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片柳神父のブログ「道の途中で」

2017-01-16

フォト・ライブラリー(509)教会の庭の鳥たち

教会の庭の鳥たち

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寒さが厳しくなるにつれ、餌が豊富な教会の庭に、たくさんの鳥たちが集まってくるようになりました。近くから見た、鳥たちのかわいらしい姿をお楽しみください。まずは、ふっくらと可愛らしい姿で、一生懸命にジャンプしているスズメから。

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水飲み場にやって来たスズメたち。飾りの鳥が気になるようです。

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屋根の上のスズメたち。集まって、寒さをしのいでいます。

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ベンチの上に舞い降りたスズメたち。みんな、もこもこと可愛らしい姿です。

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小雪が舞う日のスズメたち。朝の陽ざしに、翼が透けて美しかったです。

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地面に降りたスズメたち。駐車場の車の陰に入って風をよけています。

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芝生に降りて餌を探しているスズメ。凛々しさと可愛らしさが、ちょうどよく混じり合っています。

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生垣のサザンカの花には、毎日、数えきれないほどたくさんのメジロたちがやって来ます。

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細い枝につかまったメジロ。凛とした横顔です。

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椿の花の中に頭を突っ込んで、夢中で蜜を吸っているメジロ。椿の蜜は、よほど甘いのでしょう。

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花の中から顔を出したメジロ。嘴の周りに黄色い花粉がついています。

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マユミの枝にとまったメジロ。実がはじけて、ちょうど食べごろです。

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「これも食べられるかな」という顔で、木の芽をじっと見ているメジロ。好奇心旺盛です。

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さまざまな種類の鳥たちが、群れをなして訪れるカトリック宇部教会。仕事の合間に庭に出るだけで、鳥たちの愛らしい姿や鳴き声に癒されます。神様の恵みに感謝。

2017-01-15

バイブル・エッセイ(761)心に愛の火を灯す

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心に愛の火を灯す

 ヨハネは、自分の方へイエスが来られるのを見て言った。「見よ、世の罪を取り除く神の小羊だ。『わたしの後から一人の人が来られる。その方はわたしにまさる。わたしよりも先におられたからである』とわたしが言ったのは、この方のことである。わたしはこの方を知らなかった。しかし、この方がイスラエルに現れるために、わたしは、水で洗礼を授けに来た。」そしてヨハネは証しした。「わたしは、“霊”が鳩のように天から降って、この方の上にとどまるのを見た。わたしはこの方を知らなかった。しかし、水で洗礼を授けるためにわたしをお遣わしになった方が、『“霊”が降って、ある人にとどまるのを見たら、その人が、聖霊によって洗礼を授ける人である』とわたしに言われた。わたしはそれを見た。だから、この方こそ神の子であると証ししたのである。」(ヨハネ1:29-34)

 ヨハネは水によって洗礼を授けるために来たが、イエスは聖霊によって洗礼を授けるために来たと語られています。水による洗礼、聖霊による洗礼とは何でしょう。どこが違うのでしょうか。

 イエス自身の洗礼の場面を思い出してみればわかると思います。イエスは、ヨハネから水による洗礼を受けました。それは、水によって体と心から罪の穢れを洗い落とすための洗礼です。古い自分に死んで、新しい自分に生まれ変わるということの象徴でもあります。イエス自身に罪はありませんでしたが、救い主としての新しい人生に入るため、イエスは水による洗礼を受けたのです。ここから先が大切です。イエスが水から上がると、天から鳩のような姿で聖霊が下り「あなたはわたしの愛する子、わたしの心にかなう者」という声が響きました。これが、聖霊による洗礼です。霊と言葉によってイエスの心に神の愛が注がれ、イエスの心は喜びと力で満たされました。そして、救い主としての、人生の新しい第一歩を踏み出したのです。

 イエスから洗礼を受ける者にも、同じことが起こります。わたしたちは、水によって罪の穢れを洗い落とされ、心を神の愛で満たされて生まれ変わるのです。自分の罪深さを認めて神の前に跪くとき、わたしたちの心に神の愛が注がれます。神がわたしたちに向かって、「あなたはわたしの愛する子」と語りかけてくださるのです。聖霊による洗礼は、火の洗礼とも呼ばれます。それは、神の愛で心を満たされるとき、わたしたちの心が燃え上がるからです。火の洗礼を受けた人は、喜びと力に満たされて、顔には笑みを浮かべ、背筋をピンと伸ばして歩き始めます。傲慢や憎しみ、妬み、いらだちなどは聖霊の火によって焼き尽くされ、心に残っているのは謙遜とやさしさ、寛容、安らぎだけです。

 聖霊による洗礼の恵みは、水による洗礼を受けたときだけでなく、わたしたちが自分の罪を認めて神の前に跪くたびごとに与えられます。そのたびごとに、神はわたしたちに優しく「あなたはわたしの愛する子」と語りかけてくださるのです。聖堂で跪くたびごとに、家で祈るたびごとに、わたしたちに与えられるのです。その言葉を聞くとき、わたしたちの心は喜びと力で満たされます。だからこそ、わたしたちは、あらゆる困難や苦しみを乗り越えて、進んでゆくことができるのです。それこそが、キリスト教の救いの核心だと言っていいでしょう。

「あなたによってわたしの輝きは現れる」とイザヤは言います。目に見えない神の愛は、わたしたち人間の心に宿ったとき、はじめて光を放つのです。わたしたちが、神の愛をしっかり受け止めるとき、わたしたちの顔は喜びで輝き、生き方そのものが輝きを放ち始めるのです。

 神の愛に満たされた心で、笑顔を浮かべ、背筋を伸ばして力強く歩くことができるように。心の底からあふれ出る、やさしい、温もりに満ちた愛の言葉を語ることができるように、まず神様の愛をしっかり受け止めることから始めましょう。

2017-01-10

【講演会in長崎】

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講演会in長崎

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 不登校・引きこもりなどの青年たちの学習支援を続ける市民グループ「ドリーム カム ホーム」のお招きにより、長崎市で講演させていただくことになりました。テーマは「マザー・テレサが教えてくれたこと」。参加無料。キリスト教徒でない方も、どうぞお気軽にご参加ください。

日時/ 2017年2月4日(土)13:30-16:00

場所/ 長崎カトリックセンター(浦上天主堂そば)

主催/ ドリーム カム ホーム、長崎県青少年育成県民会議、カトリック長崎大司教区平和推進委員会、公益財団法人県民ボランティア振興基金

連絡先/ ドリーム カム ホーム 電話070-5488-1256、長崎県青少年育成県民会議 電話095-824-7510

★チラシはこちらからDLできます⇒170204講演会in長崎.JPG 直

2017-01-08

バイブル・エッセイ(760)畏れと安心

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畏れと安心

 起きよ、光を放て。/あなたを照らす光は昇り/主の栄光はあなたの上に輝く。/見よ、闇は地を覆い/暗黒が国々を包んでいる。/しかし、あなたの上には主が輝き出で/主の栄光があなたの上に現れる。/国々はあなたを照らす光に向かい/王たちは射し出でるその輝きに向かって歩む。/目を上げて、見渡すがよい。/みな集い、あなたのもとに来る。/息子たちは遠くから/娘たちは抱かれて、進んで来る。/そのとき、あなたは畏れつつも喜びに輝き/おののきつつも心は晴れやかになる。/海からの宝があなたに送られ/国々の富はあなたのもとに集まる。/らくだの大群/ミディアンとエファの若いらくだが/あなたのもとに押し寄せる。/シェバの人々は皆、黄金と乳香を携えて来る。/こうして、主の栄誉が宣べ伝えられる。(イザヤ60:1-6)

「あなたを照らす光は昇り、主の栄光はあなたの上に輝く」とイザヤは預言しています。神がイスラエルを憐れみ、大きな希望の光を与えるというのです。それは、イエス・キリストに他なりません。イエスこそ、わたしたちに与えられた、神の愛の目に見えるしるしなのです。この光を目指して、世界中の人たちが集まって来ます。東方から三人の賢者がやって来るという話は、その一つの例と言っていいでしょう。

 イエスが輝かせた神の栄光は、いま地上に降りてわたしたち一人ひとりの中に輝いています。いま空を見ても博士たちが見たような星は見えませんが、地上にいくつもの星があるのです。わたしたち一人ひとりが地上に降りた星なのです。その輝きに惹かれてやって来る人は、わたしたちの心の中にイエスを見つけるでしょう。

 わたしたちが輝かせる光とは、どんな光なのでしょう。「そのときあなたは畏れつつも喜びに輝き、おののきつつも心は晴れやかになる」とイザヤは言っています。わたしたちは、畏れと喜びという二つの相反する思いの中で輝きを放つというのです。第一に、畏れを忘れないことはとても大切だと思います。神から選ばれ、大きな恵みを与えられたからといって思い上がれば、決して輝くことができません。神の前に跪き、自分の罪を絶えず反省しながら新しい自分に生まれ変わってゆこうと努力する人だけが、神の栄光を輝かせることができるのです。

 神の前に立つとき、わたしたちは同時に大きな喜びで満たされます。神があらゆる罪をゆるし、大きな愛で包み込んでくださると確信しているからです。喜びに満たされた心から自然に湧き上がる笑顔が、わたしたちの顔を輝かせます。自分の罪深さを知りつつも諦めず、愛されているからといってだらけることもない。謙遜だが卑屈ではなく、自信に満ちているが思い上がることがない。それこそが、神の民の特徴だと言っていいでしょう。

 この正月にトルストイの民話を読み直したのですが、トルストイが描く農民たちはまさにこのような人々です。「イワンの馬鹿」という言葉に象徴されるように、トルストイは馬鹿たちを好んで描きます。ただし、馬鹿というのは、この場合は最高の誉め言葉です。大金や名誉、権力を目の前に積まれても、「そんなもの、わたしたちには必要がない」とあっさり断ってしまう欲のなさ。人からののしられても言い返さず、財産を奪われても喜んで差し出してしまう人のよさが、世間から見ると馬鹿に見えるということなのです。このような「イワンの馬鹿」たちこそが、ロシアの宝だとトルストイは考えています。トルストイのいう馬鹿とは、目先の利害ではなく大局に立って考えられる大きな度量を持った人たち。すべてを神様の視点から見ることができる人たちだと言っていいでしょう。彼らこそ、神の栄光に照らされた人たちであり、地上に輝く星なのです。富や権力を求める争いの中で傷つき、疲れ果てた人たち、闇の中で迷う人たちは、みなイワンのもとに集まってきます。

 富や権力を欲しがらず、人から何を言われても怒らない人。神を畏れ、神から愛される喜びに満たされて輝いている人になることができるよう、心から神様に祈りたいと思います。

2017-01-07

フォト・ライブラリー(508)新年の草津2017

新年の草津2017

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埼玉の実家から、母と一緒に草津温泉に行ってきました。

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草津温泉の中心部にある湯畑が、美しくライトアップされていました。「草津は絶えず進化している」と宿の方がおっしゃるのももっともです。

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温泉の湧出量で日本一を誇る草津温泉。町内の6つの源泉から、毎日ドラム缶23万本のお湯が湧き出しているそうです。

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幻想的な美しさの湯畑。子どもの頃から何度となく訪れている温泉ですが、近頃こんなにきれいになっているとは知りませんでした。

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草津温泉の日の出。山の向こうからゆっくりと太陽が姿を現しました。

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林の中に上る太陽。これはこれで趣があります。

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朝焼けの空に、近くの山々のシルエットが浮かび上がっていました。

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雪の降りしきる草津の街。温泉街には雪がよく似合います。

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ホテルの従業員の方でしょうか、和服姿の女性が雪の中を走ってゆきました。これもまた、草津らしい光景です。

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温泉饅頭のお店が立ち並ぶ温泉街。こんな雪では、観光客もなかなか外出できません。

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湯畑からしばらく歩いたところにある西の河原。お湯の滝が豪快に流れ落ちています。

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滝から続くお湯の川。真っ白な湯気を立てながら流れてゆきます。

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誰が作ったのでしょう、道端に雪だるまの親子が並んでいました。

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草津温泉での母との休日。短い間でしたが、とても癒されました。今年70歳になる母も、「これが幸せというものだろう」と大満足の様子。親孝行ができて何よりでした。