「和して同ぜず」のダイバーシティ理論

近年、わが国でも、ダイバーシティインクルージョンという言葉が使われるようになりました。これは、人材の多様性を維持し、それぞれの個性を大切にする(ダイバーシティ)と同時に、少数派を阻害したりすることなく全員を包摂するあるいは全員の意見を尊重する(インクルージョン)ことを意味します。これは、一人ひとりの視点から見ると、孔子の「和して同ぜず(仲良くすれども、自分の立場・意見はきちんと維持する)」に通じるものがあります。「ダイバーシティインクルージョン」にしても、「和して同ぜず」にしても、理想的なダイバーシティ・マネジメントとは何かについて1つの答えを示すものであるといえましょう。つまり、組織としての一体感、統一感、調和性を重視しながらも、メンバー個人間の相違や一人ひとりのユニークさを最大限に活用するようなマネジメントということです。


必ずしも孔子の「和して同ぜず」と同じ意味とは言えないのですが、ダイバーシティインクルージョンで関連する理論に、「最適相違理論(Optimal Distinctiveness Theory (ODT)」というものがあります。つまり、ダイバーシティにおいて一人ひとりが異なっている度合いや特徴には、バランスの取れた最適な状態があるという理論です。そもそも、私たち人間は、相異なる2つの欲求を持っており、その折り合いをつけることが求められます。それは、「他者から受容されたい、他者と同じ(一緒)でいたい」という欲求と、「他者と違っていたい、自分自身は自立したユニークな存在でいたい」という欲求です。つまり「所属欲求(need for belongingness」と「自立欲求(need for uniqueness)」です。 本来は人間にはこの両方の欲求があるはずですが、日本の教育についてはどちらかというと前者の「皆と同じ、同調、相互依存」が強調され、アメリカの教育では後者の「個性、ユニークさ、自立」が強調されているともいわれます。


Shoreら(2011)は、上記の2つの欲求に基づく最適相違理論を用いて、とりわけ「インクルージョン」に関連する理論的枠組みを提示しています。Shoreらの定義する「インクルージョン」は、「メンバーが、組織やグループから、所属欲求と自立欲求の両者が満たされるような扱いを受けることによって、当該組織またはグループにおける価値ある一員として知覚できる度合い」となります。当然、組織によっては、このインクルージョンの度合いには違いがあるのですが、Shoreらはその違いを、所属欲求が満たされる度合い(高・低)と、自立欲求が満たされる度合い(高・低)とのマトリクスによって、4つのタイプの状態に分類しています。


まず、メンバーの所属欲求も自立欲求も満たされる理想的な状態が「インクルージョン」です。最適相違理論でいうところの最適な相違が実現しているような状態です。すべてのメンバーが、組織のインサイダーとして扱われ、かつ各人の個性や違いが尊重されている状態を指します。これと正反対なのが、特定のメンバーの所属欲求も自立欲求も満たされない状態で、これは「エクスクルージョン(排除・除外)」と呼びます。これは、組織のインサイダーがいる一方で、特定の人々がアウトサイダーとして除外された位置づけにあり、彼らの個性や違いが尊重されていない状態を指します。この2つは、もっとも理想的か、もっとも悪い状態かという意味では分かりやすい対比だといえましょう。


それに対し、メンバーの所属欲求は満たされるが自立欲求は満たされない状態が「アシミレーション(同化・吸収)」と呼ばれるものであり、メンバーは全員が組織やグループのインサイダーとして扱われますが、組織やグループに支配的な文化や方針に同調することが求められ、メンバーの個性や自立は尊重されないような状態を指します。多くの日本企業が国内で外国人従業員を雇用していますが、おそらく、外国人の人々には、日本的な職場文化や仕事のやり方への同調を求めるという意味でのアシミレーションの状態にある職場が多いように思います。一方、メンバーの所属欲求は満たされないが自立欲求は満たされる状態が「ディファレンシエーション(差異化)」と呼ばれます。これは、特定の人々が組織のインサイダーとしては扱われず、アウトサイダーのような立場で扱われているが、彼らのユニークさ、個性や自立は尊重されるというものです。このような場合、アウトサイダーの人々は自分自身の特徴は発揮できますが、組織やグループへの帰属意識は育たないでしょう。


Shoreらのフレームワークは、「ダイバーシティインクルージョン」を考慮したダイバーシティ・マネジメントを行う上で、現状がどのような状態であり、理想的な状態に持っていくためにはどのような施策を行えばよいのかを考える際に役立つと思われます。

参考文献

Shore, L. M., Randel, A. E., Chung, B. G., Dean, M. A., Holcombe Ehrhart, K., & Singh, G. (2011). Inclusion and diversity in work groups: A review and model for future research. Journal of Management, 37(4), 1262-1289.