ブログ版『ユーリの部屋』

2007年6月から11年半綴ったダイアリーのブログ化です

新刊書から世の中の流れを知る

おととい、美術館の帰りに、梅田で最大の書店に行って本を眺めていたところ、ここ数年は、「品格」本の他に、「勉強して多く稼ごう」式の新刊書が増えてきたことに気付きました。私が学生だった1990年代前までは、もし記憶が正しければ、新刊書では、大人の恋愛ものや「人生どう楽しむか」「ほっそりとやせるには」「美しくなるために」などという類が多かったように思います。一面、時代にゆとりがあったのでしょうか。
「世の中は人脈が大事だから、お酒の付き合いもできてこそ一人前」というひと昔の訓示よりも、「人脈づくりより実力をつけよ。人づき合いはほどほどにして、その分勉強せよ」という風潮は、グローバル化時代にぴったりで、確かにうなずけるものがあります。しかも、一昔前の資格取得マニア風のマニュアル本ではなく、勉強と仕事の関連性を実務に結びつけて書いてあるものが目につきます。
あちらこちらの会合に出て行って、名刺交換を繰り返しても、それだけで人脈ができたと思うのは間違いで、「何ができて、どういう人なのか」という点で相手に印象づけられなければ全く意味がないとは、わざわざ今頃言われなくても昔からわかっていたことです。
特に、留学生寮で暮らしてみると、そんじょそこらの平均的な日本の学生よりも、途上国出身の国費留学生の方が、遙かに国際情勢にも明るく、自国説明もしっかりできて、しかもまじめに勉強するので、非常に刺激的でした。来日直後はたどたどしかった日本語も、日が経つにつれてみるみる上達し、臆せず堂々と話せるようになっていくのを間近で見られたのは、得難い経験でした。そこから、出身国で判断するのではなく、あくまで人そのもので判断すべきだという教訓を得ました。
ただし、この歳になるとよくわかるのですが、私の弱点は、そういう経験を持たない意識の持ち主が目上だったりすると、長幼の序に従って目上に合わせなければならないのでは、という暗黙の強迫観念があって、自分の道を自信を持って歩めなかったことです。本当に馬鹿げたことをしましたが、当時はそれなりに圧迫感の中でもがいていたのですから、相当の圧力があったのでしょう。時代の移り目だったとも言えなくもありません。
ですから、たびたび繰り返すようですが、環境はとても大事です。同じことをするにも、周囲への説得のためにエネルギーを費やすより、自分の力を伸ばす方に情熱を傾けた方が絶対によいのですから。
若い頃は、広い見識を持つよう努力しているつもりでも、実は一定の環境の中で暮らしているので、どうしても周囲の影響を受けがちです。受けたくなければ、孤立を我慢するか、早い話が、そこから出て行かなければなりません。
母校のホームページを見ていると、教官もかなり世代交代したので、昔から違和感を覚えていた私が、むしろそれで‘正常’だったのかもしれない、と感じました。
例えば、当時、「そういう言い方は相手/日本人に失礼だから」と、留学生の日本語のみならず、私自身の話し方まで、逐一注意されるような風潮がありました。ある教官がおっしゃるには、私の場合、「話す内容は、同年齢の平均値より2,3歳年上に聞こえるのに、体が小さいし、声が高くて細いために、かわいらしく(?)思われて損をしている。ピンク色のブラウスやポニーテールのリボンも、なおさら子どもっぽく見せている。舌を一センチ後ろに引っ込めて、できるだけ低い声で話せ」とのこと。もちろん、まじめに取り組みましたが、その成果はいかに!?ただし、話す度に必要以上に緊張して、いつも疲れていたことも事実です。さらに深刻なのは、損をしていると思われるのが怖くて、口を開けなくなることです。
また、調査と称して、電話機に録音機械を取り付けたり、密かに小型マイクを隠し持ったりして、相手の知らないうちに音声記録をとって、話し方を分析するよう言われました。(今なら個人情報とか何とかで、訴えられるかもしれません!)
さらには、「“和”や協調性を大切にする日本文化」などという話もあったように覚えています。ですから、(意味がない)とか(つまらない)と思って集まりに出て行かないことでもあろうものなら、暗黙の制裁が加えられました。一番文句を言っていたのは、もちろん留学生の方でしたが、そういうぐちゃぐちゃした狭い雰囲気が嫌いで、どうも私もなじめませんでした。
理系や他大学の出身の人たちに話すと、「なんだ、それ!」と一笑に付されて終わりだったのですが、所属が大事ということならば、いやでも同調を迫られていたように記憶しています。
おかげさまで、母校では今や、「多文化共生のいかがわしさ」などという講義も展開されているようです。もはや失われた時間は取り戻せそうにありませんが、自分の感覚は自分で守らなければと心した次第です。
話は新刊書に戻りますが、ですから、こんな私でも、やはり時代の子なのかもしれません。特に、誰の目にもさらされる可能性のあるブログを書くようになってから、自分の置かれた過去やその位置づけがよくわかるようになってきました。一人でノートに向って文章を書いているだけでは、時空に限界があるために、どうしても堂々巡りになります。また、人を選んで話を聞いてもらうにしても、その人にとっての好みや利害関係もあるので、それほど客観的とも言えません。
そんなわけで、ある新刊書が、「勉強した内容や、経験したり考えたりしたことをブログに書く」よう勧めていたのは、ある面、よくわかることです。本当に理解していなければ、専門家以外の方達に向けて、なかなか公表できる形にまとめられませんから。ブログを始めて以来、自分でもイキイキしてきたのは、そういう点で自信がついてきたからでもあります。また、毎日書いていると言葉がつるつる出てくるので、人前でいつ指名されても、怖気づかずに話すことができるような気分になってきます。

末筆で恐縮ですが、昨日、あしながおじさまからの本が二冊、無事に届きました。ページを開くと、前々から知りたいと思っていた内容が記されていて、俗っぽい表現ですが、まさに感謝感激です。実に不思議なことだと思います。
学生時代の私は、もちろん内村鑑三に連なる無教会の存在を知ってはいましたが、教会の教義に合わない面があることが気になって、また、非常に高度深遠な聖書の学びをする方々の集まりという印象があって、自分にはご縁のない遠いところと思っていました。中には、「あそこは超エリートの集まりで、ユーリさんには到底無理だよ」とまで言う人が周囲にいました。ところが、この歳になってみると、さまざまな変遷を経たこともあり、書かれてあることが自然とわかるようになっているのです。思い当たる節があるという感じで読み進めています。
やはり勉強は続けていくものですね。それは、新刊書でダイレクトに述べられているような、人との競争に勝ちたいとか、お金持ちになりたいとか、地位を上げたいとかの直接的な目的のためではありません。例えば聖書の学びのように、わかる部分が増えていく実感を自分の内に持てることこそ、最大の喜びだろうと思うのです。