石川淳「霊薬十二神丹」

 助次郎はたわいない口論から蹴たおされ、一刀により肝腎なものをすぽりと切りおとされた。神医につかえてきた弟は、つちかった秘術を兄のために使った。天地の霊をこめた丸薬を用いることで、かのものは元の位置にもどったのである。だが、様子のことなるところがあった。平素の様子のあわれさと、事が生じたときの巨大さである。ちなみにその薬の名は、十二神丹。

石川淳 (ちくま日本文学全集 11)

石川淳 (ちくま日本文学全集 11)

 霊薬「十二神丹」によって非常の力を与えられた助次郎は、本人の思いとは裏腹にさまざまな大活躍をみせます。直江山城、上杉景勝といった実在の名将をまぶして、リアルと非リアルを交錯させたユニークな話です。ただ、薬の効能に左右されっぱなしの助次郎の生き様は、笑ってばかりではいられず、ペーソスを感じさせるものがあるのです(でもやっぱり笑えます。しかも下ネタだし・・・)。

吉行淳之介「不意の出来事」

 彼にバレちゃったの――。三十才のヤクザであり、雪子の足裏に煙草の火を押付ける男に、私のことが気づかれたという。私が与える快感とともに刻まれる眉間の皺が証拠となって、彼にバレちゃったというのである。そして、私に会いに「彼」が来るという。私は待った。その間に、空想はさまざまな形に広がっていき、私は苛立ち、そして怯える。会社の机に坐り、私は男を待ち続ける。

娼婦の部屋・不意の出来事 (新潮文庫)

娼婦の部屋・不意の出来事 (新潮文庫)

 ストーリー自体はよくある三角関係物ですが、各所に作者の知的なユーモアセンスを感じました。普通、人は『嘲弄する目線』を感じると、ナニクソと思って自分をいつも以上に立派に見せ、「見返してやろう」とするものだろうと思います。けれどもこの主人公がとった方法は、それとは異なっていているのです。おもしろい。

 『(略)・・・
 小猫はねむった
 とてもすてきな
 寝床と思った。
 だが困ったよ。
 近眼の男が
 知らずに帽子を
 ひょいとかぶった』

心に残る物語 日本文学秀作選 魂がふるえるとき (文春文庫)

心に残る物語 日本文学秀作選 魂がふるえるとき (文春文庫)