12-天燈は飛んでゆく

私は台湾に来る前、彼女に一本の映画を勧めていた。
その映画は台湾の人気若手俳優チェン・ボーリン主演の
台北に舞う雪』という映画である。

おもしろいから勧めたのではない。
結局、最後まで映画を通して
何がいいたいのかが分からないばかりではなく
三日後にはストーリーすら思い出せない有様だった。
しかし映画に出てくるレトロな建物や
映画全編に流れる雰囲気はとても美しかった。

果たして、ここはどこだろう?
私は気になりすぐさまキーボードをたたいた。
そしてロケ地はすぐに見つかった。
どうやらそこは菁桐(チントン)という場所らしい。

チントン!!

なんだろう!この可愛い響きは!
タワポンくらい可愛い響きである!
私は直感でここに行こうと思った。
台北からも電車で一時間半ほどである。
幸い、台湾の定番観光地である九份にも鉄道ですぐだ。
ここに行ってから九份を巡るコースも悪くないだろう。

しかしきっと台湾が初めての彼女が行きたいのは
台湾の「定番」観光地なのではないだろうか。
チントンのような小さな村に興味を持ってくれるのだろうか?
まぁ、私のプレゼン次第だろうなぁ・・。
そう思い映画の話も兼ねてしてみると、彼女はこういった。

私もガイドブック見てそこに行きたかった!

ほんまかいな!である。
彼女に台湾で行きたい所ある?と聞いても
チントンの「チ」の字もでなかったというのに
私がチントンに行きたいというと、
彼女も急にチントンに行きたかったと言い出したのだ。

だいたいガイドブックは台湾の有名観光地で
そのほとんどが占められておりチントンの特集など
一ページにも満たないはずだ。
一体どこでチントンを見つけ、
チントンのどこに興味を持ったというのだろう。

全く、「昭和の女」改め「ほんまかいな女」である。
まぁいい。とにかく私たちはこうしてチントンに行く事になった。

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チントン行きの列車の中から外を眺めるとあいにくの雨。
私が台湾に来てから一週間、雨が降る事はなかったが
彼女が台湾にやってきた翌日、雨が降った。
ほんまかいな女は雨女でもあるらしい。

列車内には同じくチントンに行くらしい小学生くらいの少女が
カメラを肩にかけた写真好きなお父さんと一緒に乗っていた。
少女は少女の隣に座っていた知らないおばぁちゃん達二人と
照れながら記念撮影をしていてなんとも楽しそうである。

しとしとと雨が降る中、少女の楽しそうな声だけが列車に響いた。

台湾では日本人の失いかけている人との絆が
まだ残っているのだろうか。

やがて列車はチントンに着いた。
雨が降る中、私達はスーパーで買った
黄色いレインコートに身を包み探索にでかけた。

映画では大きな橋が何度も登場したのだが、
実際のチントンに映画で見た橋はなかった。

映画の雰囲気が偲ばれる物は、駅周辺に少しあるだけで、
お土産屋があることを除けば普通の田舎の駅という感じだった。

雨が降っていたこともあり、深く探検しようという気も起こらず
私達は一時間もしないうちにチントンを後にした。
どうやら他の人達も同じように感じていたようで、
列車の中の顔ぶれは行きも帰りも、だいたい同じだった。

チントンの次は列車で数駅の「十分」という
これまた小さな村に向かった。
電車で十分なのではなく、村の名前が十分なのである。念のため!
ここは天燈と呼ばれるランタンが有名な村で
その大きなランタンに願い事を書き、火をつけ空に放すのだ。
その様子は台湾のドラマや映画なんかでよく見ることができる。


そもそも天燈とは、辺鄙な村に住む住人が
遠くに住む家族や知り合いに自分の無事を知らせる
ために飛ばしたのが始まりといわれている。
私は台湾滞在中にどうしてもこの天燈に願いを書いて
空に飛ばしてみたかったのだ。

線路沿いに沿って少し歩くと、天燈を売る店はすぐに見つかった。
さぁ、どれにする?色とりどりの天燈の前で
店のお姉さんが聞いてくる。
私達はどこか台湾らしい色を選んだ。

ここに願いを書くのよ。
お姉さんはそういい私達に習字で使うのよりは
少し大きい筆と、墨汁を渡した。
私はすぐに、『日本加油(日本がんばれ!)』と書いた。

もちろん東日本大震災の復興への願いを込めてである。

さぁ飛ばそう!と思ったが、
お姉さんは四方全てに願いを書けという。
そんなにたくさん願いはないアルよ・・。
まぁ仕方ないので、とりあえずこう書いた。

『彼女が太りませんように・・・』

というのも彼女は太りやすい体質で、私は太りにくい体質なのだ。
例え彼女が私と同じ物を私のよりかなり量を減らして
食べても私は太らず、彼女は太るのだ。なんという不条理!

あなたも何か書いたら?
店のお姉さんは彼女にも願いを書くように言った。
えーどうしよう・・と困っていた彼女だが
しばらくして筆を動かし始めた。えーなになに・・

『彼が太りますように・・・』

えー!!?!!!??!?!?!?!?!?!
自分が太っていて私が痩せていたら、
自分が太っているのが強調されるもんだから、
お前も太れ!という何とも消極的な願いである!
大学受験の時にライバル全員が試験直前に
食中毒になれ!と神頼みしていた私といい勝負である!
まったくとんでもない女である!!

お姉さんは私達を表の線路上に出るよう促した。
ここの鉄道は一時間に一本程のローカル線のため、
線路の上で飛ばすのだという。

私の日本復興に対する一途でひたむきな思いと、
彼女の消極的で自分勝手な願いを乗せた天燈には
間もなく火が灯された。

さぁ、あなたのカメラを貸して!
お姉さんはそういい私のカメラを取り上げた。
私達が天燈を飛ばすところを写真に撮ってくれるという。

しかし私は気が気でなかった。
天燈が飛ぶかどうより、外は雨が降っているではないか。
カメラが濡れるではないかと・・。
しかもお姉さん、あの・・・お姉さんの手は墨汁で真っ黒ですよね!!


はぁ・・レンズが・・!!


そんな私の心配をよそにお姉さんは着々と準備を進める。
さぁ天燈をしっかり持って張ってちょうだい!


はぁ・・レンズが・・!!


さぁ行くわよ!1、2、3で離すのよ!1、2、3!!


はぁ・・レンズが・・!!

天燈は勢いよく飛んだ。

日本の復興と、彼女が太らないでという希望を乗せて。

私は正直言ってレンズのことしか考えていなかった。
お願いだからレンズが汚れていませんように・・。

願いが叶ったのだろうか。
レンズは何の心配もなかった。
墨汁もついていなかった。

あとは、彼女が変な願いをお願いしたので
台湾太りにだけは気をつけて旅を続けたいと思う。

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台北に舞う雪

景色は美しいが内容はお勧めしない。
http://taipei-snow.jp/main.php