懐の深さを感じました。

f:id:hiroshisj:20160721164530j:image

 カトリック徳島教会に到着。街の中心部に位置する、とても素敵な教会です。日曜日には100人以上の方がミサに参加するとのことでした。

f:id:hiroshisj:20160721164520j:image

 聖堂の入り口に飾られたマザー・テレサの写真。主任司祭のイシュマエル神父様を始め、教会の皆さんが真心を込めて準備してくださいました。

f:id:hiroshisj:20160721164502j:image

 教会の庭に置かれた初代主任司祭、アルバレス神父の顕彰碑とマリア様の御像。歴史の重みを感じさせます。

f:id:hiroshisj:20160721164439j:image

 教会のすぐ近くにある徳島城。石垣がライトアップされていました。幻想的な美しさです。

f:id:hiroshisj:20160721164418j:image

 徳島城外に復元された城門。「鷲の門」という名前だそうです。

f:id:hiroshisj:20160721164359j:image

 徳島教会では、マリア像がライトアップされていました。夜の街を、やさしく見守っています。

f:id:hiroshisj:20160721164338j:image

 「マザー・テレサ列聖記念講演会」の様子。香川や愛媛などから来られた方もいて、聖堂がいっぱいになりました。暑い中お集まりくださった皆様、準備して下さった徳島教会の皆様、お祈りで支えて下さった皆様、本当にありがとうございました。

f:id:hiroshisj:20160721164321j:image

 徳島と言えば、なんといっても阿波踊り。街の中心部にある「阿波踊り会館」で、実演を見てきました。最後には、踊りの体験コーナーも。「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らな損々」というので、わたしも踊ってきました。とても楽しかったです。

f:id:hiroshisj:20160721164259j:image

 帰りの特急マリンライナーの車窓から見た、瀬戸内海の夕景。瀬戸大橋からの雄大な眺めです。

f:id:hiroshisj:20160721171630j:image

 瀬戸内海に沈む夕陽。一日の疲れをいやしてくれる美しさです。

f:id:hiroshisj:20160721171610j:image

 瀬戸内海を行き交う船。これからどこまで行くのでしょうか。

f:id:hiroshisj:20160721171550j:image

 わずか2日間でしたが、とても充実した徳島の旅でした。すべての恵みを神に感謝。

2016-07-17

バイブル・エッセイ(555)「喜んで仕える」

f:id:hiroshisj:20160717111021j:image

「喜んで仕える」

 イエスはある村にお入りになった。すると、マルタという女が、イエスを家に迎え入れた。彼女にはマリアという姉妹がいた。マリアは主の足もとに座って、その話に聞き入っていた。マルタは、いろいろのもてなしのためせわしく立ち働いていたが、そばに近寄って言った。「主よ、わたしの姉妹はわたしだけにもてなしをさせていますが、何ともお思いになりませんか。手伝ってくれるようにおっしゃってください。」主はお答えになった。「マルタ、マルタ、あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している。しかし、必要なことはただ一つだけである。マリアは良い方を選んだ。それを取り上げてはならない。」(ルカ10:38-42)

「マルタ、マルタ、あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している。しかし、必要なことはただ一つだけである」、とイエスは言います。「マルタ」を自分の名前に置き換えて考えてみるといいでしょう。どきっとする人も多いのではないでしょうか。これは、わたしたちすべてに向けられた言葉なのです。わたしたちは、日々の生活の中で多くのことに悩み、心を乱していますが、必要なことはただ一つだけなのです。

 わたしたちは日々、「あれもしなければ、これもしなければ」とたくさんのことに追われて生活しています。家族のため、社会のため、教会のためにできる限りのことをしたいという気持ちは尊いものです。ですが、そのために失敗を恐れたり、周りの人たちを自分の思った通り動かそうとして苛立ったり、自分の思った通りに動いてくれない人たちに腹を立てたりしたら元も子もありません。愛のために働いているはずなのに、肝心の愛を見失ってしまっては意味がないのです。

 愛のために働いている人には、必ず喜びがあります。愛のために働いている人が、いつも暗い顔で、あたりにぴりぴりした緊張感を漂わせているというのはおかしいのです。「多くのことに思い悩み、心を乱す」なら、そこには喜びがなく、したがって愛もありません。マルタは、イエスのためにたくさんのことをしようとしていますが、それは愛でなく、姉としての義務感によるものなのかもしれません。あるいは、「自分はよいしもべ」ということをイエスにアピールするため、つまり自分自身のためにしているのかもしれません。

 イエスを喜ばせるために必要なのは、ただ一つ、真実の愛だけです。どんなにすばらしい食事を準備したとしても、食事に真心がこもっていないなら、イエスは決して喜びません。マリアは、その意味で「よい方を選んだ」と言えます。形だけの愛ではなく、真実の愛を差し出してイエスをお迎えしたからです。もちろん、何もしないで、ただイエスの言葉だけを聴いていればよいというわけではありません。水や食事を準備する人も必要です。ですが、その奉仕には、愛がこもっていなければなりません。もし愛がないなら、どんなにすばらしいおもてなしをしたとしても、イエスは決して喜ばないのです。

 順番から言えば、最初に必要なのはイエスの前に腰を下ろし、イエスの声に耳を傾けることでしょう。「あれもしなければ、これもしなければ」という自分の思いを一度手放し、イエスの前に腰を下ろすのです。イエスの愛に触れ、イエスの痛みや苦しみを感じ取るのです。そうすることで、イエスのために何をすればよいかが分かります。そして、イエスのために何かをせずにいられなくなるのです。「あれもしなければ、これもしなければ」が、「あれもしたい、これもしたい」に変わるのです。「どんなに苦しかったとしても、イエスのためなら喜んでする。そうせずにはいられない」、それこそが真実の愛です。

 イエスの前に腰をおろしても、心に様々な思いを抱えこんで上の空ならば意味がありません。イエスの愛に触れるためには、心に抱え込んだ荷物を下ろすことが大切です。喜んで仕える人になれるよう、イエスの前に腰をおろし、すべての重荷を手放してイエスの愛に触れる恵みを願いましょう。

2016-07-13

【熊本地震復興支援from宇部・小野田6】

熊本地震復興支援from宇部・小野田6

f:id:hiroshisj:20160713184213j:image

 1ヵ月ぶりの熊本。今回は益城町総合体育館で行われた、お坊さんや牧師さんたちによる移動式傾聴カフェ「カフェ・デ・モンク」に参加してきました。益城町総合体育館は、熊本YMCAが運営する避難所です。

f:id:hiroshisj:20160713184204j:image

 前回はグランメッセの駐車場での屋外カフェでしたが、今回は体育館のロビーの一角を利用しての屋内カフェでした。益城町総合体育館には一時期、1500人の方が避難生活をしていましたが、現在は館内で600人、駐車場での車中泊で200人が避難生活を続けておられます。近隣の自主避難の皆さんの分まで含めて、朝・昼・晩1000食の食事が提供されているとのことでした。震災から3ヶ月になる現在まで残っておられる方は、皆さん自宅が半壊ないし全壊し、戻ることができない方たちばかりです。

f:id:hiroshisj:20160713184146j:image

 今回も、宇部銘菓の一口饅頭「利休さん」がとても喜ばれました。来週には仮設住宅への引っ越しも始まるというタイミングでのカフェ。皆さん、将来への不安を口々に語っておられました。悩みはそれぞれに違いますが、畑や田んぼが地震で打撃を受け、収入源を絶たれた状況の中で、どうやって自宅を建て直すのか、ローンが組めるのか、土地を売るべきなのかなど深刻な課題が山積しています。仮設住宅にいられるのは3年。一番よい道が示されるよう祈らずにはいられません。

f:id:hiroshisj:20160713184140j:image

 「カフェ・デ・モンク」は九州臨床宗教師会の皆さんが中心になって運営する、移動式傾聴カフェ。週に2回開店するために、宗教者以外にもたくさんの方がボランティアでお手伝いをしています。

f:id:hiroshisj:20160713184132j:image

 熊本YMCAの職員の方が、施設内を案内してくださいました。1階のこのスペースで400人、さらに2階で200人、合わせて600人の方が避難生活をしておられます。間仕切りがある分、プライバシーが保たれた避難所です。ここでの生活が始まって、長い人ではもう3ヶ月。ストレスや疲れがピークに達しつつあるという声も多々聴かれました。

f:id:hiroshisj:20160713184115j:image

 天上の布は、YMCAの皆さんが手で縫って作ったもの。冷暖房や照明の効率が、この布でぐっとアップします。蒸し暑い日でしたが、館内は仮設の冷房も入れられ、適温に保たれているようでした。

f:id:hiroshisj:20160713184105j:image

 室内も見せてもらいました。床には段ボール箱を使用。カーテン1枚のしきりなので、音や臭いは筒抜けだという声も聴かれました。まずは、仮設住宅への入居が喫緊の課題。仮設住宅の数はまだまだ足りませんが、早ければ年内には移動が完了するのではないかとのことでした。あと数カ月の辛抱です。

f:id:hiroshisj:20160713184047j:image

 避難生活を続ける50人あまりの子どもたちのために、学習ルームが設けられています。学校へは、毎日バスで通っているとのことでした。1日も早く元の生活に戻ることができるよう、祈らずにいられません。

f:id:hiroshisj:20160713184030j:image

 テレビや新聞ではほとんど報道されなくなりましたが、熊本地震での避難生活が終わったわけではありません。ようやく、避難所から仮設住宅への移動が始まったという段階で、まだまだ前途多難です。自宅が倒壊するということがどれだけ大変なことか、皆さんのお話を聞く中でひしひしと感じるこどがてきました。これからも関心を持ち続け、出来る限りの支援を続けてゆきたいと思います。